250 / 378
第四章「白村江は朱に染まる」 後編
第5話
しおりを挟む
斑鳩寺の家人と奴婢の全員が、寺法頭の下氷雑物のもとに集められたのは、生駒山から吹き降ろす風が、一段と冷たくなった頃のことであった。
「聞け!」
家人や奴婢の前に出た雑物は、厳しい顔で彼らを見回した。
「西海の彼方にある百済の国難は、みな承知のことと思うが、この度、我が国は百済復興のために援軍を派遣することとなった。それにあたり大王は、この名誉ある役目を、良民や奴婢たちにも均しく割り当ててくだされた」
家人や奴婢の間から、ざわめきが起こった。
「知ってのとおり、この寺には多くの百済の僧侶がおられるし、百済から様々な仏典や仏像が齎された。即ち、百済とは、切っても切れぬ間柄である」
寺主の入師と寺司の聞師は、傍らで黙って聞いている。
「つまり、この寺は百済に大変恩義があるのだ。そこで今回の援軍には、この寺からも兵士を出すことに決定した」
家人や奴婢のざわめきは、困惑に変わった。
「家人の若い者の中から八名、同じく、奴の若い者の中から二名、計十名を派遣する。誰を派遣するかは、これよりくじ引きによって決める」
今度は、動揺の波が襲った。
「家人は向うで、奴婢はこちら側だ。一列に並べ!」
若い奴たちは、言われたとおり一列に並んだ。
弟成も、黒万呂の後ろに並んだ。
入師と聞師を見ると、二人は手を合わせて祈りを上げていた。
それは、何に対しての祈りなのか?
「何で俺らが、そんな名前も知らんような国を助けにいかにゃならんのや。おい、倉人万呂、若万呂、お前ら引き当てんなよ!」
黒万呂は、二人の弟に言った。
弟たちは、手を上げて答える。
雑物は腕を組んで座わり、奴たちがくじを引いていくのをじっと見ながら言った。
「いいかお前たち、これは名誉なことなのだぞ! 国のために戦えるのだからな!」
雑物の言葉に、弟成は激しい怒りを覚えた。
―― 何が国のためだ!
何が名誉だ!
そんなに国のためと言うのなら、自分が援軍に加われば良いではないか!
俺たちなんかに行かせるのではなく………………
彼は、雑物を睨み付ける。
雑物は、それには気付いていない。
「聞け!」
家人や奴婢の前に出た雑物は、厳しい顔で彼らを見回した。
「西海の彼方にある百済の国難は、みな承知のことと思うが、この度、我が国は百済復興のために援軍を派遣することとなった。それにあたり大王は、この名誉ある役目を、良民や奴婢たちにも均しく割り当ててくだされた」
家人や奴婢の間から、ざわめきが起こった。
「知ってのとおり、この寺には多くの百済の僧侶がおられるし、百済から様々な仏典や仏像が齎された。即ち、百済とは、切っても切れぬ間柄である」
寺主の入師と寺司の聞師は、傍らで黙って聞いている。
「つまり、この寺は百済に大変恩義があるのだ。そこで今回の援軍には、この寺からも兵士を出すことに決定した」
家人や奴婢のざわめきは、困惑に変わった。
「家人の若い者の中から八名、同じく、奴の若い者の中から二名、計十名を派遣する。誰を派遣するかは、これよりくじ引きによって決める」
今度は、動揺の波が襲った。
「家人は向うで、奴婢はこちら側だ。一列に並べ!」
若い奴たちは、言われたとおり一列に並んだ。
弟成も、黒万呂の後ろに並んだ。
入師と聞師を見ると、二人は手を合わせて祈りを上げていた。
それは、何に対しての祈りなのか?
「何で俺らが、そんな名前も知らんような国を助けにいかにゃならんのや。おい、倉人万呂、若万呂、お前ら引き当てんなよ!」
黒万呂は、二人の弟に言った。
弟たちは、手を上げて答える。
雑物は腕を組んで座わり、奴たちがくじを引いていくのをじっと見ながら言った。
「いいかお前たち、これは名誉なことなのだぞ! 国のために戦えるのだからな!」
雑物の言葉に、弟成は激しい怒りを覚えた。
―― 何が国のためだ!
何が名誉だ!
そんなに国のためと言うのなら、自分が援軍に加われば良いではないか!
俺たちなんかに行かせるのではなく………………
彼は、雑物を睨み付ける。
雑物は、それには気付いていない。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
和ませ屋仇討ち始末
志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。
門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。
久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。
父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。
「目に焼き付けてください」
久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。
新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。
「江戸に向かいます」
同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。
父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。
他サイトでも掲載しています
表紙は写真ACより引用しています
R15は保険です
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる