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「馬鹿だよ、この子は、本当に馬鹿な子だよ。自分が幸せになる前に、他人の幸せを考えるなんてさ」
そう言うおけいも、涙で双眸を崩していた。
お糸も、おみつも、いつの間にか、おつたの周りに集まり、鼻をぐちゅぐちゅと啜っていた。
「そうだよ、この子は馬鹿な子なんだよ」と、おみねも涙を流しながら言った、「馬鹿が付くほど優しい子なんだよ。自分が幸せになることで、他の人が不幸になるのを黙って見ちゃいられないのさ。そうだよ、優しい子なんだよ」
おみねは、おつたを抱いた。
その柔らかい背中を強く抱きしめてやった。
「いいよ、泣かなくていんだよ、おつたちゃん。あんたが泣くことはないんだ。若様には、あたしから話すからね。だから、もう泣くのはお止め。ほら、あんたたちも、もう泣くのはお止めよ」
「だって……」
おみつが、おみねに抱きつく。
お糸もしがみつく。
おけいも、顔をぐしゃぐしゃにして、おみねの胸に飛び込んできた。
おみねは、嗚咽に肩を震わせるおつたたちを、本当の娘のように抱きしめた。
「いいんだ、いいんだ、あんたたちが泣かなくてもいいんだよ。あんたたちは辛い思いをして、十分涙を流してきたんだ。もう、泣かなくていんだよ」
四人の娘たちは、それぞれが辛い過去を背負っている。
お糸は、男に裏切られて、大川に身を投げようとしているところを喜助が救った。
おけいは、岡場所から逃げてきた娘だった。
おみつも、口入屋で妾奉公に出されそうになっているところを、おみねが見兼ねて引き取った。
みんな辛いのだ。
辛い人生を歩んできたからこそ、人の痛みが分かるのだ。
「ええ、そうだよ、優しんだよ、馬鹿が付くほど優しい子たちはなんだよ。近ごろは、自分さえ良ければそれでいいという、馬鹿なやつらが多いじゃないかい。人様に迷惑かけてないだって、馬鹿言っちゃいけないよ。人は、生きてる限り、人様の世話になるんだ。お互い様ってことだよ。なのに、最近はどうだろう、そんなやつらが我が世の春で、大手を振って御府内を歩き回ってるよ。そんな世の中のほうがおかしいんだよ」
最後の力を振り絞って燃え盛る夕日が、おみねの顔を真っ赤に照らし出していた。
「大丈夫だ、大丈夫だよ。あんたたちは、きっと幸せになる。必ず幸せになるから。だって、こんなに心根が綺麗で、優しい子たちだもの。あんたたちが幸せになれない世の中なんて、間違ってるよ」
血の繋がらない母と娘たちは、おいおいと声を上げて泣いた。
泣いて、泣いて、泣き続けた。
帳場に入ってきた喜助が唖然とするほど、化粧を崩して泣いていた。
「お、おめえら、どうしたんえでぃ、その顔?」
「ああ、これかい、ちょいと目にごみが入っちまってね」
おみねは目尻を拭った。
「みんな一緒にかい?」
喜助は訝しがった。
「ああ、そうだよ」とおみねは言った、「あたしたちゃ、本当の親子みたいなもんだからね。目にごみが入る時も、みんな一緒なのさ。ほら、みんな、そろそろお客さんが来るから、化粧を直して。そんな顔じゃ、貧乏神が来ちまうよ。笑顔だよ、笑顔が一番だよ」
女中たちは頬を拭い、笑顔を作って慌しく部屋を出ていった。
「さて、あたしも頑張るかね」
と、おみねが立ち上がると、喜助は気味悪そうな顔で言った。
「おめえ、幽霊みてぇだぞ」
そう言うおけいも、涙で双眸を崩していた。
お糸も、おみつも、いつの間にか、おつたの周りに集まり、鼻をぐちゅぐちゅと啜っていた。
「そうだよ、この子は馬鹿な子なんだよ」と、おみねも涙を流しながら言った、「馬鹿が付くほど優しい子なんだよ。自分が幸せになることで、他の人が不幸になるのを黙って見ちゃいられないのさ。そうだよ、優しい子なんだよ」
おみねは、おつたを抱いた。
その柔らかい背中を強く抱きしめてやった。
「いいよ、泣かなくていんだよ、おつたちゃん。あんたが泣くことはないんだ。若様には、あたしから話すからね。だから、もう泣くのはお止め。ほら、あんたたちも、もう泣くのはお止めよ」
「だって……」
おみつが、おみねに抱きつく。
お糸もしがみつく。
おけいも、顔をぐしゃぐしゃにして、おみねの胸に飛び込んできた。
おみねは、嗚咽に肩を震わせるおつたたちを、本当の娘のように抱きしめた。
「いいんだ、いいんだ、あんたたちが泣かなくてもいいんだよ。あんたたちは辛い思いをして、十分涙を流してきたんだ。もう、泣かなくていんだよ」
四人の娘たちは、それぞれが辛い過去を背負っている。
お糸は、男に裏切られて、大川に身を投げようとしているところを喜助が救った。
おけいは、岡場所から逃げてきた娘だった。
おみつも、口入屋で妾奉公に出されそうになっているところを、おみねが見兼ねて引き取った。
みんな辛いのだ。
辛い人生を歩んできたからこそ、人の痛みが分かるのだ。
「ええ、そうだよ、優しんだよ、馬鹿が付くほど優しい子たちはなんだよ。近ごろは、自分さえ良ければそれでいいという、馬鹿なやつらが多いじゃないかい。人様に迷惑かけてないだって、馬鹿言っちゃいけないよ。人は、生きてる限り、人様の世話になるんだ。お互い様ってことだよ。なのに、最近はどうだろう、そんなやつらが我が世の春で、大手を振って御府内を歩き回ってるよ。そんな世の中のほうがおかしいんだよ」
最後の力を振り絞って燃え盛る夕日が、おみねの顔を真っ赤に照らし出していた。
「大丈夫だ、大丈夫だよ。あんたたちは、きっと幸せになる。必ず幸せになるから。だって、こんなに心根が綺麗で、優しい子たちだもの。あんたたちが幸せになれない世の中なんて、間違ってるよ」
血の繋がらない母と娘たちは、おいおいと声を上げて泣いた。
泣いて、泣いて、泣き続けた。
帳場に入ってきた喜助が唖然とするほど、化粧を崩して泣いていた。
「お、おめえら、どうしたんえでぃ、その顔?」
「ああ、これかい、ちょいと目にごみが入っちまってね」
おみねは目尻を拭った。
「みんな一緒にかい?」
喜助は訝しがった。
「ああ、そうだよ」とおみねは言った、「あたしたちゃ、本当の親子みたいなもんだからね。目にごみが入る時も、みんな一緒なのさ。ほら、みんな、そろそろお客さんが来るから、化粧を直して。そんな顔じゃ、貧乏神が来ちまうよ。笑顔だよ、笑顔が一番だよ」
女中たちは頬を拭い、笑顔を作って慌しく部屋を出ていった。
「さて、あたしも頑張るかね」
と、おみねが立ち上がると、喜助は気味悪そうな顔で言った。
「おめえ、幽霊みてぇだぞ」
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