法隆寺燃ゆ

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第一章「宿命の子どもたち」 中編

第1話

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 話は、十五年前に遡る。

 三十六年の長きに渡り、大王として君臨した推古天皇こと額田部皇女は、臨終の際に、田村皇子と山背王やましろのみこを呼び出した。

 これを聞いた飛鳥の群臣は、後継者の決定かと騒ぎ立てた。

 当時、次期大王と目されていた厩戸皇子は既に鬼籍の人となっており、額田部皇女を支えてきた蘇我馬子も、二年前にこの世を去っていた。

 その後二年近く、額田部皇女は女の身でひとり国政を預かってきたのだが、その治世三十六(六二八)年二月二十七日に病に臥すこととなる。

 こうなると、大王の病よりも後継者問題についての方が飛鳥の群臣にとっては重要で、集れば、話題は自然とそのことになった。

 彼らは心配していたのだ ―― むかしのように、後継者争いが起こるのではないかと。

 神武じんむからはじまった天皇家の直系は、第二十五代武烈ぶれつ天皇によって一度途切れている。

 武烈天皇は跡継ぎなくこの世を去ったため、当時の権力者であった大伴金村大連おおとものかねむらのおおむらじが、三国の坂中井さかない(福井県坂井郡)から第十五代応神おうじん天皇の来孫である男大迹王おおどのおおきみを迎え入れることを画策した。

 だが、いかに天皇家の血を引こうとも、中央貴族からすれば、天皇家の血筋を名乗る傍系の田舎貴族が、大和(奈良県)に乗り込んでくるという認識しかなかった。

 そのため彼は妨害に逢い、河内(大阪府)・山城(京都府)とさ迷い、二十年目にしてようやく大和に入って、第二十六代継体けいたい天皇となることができたのである。

 後継者問題は、継体天皇崩御後にも起こる。

 継体天皇の即位には、中央貴族からある条件がつけられた ―― 欽明天皇の母である第二十四代仁賢にんけん天皇の娘の手白香皇女たしらかのひめみこを皇后にすること。

 大和の貴族は、直系の皇女と娶わせることによって、自分たちの力を保持しようと考えたのだが、これが悲劇を巻き起こす。

 継体天皇には、すでに故郷三国に妻がおり、ふたりの息子たちがいた。

 このため、先妻と皇后の息子たちの間に、後継者争いが起こった。

 結果は、先妻の王子たちが後継者争いに勝利し、即位する。

 安閑あんかん天皇と宣化せんか天皇である。

 しかし、宣化天皇には皇子ができず、結局先の後継者争いに敗れた皇子が、欽明天皇として即位することとなった。

 欽明天皇の息子敏達びだつ天皇の即位はすんなりといったが、彼の死後、後継者争いは激化する。

 敏達天皇の死後、欽明天皇の息子であった用明ようめい天皇と異母兄弟の穴穂部皇子あなほべのみこが対立した。

 この二人は、当時力を付けてきた蘇我稲目大臣そがのいなめのおおおみの二人の娘、堅塩媛きたしひめ小姉君おあねのきみの息子たちで、いわば同族争いである。

 稲目は、次の天皇には、思量深く、何事にも冷静に対応できる用明を推挙した。

 だが、用明よりも自分のほうが為政者に相応しいと思っていた穴穂部皇子は、同じ蘇我氏の血を引きながらも、自分は稲目に疎んじられたのだと思い、用明のみならず蘇我氏に憎しみをいだくようになった。

 用明を廃位し、蘇我氏をも排除したい穴穂部は、蘇我氏と権力を二分していた物部氏を味方に付ける。

 用明天皇の治世、表向きは平穏無事に過ぎたが、水面下では用明・蘇我氏と穴穂部・物部氏の権力争いが密かに繰り広げられていた。
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