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第9話
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「ここが、松の間でございます」
治長に案内された部屋は、赤子のためにしては広すぎた。
長政の屋敷よりも広いかもしれない。
しかも、襖には金があしらわれ、狩野派による松の絵が描かれている。
天井も漆塗りだ。
まあ、天下人の子、それも将来の天下人の部屋なら当然だろう。
が、さすがにぼやきたくなった。
「こちらです、弾正様」
中央に屏風が立てられていた。
四方を囲んでいる。
一箇所だけが、乱暴に開け放たれていた。
「当夜のままです」と、治長は云った。
乱暴に開けたのは右京大夫局だろうと、彼女を見た。
右京大夫局は、大蔵卿局の前で萎縮して、小さくなっている。
消え入りそうで、あまりにも哀れだ。
が、もとはといえば、捨丸をひとり残して小用に立った右京大夫局が悪い。
哀れではあるが、可哀想だと同情はできなかった。
長政は、屏風の中を覗き込んだ。
錦糸の豪華な布団が引いてある ―― 赤子にしては大きな布団だ。
掛け布団は捲れ上がっている。
もちろん、捨丸の姿はない。
「右京大夫様が戻られたときには、もう捨様のお姿は見当たらなかった?」
右京大夫局は、小さな声で「はい」と答えた。
「それでは、右京大夫様が小用に立たれて、戻ってこられる間に、お姿が見えなくなったということだ。侍女たちは、その間どこに?」
当夜、屏風の四方に侍女が宿直の番をしていた ―― 四天王のように四方を見張った。
「侍女たちは、何も見ていないと云っております」
と、治長が答えた。
「何も見ていないわけがないでしょう、4人もいて」
大蔵卿局もそう思い、きつく問い詰めたと云った。
侍女たちはそれでも知らぬと云うので、大蔵卿局自ら拷問にかけた。
荒縄で締め上げ、天井から吊るし、木刀で叩いた。
叩いては気絶し、気絶しては水をかけ、また叩いた。
城内に、侍女たちの悲鳴が響き渡ったという。
長政は、大蔵卿局が目を血走らせ、侍女たちに拷問を加える姿を想像して、背中がぞっとなった。
「何度痛めつけても、やつらは知らぬ存ぜぬじゃ」
大蔵卿局は、右京大夫局を睨んだ。
右京大夫局は、自分が拷問を受けているかのごとく、身を震わせた。
治長に案内された部屋は、赤子のためにしては広すぎた。
長政の屋敷よりも広いかもしれない。
しかも、襖には金があしらわれ、狩野派による松の絵が描かれている。
天井も漆塗りだ。
まあ、天下人の子、それも将来の天下人の部屋なら当然だろう。
が、さすがにぼやきたくなった。
「こちらです、弾正様」
中央に屏風が立てられていた。
四方を囲んでいる。
一箇所だけが、乱暴に開け放たれていた。
「当夜のままです」と、治長は云った。
乱暴に開けたのは右京大夫局だろうと、彼女を見た。
右京大夫局は、大蔵卿局の前で萎縮して、小さくなっている。
消え入りそうで、あまりにも哀れだ。
が、もとはといえば、捨丸をひとり残して小用に立った右京大夫局が悪い。
哀れではあるが、可哀想だと同情はできなかった。
長政は、屏風の中を覗き込んだ。
錦糸の豪華な布団が引いてある ―― 赤子にしては大きな布団だ。
掛け布団は捲れ上がっている。
もちろん、捨丸の姿はない。
「右京大夫様が戻られたときには、もう捨様のお姿は見当たらなかった?」
右京大夫局は、小さな声で「はい」と答えた。
「それでは、右京大夫様が小用に立たれて、戻ってこられる間に、お姿が見えなくなったということだ。侍女たちは、その間どこに?」
当夜、屏風の四方に侍女が宿直の番をしていた ―― 四天王のように四方を見張った。
「侍女たちは、何も見ていないと云っております」
と、治長が答えた。
「何も見ていないわけがないでしょう、4人もいて」
大蔵卿局もそう思い、きつく問い詰めたと云った。
侍女たちはそれでも知らぬと云うので、大蔵卿局自ら拷問にかけた。
荒縄で締め上げ、天井から吊るし、木刀で叩いた。
叩いては気絶し、気絶しては水をかけ、また叩いた。
城内に、侍女たちの悲鳴が響き渡ったという。
長政は、大蔵卿局が目を血走らせ、侍女たちに拷問を加える姿を想像して、背中がぞっとなった。
「何度痛めつけても、やつらは知らぬ存ぜぬじゃ」
大蔵卿局は、右京大夫局を睨んだ。
右京大夫局は、自分が拷問を受けているかのごとく、身を震わせた。
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