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第一章「宿命の子どもたち」 前編
第22話
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炎は、まだ三輪文屋の屋敷に達してはいなかった。
弟成は東門から入った。
屋敷には、掛甲に身を固かためた文屋が、妻や女たちに逃げるための指示を出していた。
「弟成、どうしてここにいるのです?」
彼に気が付いたのは、佐倉刀自だった。
「弟成、こんなところで何をしておるんじゃ、早く逃げろ!」
文屋も、驚いた顔で彼を見た。
弟成も、なぜここにいるのか分からなかった。
屋敷が燃えていると分かった時から、自然と走り出していた。
もしかしたら、あの子の無事を確かめたくて走って来たのかもしれない。
しかし、そんな気持ちが理解できるほど弟成は大きくはなかった。
「弟成!」、三成の叫び声がした。
それは、弟を探す血の叫びであった。
「三成か! 弟成はここにおるぞ」
文屋がそれに答えた。
三成が、その声に導かれて東門から入ってきた。
「三輪様……、あっ、弟成、こんなところで何をしておる! 馬鹿たれ! お屋敷に入り込むなんて!」
三成にこっぴどく叱られた。
それを庇うように文屋が、
「弟成は、ワシらが心配で来てくれたのじゃ。それより、二人とも早く逃げろ!」
その時だ!
掛甲に身をかため、手に槍を抱えた兵士たちが、東門からなだれ込んできた。
兵士たちは、文屋たち目掛けて突進してくる。
文屋は、剣を抜き身構える。
弟成は、体が硬直したように動かなかった。
「逃げろ、弟成! 三成!」
文屋が叫んだ瞬間だった ―― 兵士たちが吹っ飛んだ。
弟成は、何が起こったのか分からなかった。
文屋も、己の前で起きたことを理解できずに、呆然としているようだった。
三成は、鬼の形相で荒々しい息をしていた。
よく見ると、庭の真ん中に大人の背丈ぐらいはあろうという大石が、ごろりと転がっていた ―― 屋敷の上がり口に敷いてあった石だ。
信じられないのが、これを三成が投げ飛ばしたようだ。
さらに彼は、屋敷の柱に手を掛けると、いとも簡単に引っこ抜き、まるで枝木のように振り回し出したのである。
これには、屈強の兵士たちも怯んだ。
「な、何をしておる、ひ、怯むな! そいつを叩き潰せ!」
その掛け声とともに、兵士たちと三成の戦いが始まった。
三成は強かった。
あっという間に、10人近くの男を倒してしまった。
「三輪様、早く、いまのうちに!」
「おお!」
文屋は、三成の脅威の力に驚きつつ、彼の言葉に従った。
文屋は弟成を抱きかかえ、妻たちに逃げるように促した。
「弟成は、ワシが連れて行くぞ」
「お願いします!」
と、三成が振り返った瞬間だった。
彼の腕は、馬上の男に、振り回していた柱ごと切り落とされた。
炎よりも真っ赤な血が、雨の如く彼に降りかかる。
噴出した血は、弟成の顔にも降り注いだ。
「兄ちゃん!」
それは声にならなかった。
三成の体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「兄ちゃん!」
弟の血の叫びに、三成はいつもの笑顔で応えた。
「三成! おのれ!」
文屋は、弟成を妻に渡すと、男たちに躍り掛かった。
佐倉刀自は弟成をしっかりと抱きかかえ、屋敷の裏手へと走り出した。
弟成は、三成の名を呼び続けた。
斑鳩宮は、炎に包まれた。
弟成は東門から入った。
屋敷には、掛甲に身を固かためた文屋が、妻や女たちに逃げるための指示を出していた。
「弟成、どうしてここにいるのです?」
彼に気が付いたのは、佐倉刀自だった。
「弟成、こんなところで何をしておるんじゃ、早く逃げろ!」
文屋も、驚いた顔で彼を見た。
弟成も、なぜここにいるのか分からなかった。
屋敷が燃えていると分かった時から、自然と走り出していた。
もしかしたら、あの子の無事を確かめたくて走って来たのかもしれない。
しかし、そんな気持ちが理解できるほど弟成は大きくはなかった。
「弟成!」、三成の叫び声がした。
それは、弟を探す血の叫びであった。
「三成か! 弟成はここにおるぞ」
文屋がそれに答えた。
三成が、その声に導かれて東門から入ってきた。
「三輪様……、あっ、弟成、こんなところで何をしておる! 馬鹿たれ! お屋敷に入り込むなんて!」
三成にこっぴどく叱られた。
それを庇うように文屋が、
「弟成は、ワシらが心配で来てくれたのじゃ。それより、二人とも早く逃げろ!」
その時だ!
掛甲に身をかため、手に槍を抱えた兵士たちが、東門からなだれ込んできた。
兵士たちは、文屋たち目掛けて突進してくる。
文屋は、剣を抜き身構える。
弟成は、体が硬直したように動かなかった。
「逃げろ、弟成! 三成!」
文屋が叫んだ瞬間だった ―― 兵士たちが吹っ飛んだ。
弟成は、何が起こったのか分からなかった。
文屋も、己の前で起きたことを理解できずに、呆然としているようだった。
三成は、鬼の形相で荒々しい息をしていた。
よく見ると、庭の真ん中に大人の背丈ぐらいはあろうという大石が、ごろりと転がっていた ―― 屋敷の上がり口に敷いてあった石だ。
信じられないのが、これを三成が投げ飛ばしたようだ。
さらに彼は、屋敷の柱に手を掛けると、いとも簡単に引っこ抜き、まるで枝木のように振り回し出したのである。
これには、屈強の兵士たちも怯んだ。
「な、何をしておる、ひ、怯むな! そいつを叩き潰せ!」
その掛け声とともに、兵士たちと三成の戦いが始まった。
三成は強かった。
あっという間に、10人近くの男を倒してしまった。
「三輪様、早く、いまのうちに!」
「おお!」
文屋は、三成の脅威の力に驚きつつ、彼の言葉に従った。
文屋は弟成を抱きかかえ、妻たちに逃げるように促した。
「弟成は、ワシが連れて行くぞ」
「お願いします!」
と、三成が振り返った瞬間だった。
彼の腕は、馬上の男に、振り回していた柱ごと切り落とされた。
炎よりも真っ赤な血が、雨の如く彼に降りかかる。
噴出した血は、弟成の顔にも降り注いだ。
「兄ちゃん!」
それは声にならなかった。
三成の体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「兄ちゃん!」
弟の血の叫びに、三成はいつもの笑顔で応えた。
「三成! おのれ!」
文屋は、弟成を妻に渡すと、男たちに躍り掛かった。
佐倉刀自は弟成をしっかりと抱きかかえ、屋敷の裏手へと走り出した。
弟成は、三成の名を呼び続けた。
斑鳩宮は、炎に包まれた。
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