法隆寺燃ゆ

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第五章「生命燃えて」 中編

第11話

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 一方大船の中でも、歓声が上がっていた。

 甲板上にいた兵士のひとりが、

「陸だ、陸が見えたぞ、長津だ!」

 と、大声をあげると、荒波と長旅で疲れ果てて横になっていた兵士や百済の旧臣たちが、我先にと起き上がり、船べりにのり出し、

「倭だ、帰ってきたぞ! 無事に帰ってこれたぞ!」

「助かった! 助かったぞ! 無事に倭に着いたぞ!」

 と、倭の兵士だろうが百済の旧臣だろうが、男だろうが女だろうが、誰かまわず抱き合い、泣きながら喜び合った。

 黒万呂も泣いた。

 なぜか分からないが、さめざめと涙が出てきた。

 嬉しいはずなのに、涙が止まらなかった。

「お前ら、喜ぶのまだ早いぞ。入港の準備だ!」

 大津の言葉に我に返った兵士たちは、急いでそれぞれの配置についた。

 黒万呂も、涙を拭った手に櫂を持った。

「櫂、入れ!」

 号令とともに、海面に一斉に櫂が入る。

 ぎゅっと櫂を握りしめる ―― 少しどころか、かなり汗ばんでいる、滑らないように、服で拭う。

「前へ!」

 櫂が軋む音とともに、船がゆっくりと動き出す。

「いーち、に! いーち、に!」

 野太い声が木霊する。

 みんな疲れ切っているはずだ。

 長きにわたる遠征、白村江での激戦、そして撤退、さらに嵐………………それが嘘のように、男たちは声をあげ、有りっ丈の力で櫂を漕ぐ ―― それはただ、少しでも早く故郷の土を踏みたいという欲望 ―― いや、切望だけが、彼らを突き動かしている。

 黒万呂も、渾身の力を込めて櫂を操る。

 こんな力、どこに残っていたのか思うほど、目いっぱい力を入れる。

 体の至る所から、めしめし、ぷちぷちと変な音が聞こえてくるが、お構いなしに漕ぎ続ける。

 湊が近づくにつれて、船内だけでなく、陸の歓声も大きくなっていく。

「右、櫂あげ!」

 船が、右に回頭していく。

 岸壁が近くなったのだ。

 黒万呂は、最後の力を振り絞って櫂を漕いだ。

「櫂、止め!」、船足を殺した後、「櫂、あげ!」

「舫用意!」

「投げろ! 投げろ!」

「うまく取れよ!」

「舷梯用意!」

 騒がしくなってきた。

「取ったぞ!」

 岸壁のその一言で、黒万呂はすべてを理解した。

 一際大きな歓声があがった。
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