法隆寺燃ゆ

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第五章「生命燃えて」 前編

第18話

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「大王様、朝ですが、お目覚めになりましたか?」

 采女が、入って来る。

 返事はしない。

 ただ、その美しい目で采女を見る。

「お目覚めでしたか? 戸を開けますわね」

 采女は、外に面した戸を開ける。

 柔らかい朝の日が、静かに差し込む。

 間人大王の夜具の上にも、朝の光が垂れ込む。

「さあ、お顔を洗いましょうか?」

 采女は、間人大王の上体を起こした。

 そして、濡れ布を彼女の顔に当ててゆく。

 彼女は、成すがままである。

「御髪に櫛をお当てしますね」

 顔を拭き洗った後、采女は間人大王の髪に櫛を当て始めた。

 ゆっくり……、ゆっくり……

 間人大王は、それが終わるのをじっと待つ。

 誰にも会わないのだから、髪の手入れをしてもと彼女は思うのだが、采女に逆らうのも面倒なので、好きなようにやらせていた。

 外からは、鶯の声が聞こえてくる ―― まだ、調子が良くないようだ。

 間人大王は、外を見る。

 梅の枝に、一羽の鶯が止まっている。

 ―― まだ、若いのね。

    じゃ、一杯練習しなくちゃね。

 鶯は、彼女の視線に気付いたのか、慌てたように飛び去った。

 空には、鷹がゆっくりと旋回している。

 ―― そう、鳥の世界も、力の弱いものには住みづらい世界なのね。

 彼女は、若い鶯に有間皇子の姿を重ねていた。

 采女は、まだ髪を弄っている。

 間人大王は、退屈しのぎに傍に置かれた器を見た。

 器には、水が張ってある。

 その中を何の気なしに見た ―― 頬の扱けた女の顔が映りこむ………………その顔は、まるで死人のようだ。

 間人大王は、器の中を凝視する。

 ―― これは………………誰?

    これが………………私なの?

 そこには、母親から受け継いだ丸々とした健康的な顔はなかった。

「お願い、鏡を持って来て!」

 間人大王の言葉に、采女は驚いた。

 彼女が話すことにも驚いたが、鏡を要求したことに、もっと驚いた。

「如何なされました、大王様?」

「いいから、鏡を持って来て欲しいの!」

 それはできない。

 それをすれば、大王は益々体調を崩してしまうかもしれない。

 それ程、間人大王の顔は変わっていた ―― 采女は、それを分かっていた。

「申し訳ありません。大王様、この部屋に鏡はありませんので……」

「では、どこからか持って来て!」

「それは……」

 返答に困った。

「如何して持って来れないの! 何かあるのですか!」

 間人大王の声は荒い。

「そんなことはありませんが……」

「では、すぐに持って来なさい!」

「わ、分かりました……、ただいま持って来ますので、お休みになってお待ちください。さあ……」

 采女は、寝台に横たわるように促し、そのまま出て行った。
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