法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
349 / 378
第五章「生命燃えて」 後編

第17話

しおりを挟む
 宴は、その日鹿の角を一番獲ったものを称えることからはじまった。

 肴は、獲れた鹿や猪の肉である。

 ほかの皇族や氏族たちは、自分たちの腕を自慢しながら酒を飲み、肴に舌鼓を打っている。

 安麻呂といえば、胸がいっぱいで水物でさえ喉を通らない。

 兄の御行を見ると、やはり緊張しているのか、酒や肴に手をつけていない。

 じっと大王や大友皇子の様子を伺っている。

 一方の馬来田や吹負たちは、ぐびぐびと酒を煽っている。

 それでも眼光は鋭い ―― さすがは、激戦を勝ち抜いてきた大伴家の長老連中だ。

 さて、我らが首領となる大海人皇子は………………こちらも酒を浴びるように飲んでいる。

 ―― 大丈夫だろうか?

 やがて酒宴は、葛城大王の「大友、お前、今日のために歌を作ってきたというではないか。どれ、俺に聞かせてみろ」の言葉で、歌詠みとなった。

「お恥ずかしいですが……」

 と、断ったうえで、大友皇子は葛城大王の前に進み出て、良い声で歌い始めた。

 漢詩である。

 

 

  皇明こうめい 日月にちげつ

  帝徳ていとく 天地に

  三才さんざい 並びに泰昌たいしょう

  万国 臣義を表す

  (大王のご威光は、日月のようにこの世の隅々まで照らし

   大王の聖徳は、天地に満ち溢れている

   天、地、人、ともに太平で栄え

   四方の国々は、臣下の礼を尽くしているよ)

  (『懐風藻』)

 

 

 詠い終わった大友皇子は、葛城大王に深々と頭を下げた。

 場は、焚火の音が響くほど静まり返っている。

 余韻に浸っているのか、それとも上手いかどうかの判断に困っているのか、誰ひとり拍手しない。

 安麻呂も、判断に迷うところだ。

 漢詩は得意ではないが、一応知識は得ている。

 そのぐらいの知識で判断すると、葛城大王を称えた詩だと分かるのだが、いささか大仰すぎる。

 文体もよく言えば素直で、悪く言えば簡素で、大友皇子の性格を良く表している。

 宴席なのだから誉めてもいい技量なのだが、宴席だからこそ、もう少し遊び心のある詩できないものかと思ってしまう。

 うむ、それでも一応は大王への賛歌なので拍手をしておこうかと思ったところ、百済の旧臣の席から拍手がわいた。

「さすがは大友様、素晴らしい。三国や唐にも、これほど詠み手はおりますまい」

 賞賛の嵐だ。

 なるほど、本場に近い人が聞くと、やはりいい詩らしい。

 それを機に、ほかの王族や氏族たちも誉めだした。

 大王も満足顔だ。

 なんとか大友皇子の面目は保たれたようだ。

「けっ、ご機嫌取りが!」

 と、辛辣なのは馬来田たちであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

信濃の大空

ypaaaaaaa
歴史・時代
空母信濃、それは大和型3番艦として建造されたものの戦術の変化により空母に改装され、一度も戦わず沈んだ巨艦である。 そんな信濃がもし、マリアナ沖海戦に間に合っていたらその後はどうなっていただろう。 この小説はそんな妄想を書き綴ったものです! 前作同じく、こんなことがあったらいいなと思いながら読んでいただけると幸いです!

武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。 今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。 義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」 領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。 信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」 信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。 かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

奴隷少年♡助左衛門

鼻血の親分
歴史・時代
 戦国末期に活躍した海賊商人、納屋助左衛門は人生の絶頂期を迎えていた。しかし時の権力者、秀吉のある要請を断り、その将来に不安な影を落とす。  やがて助左衛門は倒れ伏せ、少年時代の悪夢にうなされる。 ──以後、少年時代の回想  戦に巻き込まれ雑兵に捕まった少年、助左衛門は物として奴隷市場に出された。キリシタンの彼は珍しがられ、奴隷商人の元締、天海の奴隷として尾張へ連れて行かれることになる。  その尾張では、 戦国の風雲児、信長がまだ「うつけ」と呼ばれていた頃、彼の領地を巡り戦が起ころうとしていた。  イクサ。  なぜ、戦が起こるのか⁈  なぜ、戦によって奴隷が生まれるのか⁈  奴隷商人が暗躍する戦場で見た現実に、助左衛門は怒りを覚える!!   そして……。

戦艦タナガーin太平洋

みにみ
歴史・時代
コンベース港でメビウス1率いる ISAF部隊に撃破され沈んだタナガー だがクルーたちが目を覚ますと そこは1942年の柱島泊地!?!?

処理中です...