桜はまだか?

hiro75

文字の大きさ
上 下
81 / 87
第5章「桜舞う中で」

6の1

しおりを挟む
 お七は、神田の筋違橋で晒しにされた。

 うら若き乙女が晒しにされているということで、江戸中の人々が集り、涙を誘った。

 晒しの後、引廻しが行われた。

 このとき、正親の特別の計らいにより、晴れ着を着け、化粧をすることを許された。

 お七は、近くの茶屋に入り、母の手によって最後の身支度をした。

 父の市左衛門は意識を取り戻していたが、体が不自由になり、おさいや息子の吉左衛門、岡っ引きの栄助に抱えられるようにして茶屋まで来た。

 茶屋の老婆の話では、お七に着物を着せている間、母のおさいは気丈に振舞っていたという。

 むしろ市左衛門のほうが、泣き通しだったとか。

「身支度が整ったあとでしたか、旦那様と御新造様、お兄さんが、最後の別れの言葉を交わされて。そうそう、そのときご新造様は、『おっかさんは、お七を生んだことを後悔してませんよ。ひとりの殿方を想い続けることは、何と素晴らしいことでしょう。確かに火付けはいけないことだけど……。お七、お前は、本当に素直で、良い子だったよ。今度この世に生まれ変わってきても、おっかさんの娘として生まれてきておくれね』と、お七さんを抱き締められて。お兄さんも、ぽろぽろと涙を落とされてね。そりゃ、見てるこっちの着物の袂まで濡れちまって。えっ、旦那様ですか? 言葉もなく、ただただ泣き通しですよ」

 店に来るお客がお七のことを尋ねると、老婆はいつも涙を流しながら語ったそうである。

 なお、市左衛門とおさいについては、御奉行の計らいにより、お咎めなしで済んだ。

 だが二人は、娘が世間様に迷惑をかけたとして、身代を息子の吉左衛門に譲り、自分たちは田舎に引っ込んでしまったそうだ。

 おさいは、そこで体の不自由になった市左衛門の面倒を見ているそうである。

 お七の世話をしていた下女のおゆきは、市左衛門たちの世話をするという名目で、そのまま田舎にくっ付いて行ったそうだ。

 晴れ着姿に紅を塗ったお七は、裸馬に乗せられて、罪状を標した旗持ちと捨札持ちを先頭に、引き廻しが行われた。

 艶やかな着物とは対照的な青白い顔は、白木の観音様のごとく美しく、それが岡っ引きの栄助をはじめ、江戸庶民の涙を誘った。

 一膳飯屋のおやじとおかつも、その姿を見送った。

「まるで、お嫁入りに行くようだな」

 おやじは大粒の涙を零しながら、お七を見送ってやった。

「ああ、お嫁に行くのさ。仏さんのところにね」

 おかつは、お七のために念仏を唱えてやった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

首切り女とぼんくら男

hiro75
歴史・時代
 ―― 江戸時代  由比は、岩沼領の剣術指南役である佐伯家の一人娘、容姿端麗でありながら、剣術の腕も男を圧倒する程。  そんな彼女に、他の道場で腕前一と称させる男との縁談話が持ち上がったのだが、彼女が選んだのは、「ぼんくら男」と噂される槇田仁左衛門だった………………  領内の派閥争いに巻き込まれる女と男の、儚くも、美しい恋模様………………

幽霊、笑った

hiro75
歴史・時代
世は、天保の改革の真っ盛りで、巷は不景気の話が絶えないが、料理茶屋「鶴久屋」は、お上のおみねを筆頭に、今日も笑顔が絶えない。 そんな店に足しげく通う若侍、仕事もなく、生きがいもなく、ただお酒を飲む日々……、そんな彼が不思議な話をしだして……………… 小さな料理茶屋で起こった、ちょっと不思議な、悲しくも、温かい人情物語………………

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

なよたけの……

水城真以
歴史・時代
「思い出乞ひわずらい」の番外編?みたいな話です。 子ども達がただひたすらにわちゃわちゃしているだけ。

信乃介捕物帳✨💕 平家伝説殺人捕物帳✨✨鳴かぬなら 裁いてくれよう ホトトギス❗ 織田信長の末裔❗ 信乃介が天に代わって悪を討つ✨✨

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
歴史・時代
信長の末裔、信乃介が江戸に蔓延る悪を成敗していく。 信乃介は平家ゆかりの清雅とお蝶を助けたことから平家の隠し財宝を巡る争いに巻き込まれた。 母親の遺品の羽子板と千羽鶴から隠し財宝の在り処を掴んだ清雅は信乃介と平賀源内等とともに平家の郷へ乗り込んだ。

証なるもの

笹目いく子
歴史・時代
 あれは、我が父と弟だった。天保11年夏、高家旗本の千川家が火付盗賊改方の襲撃を受け、当主と嫡子が殺害された−−。千川家に無実の罪を着せ、取り潰したのは誰の陰謀か?実は千川家庶子であり、わけあって豪商大鳥屋の若き店主となっていた紀堂は、悲嘆の中探索と復讐を密かに決意する。  片腕である大番頭や、許嫁、親友との間に広がる溝に苦しみ、孤独な戦いを続けながら、やがて紀堂は巨大な陰謀の渦中で、己が本当は何者であるのかを知る。  絡み合う過去、愛と葛藤と後悔の果てに、紀堂は何を選択するのか?(性描写はありませんが暴力表現あり)  

藤散華

水城真以
歴史・時代
――藤と梅の下に埋められた、禁忌と、恋と、呪い。 時は平安――左大臣の一の姫・彰子は、父・道長の命令で今上帝の女御となる。顔も知らない夫となった人に焦がれる彰子だが、既に帝には、定子という最愛の妃がいた。 やがて年月は過ぎ、定子の夭折により、帝と彰子の距離は必然的に近づいたように見えたが、彰子は新たな中宮となって数年が経っても懐妊の兆しはなかった。焦燥に駆られた左大臣に、妖しの影が忍び寄る。 非凡な運命に絡め取られた少女の命運は。

吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~

裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか ――― 将軍?捨て子? 貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。 その暮らしは長く続かない。兄の不審死。 呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。 次第に明らかになる不審死の謎。 運命に導かれるようになりあがる吉宗。 将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。 ※※ 暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。 低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。 民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。 徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。 本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。 数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。 本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか…… 突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。 そして御三家を模倣した御三卿を作る。 決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。 彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。 そして独自の政策や改革を断行した。 いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。 破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。 おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。 その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。 本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

処理中です...