法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
211 / 378
第四章「白村江は朱に染まる」 前編

第16話

しおりを挟む
 鎌子は、これだけの女性に取り囲まれたこともないので、何をされるのだろうと逆に怖くなった。

 すると、ひとりの女性が赤子を抱いて出て来た。

 眉毛の濃い、目がくりっとした、可愛い男の子である。

「どう、可愛いやろ? 眞根売まねめの子やねん」

 どうやら、あの娘の子どもらしい。

 彼は、「ああ」と頷いた。

「やっぱり親子は似るもんやね。眉と目元なんか、そっくりや」

 女たちは、鎌子と赤子の顔を見比べながら、そんなことを言い合ったが、彼には何のことだが分からなかった。

「あんたに似てるって言ってんの。この子、眞根売とあんたの子やねん」

 鎌子は唖然とした ―― そうか、こうやって脅迫するのか………………

「ちょっと待て、なんで俺の子なんだ?」

「何でって、あんた二年くらい前に、眞根売と寝たやろ。覚えがないって言うのかい」

「待て待て、確かに寝たぞ。しかし、一夜だけだ。その日以来、顔も見ていないんだぞ」

「一夜やろうが、一年やろうが、寝たことにはかわりないわ。しかも、あの子は、あの日が初めてやったんやからね」

「余計、俺じゃないじゃないか」

「何寝ぼけたこと言ってんの。当たるときゃ、一回でも当たるねん。それに、この子、五月生まれやからね、計算が合うやろ」

 鎌子は指を折って数えた、確かに計算が合っている。

「しかし、眞根売が俺の子だと言っているのか?」

「ああ、女は身篭った時は分かるからね」

 それを言われたら、男としては何も言いようがない。

「分かった、縦しんば俺の子だとして、眞根売は何処だ? 眞根売と話がしたい」

 女たちは顔を見合わせた。

 子どもを抱いていた女が、胸の中の赤子の顔を見ながら寂しそうに言った。

「眞根売は、去年の秋に死んだねん、産後の肥立ちが悪くてな」

 次の言葉が出なかった。

「お願いやから、この子を引き取ってえな。うちらは、自分らが食べていくだけで精一杯なんや。このままやったら、野垂れ死にか、奴婢として売り飛ばされるねん。折角、父親も分かってんのに、そんなんあんまりやんか! 可哀想すぎるやんか! ねえ、ほんま、お願いやから」

 女たちは皆、土下座をして鎌子に頼み込む。

 彼は、子どもの顔を覗き込む。

 赤子が、微笑み返す。

 ―― なるほど、こうやって見ると俺に似ているし、眞根売の母親の赤根売にも似ているな。

 彼は、人の縁の不思議さを改めて感じた。

「名前は、何だ?」

 彼は訊いた。

 彼女たちは顔を上げる ―― その顔は笑顔であった。

文人ふみひとって言うんや」

 その夜、彼はその子を鏡姫王かがみのおおきみのもとに連れて行った。

「まあ、与志古娘よしこのいらつめ殿には、このような大きな子がいらっしゃったのですか? 私、全然知りませんでしたわ」

 与志古娘とは、車持国子君くるまもちのくにこのきみの娘で、鎌子のもうひとりの妻であった。

「ええ、あいつの忘れ形見でして。それで、その……、鏡様に折り入ってお話がありまして、その……」

「私に、この子の面倒を見て欲しいというのでしょう? いいですわ、鎌子様のお子ですもの、喜んでお育てしますわ。さあ、こちらに」

 鏡姫王はそう言うと、両手を鎌子が抱える子どもの方に差し出した。

「鏡様、ありがとうございます」

「鏡様は止して下さいと言ったはずですよ。私は、あなたの妻なのですから。さあ、こちらに、何とお呼びしたらよいのですか?」

「あっ、はい、えっと……、文……、いや、ふひとです、中臣史です」

「そう、史ですね。良い名前ですね。ね、史」

 鏡姫王は、早速史をあやしに掛かった。

 史も鏡姫王の胸の中が気に入ったのか、一際大きく笑った。

 鎌子はそれを見て、そっと胸を撫で下ろすのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。 今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。 義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」 領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。 信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」 信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。 かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉
歴史・時代
東海一の弓取りと呼ばれた三河、遠州、駿河の三国の守護、今川家の重臣として生まれた 一宮左兵衛は、勤勉で有能な君主今川義元をなんとしても今川家の国主にしようと奮闘する。 今川義元と共に生きた忠臣の物語。 今川と織田との戦いを、主に今川の視点から描いていきます。

ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三
SF
※本作はフィクションです。実在の人物や団体、および事件等とは関係ありません。 ※本作は海洋生物の座礁漂着や迷入についての記録や資料ではありません。 ※本作には犯罪・自殺等の描写がありますが、これらの行為を推奨するものではありません。 ※本作はノベルアップ+様でも同様の内容で掲載しております。  西暦二〇五六年、地表から高度八〇〇キロの低軌道上に巨大宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」が完成した。  宇宙開発競争で優位に立つため、日本政府は「ルナ・ヘヴンス」への移住、企業誘致を押し進めた。  その結果、完成から半年後には「ルナ・ヘヴンス」の居住者は百万にも膨れ上がった。  しかしその半年後、何らかの異常により「ルナ・ヘヴンス」は軌道を外れ、いずこかへと飛び去った。  地球の人々は「ルナ・ヘヴンス」の人々の生存を絶望視していた。  しかし、「ルナ・ヘヴンス」の居住者達は諦めていなかった。  一七年以上宇宙空間を彷徨った後、居住可能と思われる惑星を見つけ「ルナ・ヘヴンス」は不時着した。  少なくない犠牲を出しながらも生き残った人々は、惑星に「エクザローム」と名をつけ、この地を切り拓いていった。  それから三〇年……  エクザロームで生まれ育った者たちの上の世代が続々と成長し、社会の支え手となっていった。  エクザロームで生まれた青年セス・クルスも社会の支え手の仲間入りを果たそうとしていた。  職業人の育成機関である職業学校で発電技術を学び、エクザローム第二の企業アース・コミュニケーション・ネットワーク社(以下、ECN社)への就職を試みた。  しかし、卒業を間近に控えたある日、セスをはじめとした多くの学生がECN社を不採用となってしまう。  そこでセスは同じくECN社を不採用となった仲間のロビー・タカミから「兄を探したらどうか」と提案される。  セスは自分に兄がいるらしいということを亡くなった育ての父から知らされていた。  セスは赤子のときに育ての父に引き取られており、血のつながった家族の顔や姿は誰一人として知らない。  兄に関する手がかりは父から渡された古びた写真と記録ディスクだけ。  それでも「時間は売るほどある」というロビーの言葉に励まされ、セスは兄を探すことを決意した。  こうして青年セス・クルスの兄を探す旅が始まった……

処理中です...