法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
23 / 378
第一章「宿命の子どもたち」 前編

第22話

しおりを挟む
 炎は、まだ三輪文屋の屋敷に達してはいなかった。

 弟成は東門から入った。

 屋敷には、掛甲けいこうに身を固かためた文屋が、妻や女たちに逃げるための指示を出していた。

「弟成、どうしてここにいるのです?」

  彼に気が付いたのは、佐倉刀自だった。

「弟成、こんなところで何をしておるんじゃ、早く逃げろ!」

 文屋も、驚いた顔で彼を見た。

 弟成も、なぜここにいるのか分からなかった。

 屋敷が燃えていると分かった時から、自然と走り出していた。

 もしかしたら、あの子の無事を確かめたくて走って来たのかもしれない。

 しかし、そんな気持ちが理解できるほど弟成は大きくはなかった。

「弟成!」、三成の叫び声がした。

 それは、弟を探す血の叫びであった。 

「三成か! 弟成はここにおるぞ」

 文屋がそれに答えた。

 三成が、その声に導かれて東門から入ってきた。

「三輪様……、あっ、弟成、こんなところで何をしておる! 馬鹿たれ! お屋敷に入り込むなんて!」

 三成にこっぴどく叱られた。

 それを庇うように文屋が、

「弟成は、ワシらが心配で来てくれたのじゃ。それより、二人とも早く逃げろ!」 

 その時だ! 

 掛甲に身をかため、手に槍を抱えた兵士たちが、東門からなだれ込んできた。 

 兵士たちは、文屋たち目掛けて突進してくる。

 文屋は、剣を抜き身構える。

 弟成は、体が硬直したように動かなかった。

「逃げろ、弟成! 三成!」

 文屋が叫んだ瞬間だった ―― 兵士たちが吹っ飛んだ。

 弟成は、何が起こったのか分からなかった。

 文屋も、己の前で起きたことを理解できずに、呆然としているようだった。

 三成は、鬼の形相で荒々しい息をしていた。

 よく見ると、庭の真ん中に大人の背丈ぐらいはあろうという大石が、ごろりと転がっていた ―― 屋敷の上がり口に敷いてあった石だ。

 信じられないのが、これを三成が投げ飛ばしたようだ。

 さらに彼は、屋敷の柱に手を掛けると、いとも簡単に引っこ抜き、まるで枝木のように振り回し出したのである。

 これには、屈強の兵士たちも怯んだ。

「な、何をしておる、ひ、怯むな! そいつを叩き潰せ!」

 その掛け声とともに、兵士たちと三成の戦いが始まった。

 三成は強かった。

 あっという間に、10人近くの男を倒してしまった。

「三輪様、早く、いまのうちに!」

「おお!」

 文屋は、三成の脅威の力に驚きつつ、彼の言葉に従った。

 文屋は弟成を抱きかかえ、妻たちに逃げるように促した。

「弟成は、ワシが連れて行くぞ」

「お願いします!」

 と、三成が振り返った瞬間だった。

 彼の腕は、馬上の男に、振り回していた柱ごと切り落とされた。

 炎よりも真っ赤な血が、雨の如く彼に降りかかる。

 噴出した血は、弟成の顔にも降り注いだ。

「兄ちゃん!」

 それは声にならなかった。

 三成の体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。

「兄ちゃん!」

 弟の血の叫びに、三成はいつもの笑顔で応えた。

「三成! おのれ!」

 文屋は、弟成を妻に渡すと、男たちに躍り掛かった。

 佐倉刀自は弟成をしっかりと抱きかかえ、屋敷の裏手へと走り出した。

 弟成は、三成の名を呼び続けた。

 斑鳩宮は、炎に包まれた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い皇女は暁にたたずむ

東郷しのぶ
歴史・時代
 7世紀の日本。飛鳥時代。斎王として、伊勢神宮に仕える大伯皇女。彼女のもとへ、飛鳥の都より弟の大津皇子が訪れる。  母は亡く、父も重病となった姉弟2人の運命は―― ※「小説家になろう」様など、他サイトにも投稿しています。

大兇の妻

hiro75
歴史・時代
 宇音美大郎女のもとに急な知らせが入る ―― 夫である蘇我入鹿が亡くなったという。  それが、『女王への反逆』の罪で誅殺されたと聞き、大郎女は屋敷を飛び出し、夫の屋敷へと駆け付けるのだが………………  ―― 645年、古代史上の大悪人である蘇我入鹿が、中大兄皇子と中臣鎌足によって誅殺され、大化改新の先駆けとなった。  だが、入鹿は本当に大悪人だったのか?  これは、敗れた者と、その家族の物語である………………

夢のまた夢~豊臣秀吉回顧録~

恩地玖
歴史・時代
位人臣を極めた豊臣秀吉も病には勝てず、只々豊臣家の行く末を案じるばかりだった。 一体、これまで成してきたことは何だったのか。 医師、施薬院との対話を通じて、己の人生を振り返る豊臣秀吉がそこにいた。

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

処理中です...