117 / 378
第二章「槻の木の下で」 後編
第8話
しおりを挟む
どうやら、水場は先約ありのようだ ―― 二人の女の子がいるようだ。
弟成は、静かに近づく。
特に、そうしなければならない必要性はどこにもないのに、なぜか彼はそうしなければと感じていた。
水場が見えるところまで近づくと、草むらの間からその様子を窺った。
女の子二人が、水浴びをしていた。
ひとりが八重女で、もうひとりが八重女の友達の稲女だと。
二人は露な姿で、水に浸した布を首筋にあってがったり、脇の下を拭いたりしている。
「気持ちええね」
「ほんまやね」
八重女たちの声が、微かに聞こえてくる。
弟成には、彼女たちの背中しか見えていなかったが、それでも変な気分だ。
彼女たちが岩間から沸き落ちる水に布を浸す時や、その布を絞る時に見える、小さな前のふくらみに、彼は見てはいけないものを見てしまったような気持ちと、もっとよく見たいという複雑な気持ちが自分の中に入り乱れているのに気付いた。
女の子のあられもない姿を見るのはこれが初めてではなかったが、こんな変な気分になったのは初めてであった。
八重女と稲女は、まだ弟成に気付いていないようだ。
弟成は迷っていた。
彼女たちが水場を出て行くまで、このまま隠れて見ているか?
それとも彼女たちの前に出て行って、当初の目的を達成するか?
別段、いま出て行っても問題はなさそうである。
だが彼の足は、なぜかその場に踏み止まっていた。
水は、岩間から静かに流れ出している。
流れ落ちた水は地面に小さな窪みを作っている。
八重女は、その小さな水溜りに入り、右足を僅かに挙げて、落ちる清水をその足で受け止めた。
彼女の太ももが露わになる。
弟成の緊張が高まる。
手が汗だくだ ―― その汗のせいで、壺が滑り落ちそうになった。
「あっ!」
彼は小さく叫んでしまった。
八重女と稲女は、胸を両手で覆い、声のした方を見た。
「誰?」
弟成の耳に、八重女の声が響いた。
「誰なの?」
弟成は、その声につられるように前に出た。
別に、隠れたままでも良かったのだが、八重女の声には、それを許さないような力があった。
彼は、壺を両手に抱え、彼女たちの前に出た。
稲女は、真赤な顔をして急いで服を着ていた。
八重女は胸を両手で隠したまま、弟成を睨みつけていた。
弟成は、どこに目をやっていいのか分からなかった。
「見てたん?」
八重女が訊いた。
弟成は、彼女の大きな目を見ることはできない。
「別に、見るつもりはなかったけど……」
「そう……」
八重女は服を着た、腰紐を結び直す。
弟成は、まだ突っ立ている。
「でも、弟成で良かった」
服を直し終わった八重女は、彼の顔を覗き込んだ。
その目は、微かに笑っていた。
「行こうか、稲女」
そう言うと八重女は、何事もなかったように弟成の傍を通り過ぎて行った。
その瞬間、彼は記憶のある香りを嗅いだ。
稲女も彼女に続いて、弟成の傍を通った。
その顔は真赤だった。
弟成は、その場に立ち尽くした。
もう、咽喉の渇きは忘れていた。
弟成は、静かに近づく。
特に、そうしなければならない必要性はどこにもないのに、なぜか彼はそうしなければと感じていた。
水場が見えるところまで近づくと、草むらの間からその様子を窺った。
女の子二人が、水浴びをしていた。
ひとりが八重女で、もうひとりが八重女の友達の稲女だと。
二人は露な姿で、水に浸した布を首筋にあってがったり、脇の下を拭いたりしている。
「気持ちええね」
「ほんまやね」
八重女たちの声が、微かに聞こえてくる。
弟成には、彼女たちの背中しか見えていなかったが、それでも変な気分だ。
彼女たちが岩間から沸き落ちる水に布を浸す時や、その布を絞る時に見える、小さな前のふくらみに、彼は見てはいけないものを見てしまったような気持ちと、もっとよく見たいという複雑な気持ちが自分の中に入り乱れているのに気付いた。
女の子のあられもない姿を見るのはこれが初めてではなかったが、こんな変な気分になったのは初めてであった。
八重女と稲女は、まだ弟成に気付いていないようだ。
弟成は迷っていた。
彼女たちが水場を出て行くまで、このまま隠れて見ているか?
それとも彼女たちの前に出て行って、当初の目的を達成するか?
別段、いま出て行っても問題はなさそうである。
だが彼の足は、なぜかその場に踏み止まっていた。
水は、岩間から静かに流れ出している。
流れ落ちた水は地面に小さな窪みを作っている。
八重女は、その小さな水溜りに入り、右足を僅かに挙げて、落ちる清水をその足で受け止めた。
彼女の太ももが露わになる。
弟成の緊張が高まる。
手が汗だくだ ―― その汗のせいで、壺が滑り落ちそうになった。
「あっ!」
彼は小さく叫んでしまった。
八重女と稲女は、胸を両手で覆い、声のした方を見た。
「誰?」
弟成の耳に、八重女の声が響いた。
「誰なの?」
弟成は、その声につられるように前に出た。
別に、隠れたままでも良かったのだが、八重女の声には、それを許さないような力があった。
彼は、壺を両手に抱え、彼女たちの前に出た。
稲女は、真赤な顔をして急いで服を着ていた。
八重女は胸を両手で隠したまま、弟成を睨みつけていた。
弟成は、どこに目をやっていいのか分からなかった。
「見てたん?」
八重女が訊いた。
弟成は、彼女の大きな目を見ることはできない。
「別に、見るつもりはなかったけど……」
「そう……」
八重女は服を着た、腰紐を結び直す。
弟成は、まだ突っ立ている。
「でも、弟成で良かった」
服を直し終わった八重女は、彼の顔を覗き込んだ。
その目は、微かに笑っていた。
「行こうか、稲女」
そう言うと八重女は、何事もなかったように弟成の傍を通り過ぎて行った。
その瞬間、彼は記憶のある香りを嗅いだ。
稲女も彼女に続いて、弟成の傍を通った。
その顔は真赤だった。
弟成は、その場に立ち尽くした。
もう、咽喉の渇きは忘れていた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる