60 / 87
第4章「恋文」
5の2
しおりを挟む
「お七の下女のおゆきが、お七と吉十郎の文の遣り取りをしなくなってからは、丁稚の三吉というのが間に入っていたようだ。この三吉というのが、恐ろしく覚えが良くてな。普段はぼーっとしているのに、ひと月前にあったことを事細かに思えていたそうだ。取調べに当たった秋山も、驚いておったよ」
「まあ、そんなに」
「ああ、その三吉が言うには、如月の中ほどに、お七に部屋に呼ばれて、『饅頭を買ってやるから、吉祥寺の辺りにいる吉十郎という男に文を渡して来い』と言われたそうだ。そして、饅頭を買うための銭と、それとは別に一両ほど渡されたとか」
「まあ、一両もですか?」
「うむ、あまりの大金なんでな、三吉も驚いて、こりゃ、よっぽど大切な文に違いない、落したらことだ、でも、もし落したらと思って、お七には悪いが文を開けて、その中身を覚えたそうだ。そうすれば、もし落としても、文の中身は伝わると思ってな」
「あら、考えましたね。でも、いまはその文の中身を覚えてはいないでしょ?」
「いや、これがなんと、全部綺麗に覚えていたよ。傍らで聞いていた番頭なんか、三吉にこんな才能があったのかと、目ん玉をおっぴろげて驚いていたそうだ」
「まあ、それはそれは」
と、多恵も驚いてみせた。
「で、その文には?」
「ああ、『恋しい庄之助様、逢いたい、いますぐにでも逢いたい……』といったことが書かれていたそうだ」
「まあ……」
「三吉は、吉十郎に文と一両を渡したと言っておる」
「それから?」
「今度は、吉十郎が店の前まで来て、三吉に文を渡したそうだ」
「その文の中身は、三吉さんって子は見なかったんですか?」
「ああ、すぐそこなんで大丈夫と思ったらしい。だが、その文は残っていたよ。秋山が、お七の部屋を隈なく探したら、縁の下から文箱が出てきたそうだ」
「そんなところに?」
「おうよ、娘っ子が隠すようなところじゃねえだろう。前に探したときに出ねえはずだよ。訊けば、取り出すときは三吉が呼ばれて、縁の下に潜っていたそうだ」
「そんなにまでして、関係を隠したかったのでしょうか?」
「まあ、相手は次男坊とはいえ、立派な御旗本だからな。お七にとって、忍ぶ恋だったんだろうよ。だが、この相手がいけえねえよ」
「生田様ですか?」
多恵は眉を顰める。
源太郎は、まるでそこに庄之助がいるかのように、苦々しい顔になって、ぐいっとお茶を呷った。
「まあ、そんなに」
「ああ、その三吉が言うには、如月の中ほどに、お七に部屋に呼ばれて、『饅頭を買ってやるから、吉祥寺の辺りにいる吉十郎という男に文を渡して来い』と言われたそうだ。そして、饅頭を買うための銭と、それとは別に一両ほど渡されたとか」
「まあ、一両もですか?」
「うむ、あまりの大金なんでな、三吉も驚いて、こりゃ、よっぽど大切な文に違いない、落したらことだ、でも、もし落したらと思って、お七には悪いが文を開けて、その中身を覚えたそうだ。そうすれば、もし落としても、文の中身は伝わると思ってな」
「あら、考えましたね。でも、いまはその文の中身を覚えてはいないでしょ?」
「いや、これがなんと、全部綺麗に覚えていたよ。傍らで聞いていた番頭なんか、三吉にこんな才能があったのかと、目ん玉をおっぴろげて驚いていたそうだ」
「まあ、それはそれは」
と、多恵も驚いてみせた。
「で、その文には?」
「ああ、『恋しい庄之助様、逢いたい、いますぐにでも逢いたい……』といったことが書かれていたそうだ」
「まあ……」
「三吉は、吉十郎に文と一両を渡したと言っておる」
「それから?」
「今度は、吉十郎が店の前まで来て、三吉に文を渡したそうだ」
「その文の中身は、三吉さんって子は見なかったんですか?」
「ああ、すぐそこなんで大丈夫と思ったらしい。だが、その文は残っていたよ。秋山が、お七の部屋を隈なく探したら、縁の下から文箱が出てきたそうだ」
「そんなところに?」
「おうよ、娘っ子が隠すようなところじゃねえだろう。前に探したときに出ねえはずだよ。訊けば、取り出すときは三吉が呼ばれて、縁の下に潜っていたそうだ」
「そんなにまでして、関係を隠したかったのでしょうか?」
「まあ、相手は次男坊とはいえ、立派な御旗本だからな。お七にとって、忍ぶ恋だったんだろうよ。だが、この相手がいけえねえよ」
「生田様ですか?」
多恵は眉を顰める。
源太郎は、まるでそこに庄之助がいるかのように、苦々しい顔になって、ぐいっとお茶を呷った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。
だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。
その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした
迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。
本所深川幕末事件帖ー異国もあやかしもなんでもござれ!ー
鋼雅 暁
歴史・時代
異国の気配が少しずつ忍び寄る 江戸の町に、一風変わった二人組があった。
一人は、本所深川一帯を取り仕切っているやくざ「衣笠組」の親分・太一郎。酒と甘味が大好物な、縦にも横にも大きいお人よし。
そしてもう一人は、貧乏御家人の次男坊・佐々木英次郎。 精悍な顔立ちで好奇心旺盛な剣術遣いである。
太一郎が佐々木家に持ち込んだ事件に英次郎が巻き込まれたり、英次郎が太一郎を巻き込んだり、二人の日常はそれなりに忙しい。
剣術、人情、あやかし、異国、そしてちょっと美味しい連作短編集です。
※話タイトルが『異国の風』『甘味の鬼』『動く屍』は過去に同人誌『日本史C』『日本史D(伝奇)』『日本史Z(ゾンビ)』に収録(現在は頒布終了)されたものを改題・大幅加筆修正しています。
※他サイトにも掲載中です。
※予約投稿です
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる