法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
55 / 378
第一章「宿命の子どもたち」 後編

第12話

しおりを挟む
 宝大后への参上を終えた蘇我入鹿は、屋敷に戻り、自室でひとり考えていた。

 宝大后の思し召しも、公地公民の件だった。

 宝大后は、昨年の九月に大寺と宮室を造るための人員と資材を各地から派出するようにとの命を蘇我蝦夷に出したのだが、各地の豪族からは反発が出て、結局上手くいっていなかった。

 困り果てたのは蝦夷で、以来酒の量が増えている。

 この時、蝦夷に公地公民を薦めたのが入鹿であった。

「人・土地が全て大王のものであれば、氏族を無視して徴収できます」

 と言った入鹿の言葉を、蝦夷は大后に話したらしい。

 今日の思し召しは、その制度の詳細を聞くためのものであったのだが、入鹿にしてみれば、公地公民によって氏族の力を弱め、試験による官吏登用制度を導入し、一挙に現氏族体制から官僚体制に改革する思惑があった。

『林臣、私はね、この飛鳥の地に大陸に負けない都を、理想の都を造りたいのです。それが、あの人の夢でしたから』

 あの人とは誰であろうかと、入鹿は思った。

『田村様のですか?』

 と訊いてみたが、宝大后は答えなかった。

『兎に角、その公地公民という制度、十分研究が必要なようですね。期待していますよ』

 それが宝大后の最後の言葉だったが、入鹿は困惑していた。

 宝大后が如何に飛鳥に大きな都を築く夢があろうとも、山背大兄が大王になれば斑鳩が政務の中心地になるかもしれないのに、何を期待するのか?

「まさか大后は、ご自分が大王になろうとお考えでは?」

 入鹿は、つい口に出してしまった。

 その可能性もないことはない。

 十三年間大王の傍で政務を見てこられた実績もあるし、一時期大后待望論も飛び交った。

 考えてみたら、大王が亡くなってから寺や宮を造る命令を出すこと事態おかしい。

 今朝の軽皇子の話も、妙といえば妙だ。

「大后を大王にか………………」

 入鹿は、それも考えられる話だと思った。

 彼のそんな考えごとを破り裂いたのは、玄関から聞こえてきた騒ぎである。

 彼は、何事かと見に行った。

 そこには、頭を抑え、ずぶぬれの蝦夷が従者に抱えられた姿があった。

 雨にしては凄い濡れようだ。

 彼は、口が利けないくらい震えている。

 兎も角、入鹿は従者に命じ、湯を沸かし、蝦夷の体を温めることにした。

 話はそれからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...