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第四章「白村江は朱に染まる」 後編
第25話
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唐・新羅軍が周留城を目指して進軍をはじめたという噂が広まった頃、兵士たちは敵を迎え撃つための準備ではなく、豊璋王の捜索に手間を取られていた。
大伴朴本大国の兵士になった弟成と黒万呂も、豊璋王の捜索に当ったが、結局見つからず、捜索も新羅軍が城を取り囲んだため中止となった。
百済復興の象徴であり、また総大将である豊璋王が行方を暗ましたことは、倭軍の兵士たちをいっそう厭戦の雰囲気に叩き込んだ。
最早彼らには、なぜ自分たちが故郷を遠く離れ、自分たちにとって何ら利益にならないこの土地にいるのか、その意味を見出せないでいた。
そして、彼らの思いは一緒だった ―― 無事に故郷に戻ること………………
この兵士たちの切なる思いは、倭軍の将軍たちも無視できなくなり、百済の旧臣と協議した結果、百済の民とともに倭国に戻ることを決定した。
この決定を聞いた兵士たちの第一声は、
「これで、生きて故郷に帰れる!」
であった。
兵士たちに、撤退命令が下ったのは八月二十六日の夕刻で、彼らは夜通しで撤退作業を行い、全ての撤退作業が完了したのは日を跨いだ頃だった。
それから一、二時間休息を取った後、撤退行動を開始した。
未だ星が瞬く間に、船が一艘、また一艘と舫を解いてゆく。
弟成と黒万呂は、大国の乗船する準構造船に席を置いた。
隣の船は、朴市秦田来津の船である。
その中には、弟成と黒麻呂の見知った顔があった。
「黒万呂、弟成、久しぶりやの!」
草衣之馬手が手を振った。
「頭! 皆、元気でしたか?」
二人は、斑鳩寺の家人たちを見回した ―― 皆、元気そうである。
「おう、元気よ。それよりお前ら、りっぱな兵士になったな? もう黒万呂なんて呼び捨てにできへんな」
「止してくださいよ、そんな」
黒万呂は、馬手の言葉が照れくさかった。
弟成も、黒万呂とともに笑っていたが、ずっと周囲を見回していた。
―― いない、ひとり足りない………………
「あの、次麻呂さんは?」
弟成の言葉に、馬手たちの顔が曇った。
「次麻呂は……、駄目やった」
凡波多の声は小さかった。
「でもな、そんなに苦しまへんかったしな。それに、ほれ」
馬手は、懐から一握りの髪の毛を取り出した。
「こうやって、国に帰れるしな」
次麻呂の遺髪が、風に揺れる。
男たちから嗚咽が漏れる。
「阿呆、泣くな! 泣いたら次麻呂に悪いやろが! 俺たちは国に帰れるんやぞ」
そう言う馬手の頬にも、一筋の涙が伝ってゆく。
弟成も、溢れる涙をぐっと堪えた。
大伴朴本大国の兵士になった弟成と黒万呂も、豊璋王の捜索に当ったが、結局見つからず、捜索も新羅軍が城を取り囲んだため中止となった。
百済復興の象徴であり、また総大将である豊璋王が行方を暗ましたことは、倭軍の兵士たちをいっそう厭戦の雰囲気に叩き込んだ。
最早彼らには、なぜ自分たちが故郷を遠く離れ、自分たちにとって何ら利益にならないこの土地にいるのか、その意味を見出せないでいた。
そして、彼らの思いは一緒だった ―― 無事に故郷に戻ること………………
この兵士たちの切なる思いは、倭軍の将軍たちも無視できなくなり、百済の旧臣と協議した結果、百済の民とともに倭国に戻ることを決定した。
この決定を聞いた兵士たちの第一声は、
「これで、生きて故郷に帰れる!」
であった。
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「黒万呂、弟成、久しぶりやの!」
草衣之馬手が手を振った。
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二人は、斑鳩寺の家人たちを見回した ―― 皆、元気そうである。
「おう、元気よ。それよりお前ら、りっぱな兵士になったな? もう黒万呂なんて呼び捨てにできへんな」
「止してくださいよ、そんな」
黒万呂は、馬手の言葉が照れくさかった。
弟成も、黒万呂とともに笑っていたが、ずっと周囲を見回していた。
―― いない、ひとり足りない………………
「あの、次麻呂さんは?」
弟成の言葉に、馬手たちの顔が曇った。
「次麻呂は……、駄目やった」
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「こうやって、国に帰れるしな」
次麻呂の遺髪が、風に揺れる。
男たちから嗚咽が漏れる。
「阿呆、泣くな! 泣いたら次麻呂に悪いやろが! 俺たちは国に帰れるんやぞ」
そう言う馬手の頬にも、一筋の涙が伝ってゆく。
弟成も、溢れる涙をぐっと堪えた。
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