法隆寺燃ゆ

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第三章「皇女たちの憂鬱」 中編

第6話

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 斉明天皇の治世元(六五五)年十月十三日、宝大王は蘇我の怨念に取り付かれた飛鳥板蓋宮を出て、新たに小墾田に瓦葺の宮室を建設する計画を立てた。

 しかしこの計画は、求める木材全てが腐食し、断念せざるを得なくなった。

 これも全て、蘇我の怨念であろうか?

 そして、彼女をもっと震え上がらせることが起きる。

 飛鳥板蓋宮が火災に見舞われ、全焼したのである。

 宝大王は、何かに追い出されるように飛鳥川原宮あすかのかわはらのみやへと移っていった。

 件の火事は、逆に彼女を強くしていった。

 斉明天皇の治世二(六五六)年、宝大王は、焼失した飛鳥板蓋宮の北西に後飛鳥岡本宮のちのあすかのおかもとのみやを建設した。

 宝大王は、逃げなかった。

 彼女は、大八洲国を照らし出す大王である。

 怨霊が怖くて逃げ出していては、大王は務まらない。

 それに、蘇我の恨みを受け入れること、それが彼女の宿命でもあると覚悟を決めたのだ。

 後飛鳥岡本宮とともに、彼女は田身嶺たむのみね(多武峰)の頂上に垣根を廻らし、その頂上の二本の槻の木の傍に楼閣を建てた。

 これを両槻宮ふたつきのみや、また天宮あまつみやと云った。

 彼女は、宮建設を皮切りに、念願の飛鳥の箱庭計画を開始する。

 その事業は、大規模なものであった。

 まず、石上山いそのかみのやまの石材を舟で運ぶため、石上山から香山かぐやま(香久山)の西まで溝を掘らせた。

 石上山については諸説あるが、これが現在の奈良県天理市石上神宮付近の山だとすると、直線でも約十二キロメートルの大工事となる。

 石上山から切り出した石を、二百隻近くの舟で香山まで運び、そこから後飛鳥岡本宮の東の山まで運んで、山肌に積み重ねて垣を造り上げていく。

 この石上山から香山の溝や東の山の垣等の建設には、多大の人員が導入された。

『日本書紀』には溝の採掘に約三万人、垣の建築に約七万人の計十万人が徴収されたとある。

 十万人とは誇張もあるだろうが、それだけ大事業だったということであろう。

 そして、この大事業は、『狂心たぶれごころの渠』と言われ、民衆の批判を買ったらしい。

 また、同じ時期に、吉野(奈良県吉野宮滝)にも宮室を築いている。

 しかし、宮殿の木材は腐ったり、山頂が埋まったり、組み上げた石垣が崩れたりと、この計画自体が何かに呪われているかのようであった。

 極め付けが、岡本宮の火災である。

 この時の火災は小火程度で済んだが、宝大王の心は恐怖を通り越し、怒りに変わっていた。

 彼女は、所構わず当り散らした。

 ―― なぜ!

    なぜです!

    なぜ蘇我は、それほどまで私の邪魔をするのですか!

 宝大王は、見えない蘇我に当り散らした。
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