63 / 87
第4章「恋文」
6の1
しおりを挟む
正仙院わきの茶屋の老婆は、今日も元気に動き回っている。
「婆さん、茶をもう一杯くれるかい」
秋山小次郎は、老婆に空になった湯のみを渡した。
「おう、婆さん、俺もな」
貞吉の湯飲みは、先から空である。
「へい」
老婆は、二人の湯飲みを持って、奥に入って行った。
「生田って侍は、来ますかね?」
貞吉は、団子を口に放り込んだ。
小次郎は団子には目もくれない。
ただじっと道の彼方を見詰めていた。
生田庄之助は来るのか? 来ないのか?
来たところで、どうするのか?
(町奉行の同心に、手が出せる相手ではないではないか……、何をしておるのだ、俺は?)
そんなことは百も承知である。
百も承知であるが、一言言ってやらねば、小次郎の気持ちがおさまらなかった。
確かに、火を付けたのはお七である。
罰せられるべきは、彼女であろう。
だが、お七をそこまで追い込んだのは、いったい誰なのか?
(生田と吉十郎じゃあねえかい)
お七の罪は免れないだろう。
吉十郎は、火付改から処罰が下されるはずである。
では、生田は?
旗本という身分と、父親や父親の関係する輩の権力を傘に、捕まることはあるまい。
(結局、お七だけが馬鹿をみたんじゃねぇか)
庄之助に一言言ってやりたいのは、小次郎だけではない。
貞吉も、随分と鬱憤が溜まっているようだった。
「旗本の次男坊だかなんだか知りませんが、それじゃあ、お七があまりにも不憫じゃございませんか」
全くそのとおりだろう。
小次郎や貞吉だけでなく、江戸庶民全員が、庄之助に、いやお上に一言言ってやりたいはずだ。
「二本差しを差してりゃ、なんでも許されるのかい」
と。
「婆さん、茶をもう一杯くれるかい」
秋山小次郎は、老婆に空になった湯のみを渡した。
「おう、婆さん、俺もな」
貞吉の湯飲みは、先から空である。
「へい」
老婆は、二人の湯飲みを持って、奥に入って行った。
「生田って侍は、来ますかね?」
貞吉は、団子を口に放り込んだ。
小次郎は団子には目もくれない。
ただじっと道の彼方を見詰めていた。
生田庄之助は来るのか? 来ないのか?
来たところで、どうするのか?
(町奉行の同心に、手が出せる相手ではないではないか……、何をしておるのだ、俺は?)
そんなことは百も承知である。
百も承知であるが、一言言ってやらねば、小次郎の気持ちがおさまらなかった。
確かに、火を付けたのはお七である。
罰せられるべきは、彼女であろう。
だが、お七をそこまで追い込んだのは、いったい誰なのか?
(生田と吉十郎じゃあねえかい)
お七の罪は免れないだろう。
吉十郎は、火付改から処罰が下されるはずである。
では、生田は?
旗本という身分と、父親や父親の関係する輩の権力を傘に、捕まることはあるまい。
(結局、お七だけが馬鹿をみたんじゃねぇか)
庄之助に一言言ってやりたいのは、小次郎だけではない。
貞吉も、随分と鬱憤が溜まっているようだった。
「旗本の次男坊だかなんだか知りませんが、それじゃあ、お七があまりにも不憫じゃございませんか」
全くそのとおりだろう。
小次郎や貞吉だけでなく、江戸庶民全員が、庄之助に、いやお上に一言言ってやりたいはずだ。
「二本差しを差してりゃ、なんでも許されるのかい」
と。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
鄧禹
橘誠治
歴史・時代
再掲になります。
約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。
だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。
挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。
歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。
上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。
ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。
そんな風に思いながら書いています。
家事と喧嘩は江戸の花、医者も歩けば棒に当たる。
水鳴諒
歴史・時代
叔父から漢方医学を学び、長崎で蘭方医学を身につけた柴崎椋之助は、江戸の七星堂で町医者の仕事を任せられる。その際、斗北藩家老の父が心配し、食事や身の回りの世話をする小者の伊八を寄越したのだが――?
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
仕合せ屋捕物控
綿涙粉緒
歴史・時代
「蕎麦しかできやせんが、よございますか?」
お江戸永代橋の袂。
草木も眠り、屋の棟も三寸下がろうかという刻限に夜な夜な店を出す屋台の蕎麦屋が一つ。
「仕合せ屋」なんぞという、どうにも優しい名の付いたその蕎麦屋には一人の親父と看板娘が働いていた。
ある寒い夜の事。
そばの香りに誘われて、ふらりと訪れた侍が一人。
お江戸の冷たい夜気とともに厄介ごとを持ち込んできた。
冷たい風の吹き荒れるその厄介ごとに蕎麦屋の親子とその侍で立ち向かう。
仇討浪人と座頭梅一
克全
歴史・時代
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。
旗本の大道寺長十郎直賢は主君の仇を討つために、役目を辞して犯人につながる情報を集めていた。盗賊桜小僧こと梅一は、目が見えるのに盗みの技の為に盲人といして育てられたが、悪人が許せずに暗殺者との二足の草鞋を履いていた。そんな二人が出会う事で将軍家の陰謀が暴かれることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる