法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
230 / 378
第四章「白村江は朱に染まる」 中編

第11話

しおりを挟む
 百済における軍事指揮権は、もちろん中大兄に帰属していたのだが、増援となると公民を徴収することとなるため、どうしても大王の裁可が必要であった。

 だが狭井檳榔の予想したとおり、今回も増援支持と反対で大殿内が対立した。

 増援支持は、中大兄である。

「百済は、既に国として成り立っております。一国の王が、大王を頼って増援を求めているのです。ここは同盟国として、いえ宗主国として、さらなる援軍を送り込み、半島での百済の地盤を確実にすべきです」

 これに反対したのが、もちろん中臣鎌子である。

「これ以上の増援は、無理です。既に、我が国の人員派出は許容量を超えています。これ以上良民を徴収すれば、我が国の経済基盤が揺らぎます。それだけではありません。もしやすると、良民の反乱も考えられます。ここは、先の軍の力を十分に発揮させて戦うべきです」

「内臣、兵士ならいるではないか、お前の指示で集めた二万近くの兵士が」

「あれは、百済援軍のための兵士ではありません。唐・新羅軍が、我が国に襲来した時の防衛軍です」

 唐・新羅軍と対立していた高句麗から援軍要請が来た折、鎌子は半島情勢が最終局面に達した場合のことを考えて、各地から良民を徴収し、防衛軍として組織させていたのである。

「我が国に、唐や新羅が侵略してくるはずはあるまい。半島の北部には、幾度となく隋・唐軍を退けている高句麗があるのだし、百済も復興したのだ。その危険性はない。おまけに、我が国は神々が守り給う神国だぞ。異民族が侵略しても、神々が守って下さる。そうではないか?」

「はあ、確かにそうですが……、しかし、もしもの時に備えは必要かと」

 鎌子は、返事に窮した。

「万一のことがないように、お前たち ―― 中臣や忌部いんべが、よく神に祈れば良いではないか」

 鎌子は苦虫を噛み潰す。

「しかし、防衛軍は必要と考えますが、中大兄」

 赤兄も、今回ばかりは鎌子に同調した。

 彼は、彼のもとに齎される情報から、百済軍と倭国軍が咬み合わずにおり、加えて豊璋王の指揮能力に疑問があると分析し、早い時期に百済に見切りをつけるべきだと考えていた。

「百済は、いま増援が欲しいのだ。いまから兵士を徴収し、訓練している暇はない。だから、その防衛軍を転用させて欲しいと言っているのだ。防衛軍は、また徴収し直しても間に合うだろう?」

「そんなことを言っているわけではございません。中大兄は、あなたはいま、百済のどの城が落とされて、どの城が無事なのかご存知なのですか?」

 鎌子には、大伴朴本大国から詳細な情報が入っている。

「そんなこと、私に分かるわけないではないか!」

「そんなことですと……? あなたは、百済派遣軍の最高指揮官なのですよ。そのあなたが、現場の状況も知らないで、どうやって指揮するのですか!」

 鎌子が、これ程声を荒げることは稀であった。

「これを知るをこれを知るとなし、知らざるを知らざるとなせ、これ知るなりだ。知った被りしてもはじまらん。それに、そういった細かいことは、現場の将軍たちに任せてある」

 中大兄の返答に、鎌子はあきれてものが言えなかった。

 流石の赤兄も、この言葉には参ってしまった。

 鎌子は、中大兄と議論するのを止め、大王に向き直った。

「大王、私は百済増援は断固として反対です!」

 鎌子は、厳しい顔で奏上した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...