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第一章「宿命の子どもたち」 中編
第3話
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「大王、危うし」の急報とともに、御召の沙汰が告げられた山背王は、父厩戸皇子が愛馬黒駒に乗って駆け抜けた道を、同じく馬に乗り、三輪文屋を引き連れて飛鳥へと駆けて行った。
四日前に日が欠けたので、何か不吉なことが起きるのではと思っていたが、まさかこんなにも早く大王が危うくなろうとは………………
御召の件については次の大王のことであろうか、もしや次はこの私に………………とも思ったのだが、いや、私はまだ若い、次の大王は田村皇子であろうと思い直すのだった。
飛鳥の小墾田宮に到着した時、彼は脇の下に薄っすらと汗を掻いていた。
三月ともなると、やはり温かい。
山背王は馬を文屋に預けると、小墾田宮の宮門の警護をしている舎人たちに、参上した趣旨を伝えた。
それを聞いた舎人の一人が、奥に入って行った。
脇の汗が乾いた頃、禁中から中臣御食子連が、先ほどの舎人を伴ってこちらにやって来た。
「大王が、御召になるとのことです」
御食子は、山背王を導くように道を開けた。
山背王はその場に跪き、両手を大地に付け、四つん這いになった。
獣のような格好で宮門を潜り、潜り終わると、すっと立ち上がって膝頭と両手の埃を払い落とした。
「どうぞ」
御食子は、山背王の一連の動作が終わったのを確認すると、先に立って大門へ歩いていった。
彼もそれに続いた。
山背王の一連の動作は、宮門を通る時の儀礼で、推古天皇の治世十二(六〇四)年に定められた。
その時の天皇からの達しは、『凡そ宮門を出で入らんときは、両手を以ちて地を押し、両脚をもちて跪きて、梱を越ゆれば立ちて行け』というものであった。
大門を潜ると、そこには栗隈黒女采女が待っていた。
「山背様、これよりは私めがご案内します」
黒女は、これまた御食子と同じように山背王の先に立って、彼を大殿の中に導いた。
小墾田宮は、甘樫丘の北の飛鳥川の左岸にある古宮の地にある。
宮門を入ると朝廷があり、その左右に官人が政務を執る庁があり、朝庭の正面には大門を配し、その奥に大王の政務兼住居の大殿があった。
山背王は、黒女に案内されて大殿に入った。
そこには、八口鮪女采女を頭に、左右に四人ずつ采女が座していた。
「どうぞ、こちらでしばらくお待ち下さい」
黒女はそう言うと、山背王に座るように促した。
彼は、言われるままに胡坐を掻いた。
黒女は、そのまま最右翼に座した。
左右の采女は、微動だにしない。
まるで人形のように無表情だ。
正面には御簾が垂れている。
その向うに大王がいる。
山背王は御簾を見つめた。
どうやら先客がありそうだ。
次の瞬間、御簾が持ち上がり、中から男が出てきた ―― 田村皇子だ。
彼は、一瞬こちらに気付いたが、そのまま御簾に向き直り一礼した。
山背王の傍らを通り過ぎる時に、軽く会釈をして去って行った。
山背王も、これに頭を下げて答えた。
もしかしたらとは思ったが、やはり田村皇子だった。
大王は、彼に何を話したのだろうか?
田村皇子の踏締める板の音が遠ざかる。
黒女が、御簾の中に何事か呼び掛けた。
山背王には、御簾の中からの声は聞こえない。
「山背様、お入りくださいませ」
黒女がそう言うと、鮪女ともう一人の采女が左右から御簾を持ち上げ、山背王を促した。
彼は胡坐を解くと、そのまま御簾の向うに滑り込んだ。
四日前に日が欠けたので、何か不吉なことが起きるのではと思っていたが、まさかこんなにも早く大王が危うくなろうとは………………
御召の件については次の大王のことであろうか、もしや次はこの私に………………とも思ったのだが、いや、私はまだ若い、次の大王は田村皇子であろうと思い直すのだった。
飛鳥の小墾田宮に到着した時、彼は脇の下に薄っすらと汗を掻いていた。
三月ともなると、やはり温かい。
山背王は馬を文屋に預けると、小墾田宮の宮門の警護をしている舎人たちに、参上した趣旨を伝えた。
それを聞いた舎人の一人が、奥に入って行った。
脇の汗が乾いた頃、禁中から中臣御食子連が、先ほどの舎人を伴ってこちらにやって来た。
「大王が、御召になるとのことです」
御食子は、山背王を導くように道を開けた。
山背王はその場に跪き、両手を大地に付け、四つん這いになった。
獣のような格好で宮門を潜り、潜り終わると、すっと立ち上がって膝頭と両手の埃を払い落とした。
「どうぞ」
御食子は、山背王の一連の動作が終わったのを確認すると、先に立って大門へ歩いていった。
彼もそれに続いた。
山背王の一連の動作は、宮門を通る時の儀礼で、推古天皇の治世十二(六〇四)年に定められた。
その時の天皇からの達しは、『凡そ宮門を出で入らんときは、両手を以ちて地を押し、両脚をもちて跪きて、梱を越ゆれば立ちて行け』というものであった。
大門を潜ると、そこには栗隈黒女采女が待っていた。
「山背様、これよりは私めがご案内します」
黒女は、これまた御食子と同じように山背王の先に立って、彼を大殿の中に導いた。
小墾田宮は、甘樫丘の北の飛鳥川の左岸にある古宮の地にある。
宮門を入ると朝廷があり、その左右に官人が政務を執る庁があり、朝庭の正面には大門を配し、その奥に大王の政務兼住居の大殿があった。
山背王は、黒女に案内されて大殿に入った。
そこには、八口鮪女采女を頭に、左右に四人ずつ采女が座していた。
「どうぞ、こちらでしばらくお待ち下さい」
黒女はそう言うと、山背王に座るように促した。
彼は、言われるままに胡坐を掻いた。
黒女は、そのまま最右翼に座した。
左右の采女は、微動だにしない。
まるで人形のように無表情だ。
正面には御簾が垂れている。
その向うに大王がいる。
山背王は御簾を見つめた。
どうやら先客がありそうだ。
次の瞬間、御簾が持ち上がり、中から男が出てきた ―― 田村皇子だ。
彼は、一瞬こちらに気付いたが、そのまま御簾に向き直り一礼した。
山背王の傍らを通り過ぎる時に、軽く会釈をして去って行った。
山背王も、これに頭を下げて答えた。
もしかしたらとは思ったが、やはり田村皇子だった。
大王は、彼に何を話したのだろうか?
田村皇子の踏締める板の音が遠ざかる。
黒女が、御簾の中に何事か呼び掛けた。
山背王には、御簾の中からの声は聞こえない。
「山背様、お入りくださいませ」
黒女がそう言うと、鮪女ともう一人の采女が左右から御簾を持ち上げ、山背王を促した。
彼は胡坐を解くと、そのまま御簾の向うに滑り込んだ。
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