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第11話
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が、またまた厄介事が現れた。
しかも、今度の厄介事は、長政の人生で最大のものだ。
将来の天下人が忽然と姿を消したのだ。
秀吉に知れるのもまずいが、天下に知れれば更にまずい。
豊臣家に後継者なしとして、天下大乱となるは必死だ。
特に、徳川あたりが喜びそうな話だが………………。
「きっと、この豊臣家を快く思わない連中の仕業ですよ」、治長は断言する。
「いや、太閤様の他の側室に違いない。淀様だけが御子を授かったのに嫉妬して、捨丸君をかどわかしたのじゃ」、大蔵卿局は女の嫉妬だと推測する。
肝心の淀はと見れば、彼女は妙にそわそわしている。
何かを捜すようにキョロキョロと辺りを見回す。
もちろん、その何かとは捨丸君だ。
傍に寄り添う右京大夫局の袖を引き、「捨が乳を欲しがっておる、もう参ろう」と、心配そうに囁いていた。
いなくなった子の空腹を心配する。
何とも哀れな姿だ。
冷血漢といわれた織田信長と同じ血を引くが、やはりひとりの母である。
「お労しや」、大蔵卿局が袖で顔を覆う、「姫様は錯乱なさっておられる。姫様、お気を確かに。心配はいりません。この弾正が、きっと御子様を悪いやつらから連れ戻してくれましょう」
長政は、「拙者が?」と声を上げた。
大蔵卿局は、くるりと向き直る。
「よいか、弾正、そして修理殿、猫の狩り出しと称して、捨丸君を捜しだすのじゃ。草の根を分けてでも捜し出せ、いや、草を抜き取り、土を掘り起こしてもよい、何としてでも捨丸君を捜し出すのじゃ。乳飲み子であれば構わぬ、私のところに連れてまいれ。私自ら検分してくれよう」
修理こと治長は、「御意に」と頭を下げた。
弾正こと長政は、厄介な事になったと嘆息した。
女たちが立ち去ると、長政はグルリと松の間を見渡した。
侍女や結番の話を信用するなら、当夜は右京大夫局以外、部屋に出入りした者はいない。
「となると……」と、長政は天井を見上げた。
「拙者も、天井から賊が侵入したのではないかと考えました」、治長も天井を見上げる、「例えば忍びの者……、いま巷間を騒がす石川五右衛門とかはどうでしょう?」
昨今、石川五右衛門と名乗る盗賊が、都中を暴れ回っているらしい。
神出鬼没で、忍術にも長けている。
京奉行の前田玄以が手を焼いているようだ。
「天井裏から侵入した形跡は?」
治長は首を振る。
捨丸を捜すために天井裏にあがった侍が、一面埃だらけで人がいた形跡はなかったのを確認している。
「しかし、忍びの者ですから、足跡を残さずに天井裏ぐらい歩けるでしょう」
「いやいや、私は忍びの者を良く知っておりますが、あれも人の子、物の怪ではないのですから、足跡を残さずに歩くのは無理でしょうな」
「それでは、こういうのはどうでしょう? 石川五右衛門が、右京大夫様に身を変えたとは考えられませぬか?」
侍女や結番の侍は、右京大夫局が部屋に出入りする姿を一度しか見ていない。
本人も、外に出たのは小用のとき、一度のみだと断言している。
「それもありますまい」と、長政は首を振った、「それに、仮に石川五右衛門が捨丸君をかどわかしたとしても、その目的が分かりませぬ。身代金を要求するならまだしも、3日経っても何の連絡もない」
「身代金が目的ではないのですよ。きっと、豊臣を貶めるやつらから依頼されたのでよ」
「まあ、それも考えられようが……」
そうなると、厄介事どころの話ではない。
下腹部がチクチクと痛み出す。
長政は手をあてがい、宥めるように摩る。
「弾正様、どういたしましょう?」
治長が訊いてくる。
「ともかく、拙者は大坂から伏見にかけて猫の狩り出し、いや、捨様を捜します。修理殿は、もう一度城内をお捜しください」
「かしこまりました」と、若侍は駆けていった。
大蔵卿局が、実務能力に長けている石田三成でなく、自分に頼ってきたのは、〝亀の甲より、年の功〟だろうか? と、長政は腹を摩った。
しかも、今度の厄介事は、長政の人生で最大のものだ。
将来の天下人が忽然と姿を消したのだ。
秀吉に知れるのもまずいが、天下に知れれば更にまずい。
豊臣家に後継者なしとして、天下大乱となるは必死だ。
特に、徳川あたりが喜びそうな話だが………………。
「きっと、この豊臣家を快く思わない連中の仕業ですよ」、治長は断言する。
「いや、太閤様の他の側室に違いない。淀様だけが御子を授かったのに嫉妬して、捨丸君をかどわかしたのじゃ」、大蔵卿局は女の嫉妬だと推測する。
肝心の淀はと見れば、彼女は妙にそわそわしている。
何かを捜すようにキョロキョロと辺りを見回す。
もちろん、その何かとは捨丸君だ。
傍に寄り添う右京大夫局の袖を引き、「捨が乳を欲しがっておる、もう参ろう」と、心配そうに囁いていた。
いなくなった子の空腹を心配する。
何とも哀れな姿だ。
冷血漢といわれた織田信長と同じ血を引くが、やはりひとりの母である。
「お労しや」、大蔵卿局が袖で顔を覆う、「姫様は錯乱なさっておられる。姫様、お気を確かに。心配はいりません。この弾正が、きっと御子様を悪いやつらから連れ戻してくれましょう」
長政は、「拙者が?」と声を上げた。
大蔵卿局は、くるりと向き直る。
「よいか、弾正、そして修理殿、猫の狩り出しと称して、捨丸君を捜しだすのじゃ。草の根を分けてでも捜し出せ、いや、草を抜き取り、土を掘り起こしてもよい、何としてでも捨丸君を捜し出すのじゃ。乳飲み子であれば構わぬ、私のところに連れてまいれ。私自ら検分してくれよう」
修理こと治長は、「御意に」と頭を下げた。
弾正こと長政は、厄介な事になったと嘆息した。
女たちが立ち去ると、長政はグルリと松の間を見渡した。
侍女や結番の話を信用するなら、当夜は右京大夫局以外、部屋に出入りした者はいない。
「となると……」と、長政は天井を見上げた。
「拙者も、天井から賊が侵入したのではないかと考えました」、治長も天井を見上げる、「例えば忍びの者……、いま巷間を騒がす石川五右衛門とかはどうでしょう?」
昨今、石川五右衛門と名乗る盗賊が、都中を暴れ回っているらしい。
神出鬼没で、忍術にも長けている。
京奉行の前田玄以が手を焼いているようだ。
「天井裏から侵入した形跡は?」
治長は首を振る。
捨丸を捜すために天井裏にあがった侍が、一面埃だらけで人がいた形跡はなかったのを確認している。
「しかし、忍びの者ですから、足跡を残さずに天井裏ぐらい歩けるでしょう」
「いやいや、私は忍びの者を良く知っておりますが、あれも人の子、物の怪ではないのですから、足跡を残さずに歩くのは無理でしょうな」
「それでは、こういうのはどうでしょう? 石川五右衛門が、右京大夫様に身を変えたとは考えられませぬか?」
侍女や結番の侍は、右京大夫局が部屋に出入りする姿を一度しか見ていない。
本人も、外に出たのは小用のとき、一度のみだと断言している。
「それもありますまい」と、長政は首を振った、「それに、仮に石川五右衛門が捨丸君をかどわかしたとしても、その目的が分かりませぬ。身代金を要求するならまだしも、3日経っても何の連絡もない」
「身代金が目的ではないのですよ。きっと、豊臣を貶めるやつらから依頼されたのでよ」
「まあ、それも考えられようが……」
そうなると、厄介事どころの話ではない。
下腹部がチクチクと痛み出す。
長政は手をあてがい、宥めるように摩る。
「弾正様、どういたしましょう?」
治長が訊いてくる。
「ともかく、拙者は大坂から伏見にかけて猫の狩り出し、いや、捨様を捜します。修理殿は、もう一度城内をお捜しください」
「かしこまりました」と、若侍は駆けていった。
大蔵卿局が、実務能力に長けている石田三成でなく、自分に頼ってきたのは、〝亀の甲より、年の功〟だろうか? と、長政は腹を摩った。
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