法隆寺燃ゆ

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第五章「生命燃えて」 後編

第24話

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 行方不明なった奴婢が僧侶となって戻ってきたという、まるで寓話にでも出てくるような展開に、斑鳩寺の僧侶たちも興味津々なのか、覚知の部屋の前には、彼を一目見ようと人だかりができていた。

 追い払うのに、またひと苦労だ。

 すでに、家人や奴婢たちにも噂が広がっているようだ。

 門前にも、人だかりができている。

 それを掻きわけるようにして、ひとりの女が飛び出してきた。

 弟成の姉 ―― 雪女だ。

 彼女は、弟が帰ってきたと聞き、急いで駆け付けてきたのだ。

「あの……、弟成が……、弟成が戻ってきたと聞いたのですが……」

 聞師は、特例として雪女を寺の中に入れた。

「弟成!」

 その姿を見るなり、雪女は彼の名を叫び、彼の首元に抱きついた。

 やはり姉弟、一目見ただけで弟成と分かったようだ。

「弟成……、弟成……、良かった。本当に良かった、戻ってこれて……、どんなに心配したことか……」

 雪女は、再会を喜び、泣きじゃくる。

 が、弟成の反応が薄いことに気が付き、彼の顔を覗き込んだ。

「弟成……?」

 彼は、呆然と床を見ている。

 見ているのだろうか?

 その行為さえ、本人の意思でやっているのか怪しい。

 聞師は、雪女を外に連れ出し、事情を説明した。

「覚えていない? 昔のことをですか?」

 雪女の言葉に、聞師は頷いた。

「戦前の記憶は、すっかり抜け落ちておるようだ。覚えておるのは、仏像を彫るぐらい……」

「そんな……、では弟成は、ずっとこのまま?」

「いや、私も聞いたことがあるが、記憶が戻ることもあるらしい。だがそれは、すぐになのか、徐々になのか、全部戻るのか、一部しか戻らないのか、それとも一生このままなのか……、ともかく、いまはそっとしてやった方が良いと思う。あの戦で、見なくてもいいものを見てしまったから、その影響かもしれんしな」

 雪女は、外から部屋の中を伺う。

 弟成は、まるで仏像のようにただ座っている ―― 心のない仏像のように。

「どうであろう、折角得度しておるし、しばらく寺の方で預かるが……?」

 子どもの頃、黒万呂たちと野原を駆けまわっていた弟が、いまは見る影もない。

 本当に、あの頃のことを忘れてしまったのだろうか?

 ―― 姉のあたしのことも………………

 雪女はしばし考えたと、

「お願いいたします」

 と、頭を下げた。

 二人は、再び弟成を見た。

 彼は、ぼんやりと床を眺めている。
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