法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
29 / 378
第一章「宿命の子どもたち」 中編

第5話

しおりを挟む
 山背王が型通りの所作で宮門から出ると、三輪文屋が眉間に皺を寄せて尋ねてきた。

「如何でございましたか?」

 文屋も、当然後継者の話があったのだろうと思っているようだ。

 答えるのも煩わしかった。

「豊浦の屋敷に行く」

 山背王はそれだけ答えると、軽い身のこなしで馬に跨り、鐙を蹴った。

 彼の馬は、勢い良く駆けていく。

 慌てた文屋も馬に跨り、山背王に続いた。

 山背王は、自分を恥じた。

 多くの人がそうであるように、自分も、次の大王は田村皇子であろうとは思っていた。

 それでも、もしかしたら………………という気持ちもあった。

 自分は蘇我氏の出自であるし、何より厩戸皇子の息子でもある。

 父が成し遂げられなかった大王への夢を、もしかしたら叶えられるかも知れないとも感じていた。

 それだけに、額田部大王の直々の思し召しに、もしやと期待した。

 その期待は、ものの見事に打ち破られたのだが………………

 馬鹿な期待をしたものだと、自分の浅はかさを恥じた ―― だから、お前はまだ若いと言われるのだ。

 彼は、馬の速度を上げた。

 大王に求められる必要条件は、身分や能力よりも、年齢であった。

 天皇の長兄という立場は優位だが、それだけで絶対に後継者となれる保証はない。

 初代神武天皇から第十三代成務せいむ天皇までは、大王の息子が次の大王となっているが、神代に近いこの時代、天皇の存在すら怪しい。

 十三代以降は、兄弟間で引き継ぎ、それが終われば次の世代に引き継ぐといった形態が多い ―― 王位の嫡子引継ぎではなく、年齢が重んじられたからである。

 なぜ身分や能力よりも、歳が重んじられたのか?

 それは政治が、未知なる才能よりも、豊かな経験を求めたからである。

 政治に求められるのは、新たな時代を切り開こうという理想よりも、いま目の前にある問題を如何におさめるかという現実である。

 現実をまとめるには、才能よりもそれまで積み上げた経験がものをいう。

 特に、危機的状況下では経験則が重要になる。

 危機に陥った場合、以前に同じ様な経験をした人間は事態を収拾しやすい。

 また、一度戦場を経験した人間は、新たな戦場において、的確に任務を遂行させることができる。

 名将と謳われる武将たちも、生まれながらにして名将であった訳ではなく、初陣を踏み、何度かの戦場を経験して、名将へと成長していったのである。

 若さや未知なる才能が持て囃されるのは、平穏な時代か、逆にそれまでの思想を変化させる、百年に一度あるかないかの大転換期の場合だけであろう。

 推古女帝の時代、中央集権国家体制への過渡期であり、血筋や若さよりも、混乱を収拾する経験則のほうが重要視された。

 これは、山背王の父厩戸皇子の時も同様で、祟峻天皇が暗殺された時、彼は十九歳であり、若いということで王位は見送られた。

 大王の死に際にあたり、二十を少し過ぎたばかりの山背王よりも、三十後半の田村皇子が後継者と考えるほうが当たり前であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う

ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。

赤松一族の謎

桜小径
歴史・時代
播磨、備前、美作、摂津にまたがる王国とも言うべき支配権をもった足利幕府の立役者。赤松氏とはどういう存在だったのか?

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

雨宿り

white love it
歴史・時代
江戸時代末期、行商人の忠三は山中で雨宿りをしているところで、幼い姉弟に出会う。貧しい身なりの二人だった……

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...