法隆寺燃ゆ

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第四章「白村江は朱に染まる」 後編

第1話

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「いーち、に! いーち、に!」

 艫の男の声は、既に嗄れている。

 それでも、彼は有りっ丈の声を張上げる。

「いーち、に! いーち、に!」

 その度に、船縁に並んだ上半身裸の男たちの顔が、苦痛で歪んでゆく。

「いーち、に! いーち、に!」

 舟は、勢いを増して進んでいく。

「いーち、に! いーち、に!」

 その声は、近くを並走する舟からも聞こえてきた。

 二艘の舟が、島を目指して並走して行く。

「い」

 で、弟成おとなりは、舳に突き出された櫂先を、物凄い速さで流れて行く水面に水平につける。

 目一杯前に腕を突き出し、櫂の柄をしっかりと握り締める。

 そうしなければ、水の流れに櫂を持っていかれそうだ。

 左隣の黒万呂くろまろも、弟成と同じ格好をしていた。

「いー」

 船長が、掛け声を伸ばしていく。

 弟成は、それに合わせて手首を返し、水中で櫂先を立てる。

 そして腰を上げ、上体を思いっきり後ろに倒し、体全体を使ってゆっくり櫂を引いていく。

 腕や胸の筋肉が隆起する。

 後ろの人の太ももに後頭部がつくほど体を倒し、櫂を持った腕を引き寄せる。

 前腕が、小刻みに震える。

「に!」

 の一声で、最大の力を持って櫂を引き寄せ、同時に腹筋を使って上体を起こし、前の人の背中に櫂の柄が当る程、両腕を前に突き出した。

 船長は休まずに次の号令を掛け、弟成も休まず同じ行動を繰り返す。

 弟成だけではない、黒万呂も、そして舟に乗っている男たちも、同じ行動を繰り返してゆく。

 もう何度、同じ行動を繰り返しただろうか?

 弟成には分からない。

 いや、何日といった方がいいのかもしれない。

 斉明天皇の治世7七(六六一)年九月に出航と決まった百済援軍は、ここ長津で兵士の急速鍛錬を実施していた。

 援軍は近畿・西国の良民から徴収した俄か兵士だったので、兵士としての基礎的訓練と、加えて船の扱い方を成熟させる必要があった。

 この日は、出航を間近に控えての最終調整とともに、船対抗の競争が行われていた。

 その船の中に、弟成と黒万呂はいた。
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