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第五章「生命燃えて」 前編
第22話
しおりを挟む 八月、百済の亡命貴族は、大友皇子に長門・筑紫の二国に山城を築くことを上申した。
百済の亡命貴族が西国に山城を築かせたのには、唐軍の百済旧臣の残党狩りを恐れたからであった。
大友皇子は、すぐさま中大兄に許可を求めたが、中大兄は、
「全て、お前に任せる」
と、ひとこと言って、後はただ空を眺めているだけだった。
大友皇子は、長門国に百済の亡命貴族である達率答本春初を、筑紫国に同じく百済の亡命貴族である達率憶礼福留と達率四比福夫を派遣し、山城の築城を始めさせた。
これにより、大友皇子の名は、群臣の間でも次の大王候補として大きくとり上げられるようになる。
七月二十八日に、唐から朝散大夫沂州司馬上柱国劉徳高と右戎衛郎将上柱国百済禰軍朝散大夫柱国郭務悰を代表とするニ百五十四人の使節団が対馬に到着、九月二十日に筑紫に進出して、二十二日に表函を上申した。
「唐からの書状は、先の使者の言ったとおり、関係の修復を願っております。これは、私の方で処理させて頂きます」
中臣鎌子は、誰も座っていない玉座に向かって書状を上申した後に、そう付け加えた。
順番からいって、中大兄が大王になるべきなのだが、彼は間人皇女を失った悲しみから未だに立ち直れずおり、大王は空位のままである。
「内臣が処理するとは、唐の申し出を受けるということですか?」
中大兄の代理として、群臣会議に出席した大友皇子が訊いた。
「そういう約束ですので。大友様には何か?」
「いえ、ただ確認しただけです。ところで、御使者の方のこれからの予定は?」
「はい、頃合をみて饗応したいと考えていますが。大友様から、何かございますか?」
「はい。できれば、唐の使者に閲兵式に参列して頂きたいのですが……」
「使者に閲兵させるのですか?」
「ええ。いま、我が国は軍事を強化させていますが、これが唐側に何処まで伝わっているか分かりません。相手側の機嫌を取るのも外交ですが、相手国に無言の圧力を掛けるのも外交です。如何でしょうか、ここで我が国の兵士の勇壮で規律ある姿を見せれば、唐側に無言の圧力を加えることができると考えますが」
群臣たちは、大友皇子の意見に賛同した。
鎌子も、彼の意見には賛成だった。
中大兄のように、はじめから唐を敵国として捉えるようなことをしていない。
唐と友好関係を保ちながらも、一定の距離を取るという、彼独自の外交観を持っている。
なるほど、多くの群臣が次の大王候補に名前を挙げるだけはあるなと感じていた。
十月十一日、大友皇子の発案により、劉徳高らを招いて、菟道(京都府宇治市)で閲兵式が執り行われた。
この時、唐の使者劉徳高は大友皇子を見て、『このお方の風貌は、とても世間の人のようではない。真に、この国には勿体ない』と言って、彼を讃えた。
十二月、劉徳高に、日本からの使者守大石君・坂合部石積連・吉士岐弥・吉士針間を付けて、唐に送り返した。
大友皇子の実力は、群臣の誰もが認めるところとなった。
そして、大友皇子とお近づきになりたいという群臣も出てくるのだが、彼の周囲には常に彼を養育した大友氏や渡来人、百済亡命貴族が取り囲み、群臣の入り込む隙間はない。
実際、渡来人や百済亡命貴族が宮内で発言したり、政策を立案したりすることはできないため、中大兄や大友皇子を後ろで操って、自分たちに都合の良いように物事を決めているのだが、最近の大友人気で、彼らの立場も強いものとなっている。
彼らの多くが根拠地を近江に持っていたため、彼らのことをここでは近江派と呼ぶことにするが、その近江派に、もともと渡来人と関係が深かった蘇我氏や、蘇我氏と同じ祖先を持つ巨勢氏や紀氏が接近し、関係を強化するようになる。
これにより宮内には、飛鳥派と難波派と近江派という、複雑な三角関係ができあがる。
百済の亡命貴族が西国に山城を築かせたのには、唐軍の百済旧臣の残党狩りを恐れたからであった。
大友皇子は、すぐさま中大兄に許可を求めたが、中大兄は、
「全て、お前に任せる」
と、ひとこと言って、後はただ空を眺めているだけだった。
大友皇子は、長門国に百済の亡命貴族である達率答本春初を、筑紫国に同じく百済の亡命貴族である達率憶礼福留と達率四比福夫を派遣し、山城の築城を始めさせた。
これにより、大友皇子の名は、群臣の間でも次の大王候補として大きくとり上げられるようになる。
七月二十八日に、唐から朝散大夫沂州司馬上柱国劉徳高と右戎衛郎将上柱国百済禰軍朝散大夫柱国郭務悰を代表とするニ百五十四人の使節団が対馬に到着、九月二十日に筑紫に進出して、二十二日に表函を上申した。
「唐からの書状は、先の使者の言ったとおり、関係の修復を願っております。これは、私の方で処理させて頂きます」
中臣鎌子は、誰も座っていない玉座に向かって書状を上申した後に、そう付け加えた。
順番からいって、中大兄が大王になるべきなのだが、彼は間人皇女を失った悲しみから未だに立ち直れずおり、大王は空位のままである。
「内臣が処理するとは、唐の申し出を受けるということですか?」
中大兄の代理として、群臣会議に出席した大友皇子が訊いた。
「そういう約束ですので。大友様には何か?」
「いえ、ただ確認しただけです。ところで、御使者の方のこれからの予定は?」
「はい、頃合をみて饗応したいと考えていますが。大友様から、何かございますか?」
「はい。できれば、唐の使者に閲兵式に参列して頂きたいのですが……」
「使者に閲兵させるのですか?」
「ええ。いま、我が国は軍事を強化させていますが、これが唐側に何処まで伝わっているか分かりません。相手側の機嫌を取るのも外交ですが、相手国に無言の圧力を掛けるのも外交です。如何でしょうか、ここで我が国の兵士の勇壮で規律ある姿を見せれば、唐側に無言の圧力を加えることができると考えますが」
群臣たちは、大友皇子の意見に賛同した。
鎌子も、彼の意見には賛成だった。
中大兄のように、はじめから唐を敵国として捉えるようなことをしていない。
唐と友好関係を保ちながらも、一定の距離を取るという、彼独自の外交観を持っている。
なるほど、多くの群臣が次の大王候補に名前を挙げるだけはあるなと感じていた。
十月十一日、大友皇子の発案により、劉徳高らを招いて、菟道(京都府宇治市)で閲兵式が執り行われた。
この時、唐の使者劉徳高は大友皇子を見て、『このお方の風貌は、とても世間の人のようではない。真に、この国には勿体ない』と言って、彼を讃えた。
十二月、劉徳高に、日本からの使者守大石君・坂合部石積連・吉士岐弥・吉士針間を付けて、唐に送り返した。
大友皇子の実力は、群臣の誰もが認めるところとなった。
そして、大友皇子とお近づきになりたいという群臣も出てくるのだが、彼の周囲には常に彼を養育した大友氏や渡来人、百済亡命貴族が取り囲み、群臣の入り込む隙間はない。
実際、渡来人や百済亡命貴族が宮内で発言したり、政策を立案したりすることはできないため、中大兄や大友皇子を後ろで操って、自分たちに都合の良いように物事を決めているのだが、最近の大友人気で、彼らの立場も強いものとなっている。
彼らの多くが根拠地を近江に持っていたため、彼らのことをここでは近江派と呼ぶことにするが、その近江派に、もともと渡来人と関係が深かった蘇我氏や、蘇我氏と同じ祖先を持つ巨勢氏や紀氏が接近し、関係を強化するようになる。
これにより宮内には、飛鳥派と難波派と近江派という、複雑な三角関係ができあがる。
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