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第1話
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侍女が、部屋に転がり込んできた。
「大変でございます、宇音美大郎女さま。林大臣(蘇我入鹿)さまが、お亡くなりあそばされました」
宇音美は、青ざめた顔の侍女を呆然と見つめる。
重たげな瞼を幾度も瞬かせる。
女は、針仕事をしていた。
暑い日が続いていた。
半時前から雨が降り出したが、一向に涼しくならない。
部屋の中は、湿気があるせいで蒸し暑かった。
額から噴出した汗が、宇音美の豊かな頬を伝わり、零れ落ちていった。
衣に染みができないように、注意しながら針を動かしていた。
麻の単である。
暑さに弱い夫のためである。
夫は、決して己の感情を顔に出さない。
出来上がった衣に手を通しても、仏像のような顔で、ただ一言、ありがとうと言うだけだろう。
ときどき、本当に愛されているのだろうかと不安になる。
不安になるから、もっと尽くさねばと懸命になる。
その愛情表現が押し付けがましいと、夫の母には不評のようだ。
『でも、よいのです。あの人さえ喜んでくだされば。お父さまは、きっと喜んでくださるわよね?』と、すやすや寝入る赤子に声をかけながら、針仕事に勤しんでいた。
突然の訃報に、宇音美は驚きながらも、ああ、やはりと思った。
夫は、昨夜から体調が悪かった。
今日は、三韓が貢物を進上する大切な儀式があるとかで、無理をして外出した。
日ごろの激務が祟ったのだろうか?
それにしては若すぎる。
まだまだ働き盛りなのに………………
信じたくはない。
きっと何かの間違いだろう。
そうだ、入鹿の父である豊浦大臣(蘇我蝦夷)の間違いであろうと宇音美は思った。
義父は、ここ数年体調を崩している。
大臣として政務を全うできないので、入鹿に職を譲り、屋敷に籠もって静養に当っていた。
義父が亡くなったのなら頷ける。それなりの覚悟もしていた。
「豊浦さまの間違いでしょう? 豊浦さまが身罷られたのでは?」と問い質した。
侍女は、悲しく首を振った。
「豊浦大臣さまではございません。林大臣さまでございます。林大臣さまが……」
「そ、そんな……、そんなことはありません。大郎さまが亡くなるなんて。何処からの知らせですか?」
「谷のお屋敷からです」
「お義母さまの嫌がらせでは?」
「林大臣さま直々の祖子孺者からの知らせです」
間違いないようだ。
夫は、亡くなったのだ!
「そうですか……」と、宇音美は全てを悟ったように静かに訊いた、「それで、大郎さまの最後は? 体調を崩されてお倒れになったのですか?」
侍女は、言いづらそうに口をもごもごと動かしている。
「私なら大丈夫です。それなりの覚悟はしていましたから。大郎さまの最後はどうだったのです?」
「林大臣さまは……」と、区切ったあと、侍女は宇音美から目を逸らした、「女王さまに逆心ありと、誅殺された……と」
一瞬、我が耳を疑った。
「ば、馬鹿なことを申すな!」
宇音美は勢いよく立ち上がった。
麻衣が零れ落ちる。
傍らにいた赤子が目を覚まし、激しく泣きだす。
「大郎さまが、あの人が逆心を起すわけがないでしょう。誰よりも国を想い、誰よりも民を想うあの人が」
「しかし、孺者はそのように申しております。林大臣さまの御遺体は、谷のお屋敷のほうに戻られたと」
「ああ、何てことを……」
女は、麻衣の上に崩れ落ちた。
「大変でございます、宇音美大郎女さま。林大臣(蘇我入鹿)さまが、お亡くなりあそばされました」
宇音美は、青ざめた顔の侍女を呆然と見つめる。
重たげな瞼を幾度も瞬かせる。
女は、針仕事をしていた。
暑い日が続いていた。
半時前から雨が降り出したが、一向に涼しくならない。
部屋の中は、湿気があるせいで蒸し暑かった。
額から噴出した汗が、宇音美の豊かな頬を伝わり、零れ落ちていった。
衣に染みができないように、注意しながら針を動かしていた。
麻の単である。
暑さに弱い夫のためである。
夫は、決して己の感情を顔に出さない。
出来上がった衣に手を通しても、仏像のような顔で、ただ一言、ありがとうと言うだけだろう。
ときどき、本当に愛されているのだろうかと不安になる。
不安になるから、もっと尽くさねばと懸命になる。
その愛情表現が押し付けがましいと、夫の母には不評のようだ。
『でも、よいのです。あの人さえ喜んでくだされば。お父さまは、きっと喜んでくださるわよね?』と、すやすや寝入る赤子に声をかけながら、針仕事に勤しんでいた。
突然の訃報に、宇音美は驚きながらも、ああ、やはりと思った。
夫は、昨夜から体調が悪かった。
今日は、三韓が貢物を進上する大切な儀式があるとかで、無理をして外出した。
日ごろの激務が祟ったのだろうか?
それにしては若すぎる。
まだまだ働き盛りなのに………………
信じたくはない。
きっと何かの間違いだろう。
そうだ、入鹿の父である豊浦大臣(蘇我蝦夷)の間違いであろうと宇音美は思った。
義父は、ここ数年体調を崩している。
大臣として政務を全うできないので、入鹿に職を譲り、屋敷に籠もって静養に当っていた。
義父が亡くなったのなら頷ける。それなりの覚悟もしていた。
「豊浦さまの間違いでしょう? 豊浦さまが身罷られたのでは?」と問い質した。
侍女は、悲しく首を振った。
「豊浦大臣さまではございません。林大臣さまでございます。林大臣さまが……」
「そ、そんな……、そんなことはありません。大郎さまが亡くなるなんて。何処からの知らせですか?」
「谷のお屋敷からです」
「お義母さまの嫌がらせでは?」
「林大臣さま直々の祖子孺者からの知らせです」
間違いないようだ。
夫は、亡くなったのだ!
「そうですか……」と、宇音美は全てを悟ったように静かに訊いた、「それで、大郎さまの最後は? 体調を崩されてお倒れになったのですか?」
侍女は、言いづらそうに口をもごもごと動かしている。
「私なら大丈夫です。それなりの覚悟はしていましたから。大郎さまの最後はどうだったのです?」
「林大臣さまは……」と、区切ったあと、侍女は宇音美から目を逸らした、「女王さまに逆心ありと、誅殺された……と」
一瞬、我が耳を疑った。
「ば、馬鹿なことを申すな!」
宇音美は勢いよく立ち上がった。
麻衣が零れ落ちる。
傍らにいた赤子が目を覚まし、激しく泣きだす。
「大郎さまが、あの人が逆心を起すわけがないでしょう。誰よりも国を想い、誰よりも民を想うあの人が」
「しかし、孺者はそのように申しております。林大臣さまの御遺体は、谷のお屋敷のほうに戻られたと」
「ああ、何てことを……」
女は、麻衣の上に崩れ落ちた。
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