281 / 378
第五章「生命燃えて」 前編
第6話
しおりを挟む
間人大王は、頭を抱えてしばらく動かない。
「大王様、如何なされましたか? お加減でも悪いのですか?」
采女は、間人大王の傍らに近寄り、不安そうな顔を向けている。
「いえ、大丈夫……」
「お部屋に戻りましょうか?」
「いいのよ、このままで、大海人が来るはずだから」
間人大王の言葉どおり、中臣国足連が大海人皇子の参上を告げた。
「兄上が来ていましたか?」
大殿に入って来た大海人皇子は、相変わらず暢気そうだ。
彼は、いつも飄々としている ―― どんな事態に直面しても、如何にかなるさというのが、彼の人生哲学である ―― それが親しみ易さを生むのか、彼の周囲には、常に人の輪があった。
間人大王は、そんな大海人皇子のことが、小さな頃から羨ましかった。
「ええ、ちょっとね」
「百済支援の件ですか?」
「まあ、そうですが……」
「そうですか。で、何の用でしょう? 姉上から呼び出しなんて」
大海人皇子は、人好きする笑顔を見せる。
「白江での我が軍の件は知っていますね? いま、内臣や蘇我臣たちが、その件の処理に忙殺せれています。宮内からは、二人の責任追及の声が上がっていますし、良民を派出した近畿・西国の豪族たちからも、中央に対する不満の声が大きくなっています。このまま放っておけば、動乱の根源になりかねません。ただでさえ、唐・新羅の侵略を警戒しなければならないのに、国内で不穏な動きがあれば、足下を掬われかねません。それに、この度の一件は、例え中大兄に指揮権があったと言っても、私も大王としての責任は逃れられないと考えています」
「まあ、そうでしょうな」
大海人皇子は、さも当然のように頷く。
しかし、特別に含むところがあるわけではない。
「この事態を速やかに収拾させ、国内をひとつに纏める必要があります。そこで私が考えたのは、百済支援に尽力した将軍や豪族、良民に対して、論功行賞を以って当るということです。ところが、現在の冠位は十九階で、とても全部に渡るだけの数もありません。そこで、冠位の数をさらに増やし、将兵や豪族に行き渡るようにしたいのです」
「はあ、そうですか」
大海人皇子は、気のない返事だ。
「はあ、そうですかって……、分かっているのですか? これは、あなたがやるのですよ」
「はあ……、はあ?」
大海人皇子は、目を瞬かせた。
「あなたに、冠位の改正案を出してもらいたいのです」
間人大王の目は本気だ。
「ご冗談を? そういったことは、兄上の仕事でしょう? 兄上に言ってくださいよ」
「あの人が、人の意見を聞く人ですか?」
確かに、と大海人皇子は頷いた。
「大王様、如何なされましたか? お加減でも悪いのですか?」
采女は、間人大王の傍らに近寄り、不安そうな顔を向けている。
「いえ、大丈夫……」
「お部屋に戻りましょうか?」
「いいのよ、このままで、大海人が来るはずだから」
間人大王の言葉どおり、中臣国足連が大海人皇子の参上を告げた。
「兄上が来ていましたか?」
大殿に入って来た大海人皇子は、相変わらず暢気そうだ。
彼は、いつも飄々としている ―― どんな事態に直面しても、如何にかなるさというのが、彼の人生哲学である ―― それが親しみ易さを生むのか、彼の周囲には、常に人の輪があった。
間人大王は、そんな大海人皇子のことが、小さな頃から羨ましかった。
「ええ、ちょっとね」
「百済支援の件ですか?」
「まあ、そうですが……」
「そうですか。で、何の用でしょう? 姉上から呼び出しなんて」
大海人皇子は、人好きする笑顔を見せる。
「白江での我が軍の件は知っていますね? いま、内臣や蘇我臣たちが、その件の処理に忙殺せれています。宮内からは、二人の責任追及の声が上がっていますし、良民を派出した近畿・西国の豪族たちからも、中央に対する不満の声が大きくなっています。このまま放っておけば、動乱の根源になりかねません。ただでさえ、唐・新羅の侵略を警戒しなければならないのに、国内で不穏な動きがあれば、足下を掬われかねません。それに、この度の一件は、例え中大兄に指揮権があったと言っても、私も大王としての責任は逃れられないと考えています」
「まあ、そうでしょうな」
大海人皇子は、さも当然のように頷く。
しかし、特別に含むところがあるわけではない。
「この事態を速やかに収拾させ、国内をひとつに纏める必要があります。そこで私が考えたのは、百済支援に尽力した将軍や豪族、良民に対して、論功行賞を以って当るということです。ところが、現在の冠位は十九階で、とても全部に渡るだけの数もありません。そこで、冠位の数をさらに増やし、将兵や豪族に行き渡るようにしたいのです」
「はあ、そうですか」
大海人皇子は、気のない返事だ。
「はあ、そうですかって……、分かっているのですか? これは、あなたがやるのですよ」
「はあ……、はあ?」
大海人皇子は、目を瞬かせた。
「あなたに、冠位の改正案を出してもらいたいのです」
間人大王の目は本気だ。
「ご冗談を? そういったことは、兄上の仕事でしょう? 兄上に言ってくださいよ」
「あの人が、人の意見を聞く人ですか?」
確かに、と大海人皇子は頷いた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
忍者同心 服部文蔵
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。
服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。
忍者同心の誕生である。
だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。
それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……
徳川家基、不本意!
克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?
WEAK SELF.
若松だんご
歴史・時代
かつて、一人の年若い皇子がいた。
時の帝の第三子。
容姿に優れ、文武に秀でた才ある人物。
自由闊達で、何事にも縛られない性格。
誰からも慕われ、将来を嘱望されていた。
皇子の母方の祖父は天智天皇。皇子の父は天武天皇。
皇子の名を、「大津」という。
かつて祖父が造った都、淡海大津宮。祖父は孫皇子の資質に期待し、宮号を名として授けた。
壬申の乱後、帝位に就いた父親からは、その能力故に政の扶けとなることを命じられた。
父の皇后で、実の叔母からは、その人望を異母兄の皇位継承を阻む障害として疎んじられた。
皇子は願う。自分と周りの者の平穏を。
争いたくない。普通に暮らしたいだけなんだ。幸せになりたいだけなんだ。
幼い頃に母を亡くし、父と疎遠なまま育った皇子。長じてからは、姉とも引き離され、冷たい父の元で暮らした。
愛してほしかった。愛されたかった。愛したかった。
愛を求めて、周囲から期待される「皇子」を演じた青年。
だが、彼に流れる血は、彼を望まぬ未来へと押しやっていく。
ーー父についていくとはどういうことか、覚えておけ。
壬申の乱で散った叔父、大友皇子の残した言葉。その言葉が二十歳になった大津に重く、深く突き刺さる。
遠い昔、強く弱く生きた一人の青年の物語。
―――――――
weak self=弱い自分。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる