法隆寺燃ゆ

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第四章「白村江は朱に染まる」 中編

第5話

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「鬼室殿、本当に宜しいのですか?」

 田来津は、下を向いている福信に訊いた。

「はあ……、王があのように仰っておられますので、我々としては何とも……」

 どうやら、福信も困り果てているようだ。

「それを何とか諫めるのが、貴殿の役目でしょう。なぜ、お止めしなかったのですか?」

 前将軍河邊百枝が、強い口調で福信を責める。

「いえ、止めました、はじめのうちは。しかし、その……」

「なんです?」

「はあ、どうやら王は、この山城の生活がいやだと仰って。もっと広い場所、王宮を構えることができる広い場所が良いと。もし駄目なら、自分ひとりでも、山を降りて行くと言われるものですから」

 倭軍の将軍たちは、避城に移る本当の理由が、豊璋王の我儘だと聞いて呆れてしまった。

「まあ確かに、王様は倭国では客人扱いでしたから、このような生活は慣れてはおられないでしょうが、しかし、いまは百済が復興できるかどうかの瀬戸際ですよ。それを、ここの生活が嫌だから出て行くと言われても、遥か西海を渡って来た我々の身になってください。それだけではない、王様を信じて、この城に立て籠もっている民もいるのですよ」

 後将軍物部熊の声も大きくなる。

「申し訳ございません」

 福信は、深々と頭を下げた。

「まあ、これ以上、鬼室殿を責めても仕方ないでしょう。王様が城を降りるというのなら、従うしかないでしょう」

 後将軍守大石は、責められ続けの福信を気遣った。

 しばらくの沈黙があった。

 夫々、これから如何に対処すべきか考えていた。

 そして、比羅夫が口を開いた。

「分かりました。王様が言われるのなら仕方ないでしょう。避城に移りましょう」

「忝い」

 福信は、また深々と頭を下げた。

 表に出た田来津は、檳榔とともに比羅夫に呼び止められた。

「良いか。お前たち二人は、王の護衛軍将軍だ。王とともに、避城に行け。我々本隊は、ここに残る」

「分かりました。しかし、なぜ?」

 檳榔が訊き返す。

「避城では、敵を防ぎ切れまい。王は、必ず後悔する。その時、周留が敵の手に落ちていたら、目も当てられんだろう」

「なるほど」

「良いか、お前たち二人は護衛軍だ。王の行動には、十分目を光らせろ。いいな!」

 檳榔と田来津は頭を下げた。

 やはり王の監視役かと、田来津は思った。
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