法隆寺燃ゆ

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第四章「白村江は朱に染まる」 前編

第3話

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 田来津は、子どもの頃から正義感が強く、曲がったことが大嫌いな性分だった。

 子どもというのは、大人の真似をするものである。

 それが良いことの真似なら問題はないのだが、彼らがしたがる大人の真似とは、とかく悪いことが多く、また、その悪いことは子どもには格好よく見えるものである。

 そのため、大人たちが弱い者を傷めつけるのを真似して、子供たちも力の弱い子を傷めつけるのである。

 だが、田来津は、そんな集団には加わらなかったし、逆に集団の輪の中に飛び込んで、傷めつけられている子を助けてやるのである。

 しかし、他の子に比べて、彼は体が小さく、おまけに相手が集団では多勢に無勢、最後は顔を痣だらけにして家路に着くのである。

 そんな田来津の性格を知ってか知らずか、母は優しく傷口に薬草を塗ってくれ、父はそれを黙って見守っているのだった。

 だが彼も、いつまでも負けっぱなしというのは気分が悪い。

 如何にか仕返ししてやろうと、武術に励むようになるのだが、これがまた努力家のため、めきめきと上達し、ある日、とうとういじめっ子たちを伸してしまった。

 彼は、今日は気分いいと肩で風を切って帰るのだが、彼を待っていたのは父の激しい怒りだった。

 どうやら、殴られた子どもたちの親が、父のもとに乗り込んで来たようだ。

 彼は、なぜ父に怒られるのか理解できなかった。

 ―― 俺は、いじめっ子をやっつけたのに…………………

    俺は、正しいことをしたのに………………

 彼は、父にそう反論した。

 父の答えは、左頬への一発だった。

 田来津は、びっくりした。

 それまで、父が怒っても手をあげることはなかった。

 父は言った、『お前のやっていることは、ただの復讐、私事にすぎない』と。

 田来津には、その意味するところが分からなかった。

『私が、お前に武術を習わせたのは、力を誇示させるためではない。ましてや、その力で仕返しをしようなどとは、言語道断だ。お前が、あの子たちにしたことは、単に、自分が殴られたことに対する仕返しであろう。いじめられていた子は如何なのだ? その子を、守ってやることができたのか?』

 確かに、父の言うとおりだ。

 自分のことばかり考えて、いじめられていた子のことなど、まるで頭になかった。

 いじめられていた子を守るという意志が、いつの間にか、いじめ子に仕返しをしてやるという考えに変わっていたのだ。

『田来津よ、よいか、お前の力は、お前を守るためにあるのではない。力を、私事のために使ってはならない。力を持たぬ者たちのために使うのだ。弱き者ために生き、弱き者のために死せ! よいな!』

 その日以来、彼は、父の言葉を胸に生きて来た。

 いまでも、その時の左頬の痛みは確りと残っている。

 そんな彼が、飛鳥での役職を全て捨て、生まれ故郷であるこの朴市の地に戻って来たのは、やはり父の言葉があったからだ。
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