法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
334 / 378
第五章「生命燃えて」 後編

第2話

しおりを挟む
 女も、まるで刃物のように鋭い三日月を眺めていた。

 八重子………………八重女である。

 彼女は縁側に座り、池のほうから吹き寄せてくる冷たい風を浴びながら、月を見上げていた。

「珍しいね、八重子がひとりで夕涼みなんて」

 声をかけたのは、大伴安麻呂である。

「安麻呂兄様、いらっしゃいませ」

 八重女は、突然の来訪に驚きながらも、彼を招き入れた。

 侍女の酒を受けながら、安麻呂は訊いた。

「最近、体調も良いようだな。侍女たちから聞いたぞ、よく外に出るようになったとか。少し血色もよくなったんじゃないのかい?」

「そうでしょうか?」

 八重女は、頬に手を添える。

「ええ、八重子様、随分お顔色も良くなられて、以前よりもお綺麗になられましたわ。もしかして、良い人でもと、私たちも噂していたんですよ」

 と、侍女は嬉しそうに言う。

 余計なことを……と、八重女は思った。

「なんだ、そうなのか?」

「ええ、以前は夜になると私たちをみんな下がらせて、おひとりでいらっしゃいましたから。きっと、いい人が通ってるんだと思ってましたわ」

「おいおい、初耳だな。それならそうと言ってくれよ」

「いえ、そんな……」

 八重女は、侍女に黙っているようにと目配せしたが、彼女は全然分かってないようだ。

 むしろ嬉しそうに安麻呂と話している。

「私も、はやく八重子様に良い人ができることを願っておりますわ」

「全くだ」

 これ以上変な詮索をされたくなかったので、話を変えた。

「ところで安麻呂兄様は、今夜は何用で? まさか歌をとお誘いですか?」

「ん? いや、まあ、良い月なので、まあ、それもあるのだが……」と、杯を置き、「実は大王の命で、蒲生野で薬狩りをするらしい。どうも大規模な薬狩りで、各氏族は必ず参加するようにとのことなのだが……」

 大伴氏にも通達がきて、それならばと一族あげて参加することになったらしい。

「いまから大広間にご歴々が集まって、どうするこうすると話し合いだよ」

 安麻呂も参加するらしいが、どうやら気が乗らないらしい。

「当然、私は狩りよりも歌を詠っているほうが断然良いからね」

「安麻呂兄様らしいです」

 二人は、けらけらと笑った。

 大伴家のなかで、これほど心を許して笑いあえるのは、安麻呂だけである。

 他の連中は、もと婢である八重女をお客様扱い……といえば聞こえはいいが、厄介者扱いである。

 ―― 自分たちの都合で買ったくせに………………

 と思うのだが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

神隠しにあってしまいました。

克全
SF
「アルファポリス」「かくよむ」「ノベルバ」に投稿しています

忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。

異世界転生したので、のんびり冒険したい!

藤なごみ
ファンタジー
アラサーのサラリーマンのサトーは、仕事帰りに道端にいた白い子犬を撫でていた所、事故に巻き込まれてしまい死んでしまった。 実は神様の眷属だった白い子犬にサトーの魂を神様の所に連れて行かれた事により、現世からの輪廻から外れてしまう。 そこで神様からお詫びとして異世界転生を進められ、異世界で生きて行く事になる。 異世界で冒険者をする事になったサトーだか、冒険者登録する前に王族を助けた事により、本人の意図とは関係なく様々な事件に巻き込まれていく。 貴族のしがらみに加えて、異世界を股にかける犯罪組織にも顔を覚えられ、悪戦苦闘する日々。 ちょっとチート気味な仲間に囲まれながらも、チームの頭脳としてサトーは事件に立ち向かって行きます。 いつか訪れるだろうのんびりと冒険をする事が出来る日々を目指して! ……何時になったらのんびり冒険できるのかな? 小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しました(20220930)

チャラ孫子―もし孫武さんがちょっとだけチャラ男だったら―

神光寺かをり
歴史・時代
チャラいインテリか。 陽キャのミリオタか。 中国・春秋時代。 歴史にその名を遺す偉大な兵法家・孫子こと孫武さんが、自らの兵法を軽ーくレクチャー! 風林火山って結局なんなの? 呉越同舟ってどういう意味? ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ「チャラ男」な孫武さんによる、 軽薄な現代語訳「孫子の兵法」です。 ※直訳ではなく、意訳な雰囲気でお送りいたしております。 ※この作品は、ノベルデイズ、pixiv小説で公開中の同名作に、修正加筆を施した物です。 ※この作品は、ノベルアップ+、小説家になろうでも公開しています。

スキルガチャで異世界を冒険しよう

つちねこ
ファンタジー
異世界に召喚されて手に入れたスキルは「ガチャ」だった。 それはガチャガチャを回すことで様々な魔道具やスキルが入手できる優れものスキル。 しかしながら、お城で披露した際にただのポーション精製スキルと勘違いされてしまう。 お偉いさん方による検討の結果、監視の目はつくもののあっさりと追放されてしまう事態に……。 そんな世知辛い異世界でのスタートからもめげることなく頑張る主人公ニール(銭形にぎる)。 少しずつ信頼できる仲間や知り合いが増え、何とか生活の基盤を作れるようになっていく。そんなニールにスキル「ガチャ」は少しづつ奇跡を起こしはじめる。

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

処理中です...