法隆寺燃ゆ

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第一章「宿命の子どもたち」 前編

第14話

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 あれ以来、弟成は斑鳩にお遣いに行くと、文屋の屋敷を訪れるようになった。

 文屋夫妻には子どもがおらず、彼らもこの小さな訪問者を心待ちにしていた。

 しかし三成や大成たちは弟成に、三輪様のご好意に甘えてはならないと言い聞かせた。

 それでも弟成は、彼らの目を盗んで屋敷に行った。

 何度か彼の屋敷に出入りするうちに、弟成は一人の女の子を度々見かけるようになった。

 その子は弟成より小さかったが、着ているものは明らかに貴人服である。

 彼は、文屋の子かなと思っていた。

 が、どうも文屋夫妻の彼女に接する態度が仰々しいので、なかなか推し測れずにいた。

 その日の午後、先ほどまでの青い空が嘘のように空一面に白い雲が膨れ上がると、辺りを闇が包み、激しい雨を降らせた。

 文屋の屋敷を訪れていた弟成は、いつもは縁側に座たりして屋敷の中には入らないのだが、この日は急な雨のために屋敷の中まで上がり込んで座っていた。

 板葺きの屋根を、雨が激しく打ち付ける。

 弟成は、その雨音を聞きながら外を眺めていたが、誰かに見られているような気配に気がついた。

 ―― あの子だ!

 その女の子は、大きな目をしていた。

 弟成は、その目に吸い込まれそうになった。

 肌は、透通るように白い。

 いや、あの時の桃のようだ。

 その白い肌に、小さな唇は血の如く赤く浮き立ち、薄暗い部屋に輝いて見えた。

 その子は、とことこと弟成の傍まで来ると、彼を見下ろした。

 弟成は、彼女を見上げた。

 雨音は、なお激しくなる。

 されど、彼には聞こえない。

三嶋みしま様! 三嶋女王みしまのひめみこ様、どちらですか?」

 奥から声が聞こえた。

 彼女はその声に振り返り、すっと弟成の前から消えて行った。

 弟成の鼻には、桃の甘い香りが蘇った。

 文屋の屋敷のことは、黒万呂以外には秘密にしていたが、今日の出来事は黒万呂にも黙っていた。

 彼は夜具の中に入って、今日の出来事を思い出すのだが、雨の音とともに彼女が出てくると彼の気持ちは高ぶり、耳の奥で、ドック、ドックと勢いよく血が流れていった。

 そして、の子が残した香りが、また蘇ってくるのだった。

 その後、何度か屋敷に行ったが、彼女を見かけることはなかった。

 弟成は、彼女に会いたいという激しい衝動に襲われた。

 こんな気持ち、いままでにない。

 むかし三成が斑鳩寺の塔の話をしてくれた折に、塔の頂上に舞う天女の話をしてくれたが、もしかしたら、あれは天女かも知れないと思うようになっていた。

 天女なら、もう一度会いたい。

 いや、天女でなくても、もう一度だけでいいから彼女に会いたい。

 そして今度は、その目に吸い込まれたいと願った。

 その機会は、稲が重たい頭に体を支え切れなくなった頃にやって来た。

 文屋の屋敷に寄るつもりはなかったのだが、東門の前を通ると、屋敷の庭先で、あの女の子が一人で土弄りをしているのを見掛けた。

 周囲に誰もいなかった。

 弟成は、これ幸いにと彼女に近づいて行った。

 天女だ ―― 彼はそう思った。

 弟成に気付いた彼女は、その真っ直ぐな瞳で弟成を見つめた。

 彼は、こんなことが以前にあったような気がしたが、どうでも良かった。

 彼女と同じ時、同じ場所にいられるだけで良かった。

 彼女は微笑んだ。

 桃の香りが、彼を包み込んだ。 
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