法隆寺燃ゆ

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第四章「白村江は朱に染まる」 中編

第1話

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 男は尿意に襲われ、寝床を抜けだし、小屋の外に出た。

 夜明けまで、あと半時であろうか。

 東の空は、青みがかってきている。

 だが、西の海は依然として暗い。

「おい、如何した? 交代には早いぞ」

 不意に、男の頭上から声がした。

 見上げる。

 そこは見張り台になっていて、男が顔を覗かせていた。

「小便!」

 男は、見張り台の男にぶっきらぼうに答えると、岬の突端まで歩いて、海に向かって放尿を始めた。

 ひと心地付いた男は、力が抜けたように大きなため息をついた。

 さて、もう一眠りするか………………

 彼は、まもなく終わるという時に、黒い海の中に浮かび上がる光を見た。

 ―― 何だろう?

 目を凝らす。

 が、見えない。

 ―― 気のせいか?

 彼は全てを出し終わると、大事なものを仕舞い、もう一度海を見た。

 ―― 光っている。

 確かに、海の上に光が浮かんでいる。

 しかも、大きく円を描くように動いている。

「おい、あれ何だ?」

 男は、見張り台の男を呼んだ。

 見張り台の男は顔を出し、下の男が指差す方を見る。

「何だ、あれは?」

 見張り台の男にも、分からないようだ。

 下にいた男も、見張り台まで上がって来た。

「船か? 魚を獲っているのか?」

「いや、そんな風には見えんが……」

 空は、半分以上が明けてきた。

「もう少ししたら、夜が明ける。そうしたら良く分かるだろう」

「あっ、消えた」

 二人の目の前から光が消え、もとの真っ暗な海に戻った。

 しばらくして、男たちの耳に奇妙な音が聞こえてきた。

 何かが水を打つ音 ―― そして、唸り声………………それは、海の彼方から聞こえてくる。

 二人は、音のする方をじっと見つめる。

 音は、益々大きくなっていく。

 海の上にも、朝の日差しが降りていく。

 徐々に、海が明るくなっていく。

 すると、暗闇の中から突如として、一隻の船が光の海の中に飛び出して来た。

 それは、軍船である。

「軍船だ!」

 飛び出した軍船は、一隻だけではない。

 右からは、数隻の船が飛び出して来た。

 そして、左からも数隻。

「何処の船だ? 援軍か?」

「いや、援軍なんて聞いてねえぞ」

 軍船の数が、次々と増えていく。

 水を打つ音は櫂を海に入れる音で、唸り声は男たちの掛け声だ。

「あれは………………、倭だ! 倭国の軍船だ!」

「倭国? 百済への援軍か?」

「何でもいい! 皆を起こせ、督府とくふへ知らせろ!」

 男が鐘を鳴らす。

「起きろ、倭国の軍船だ! 倭国が、攻めて来たぞ!」

 鐘の音に飛び起きた男たちは、小屋を出て海を見た。

 しっかりと明け切った海は、倭国の軍船で埋め尽くされていた。
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