桜はまだか?

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第二章「そら豆」

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 南町奉行所の近くに、小さな一膳飯屋がある。

 独り者の役人の溜まり場になっている。

 いまはひとり身の秋山小次郎も、この店に足繁く通っている。

 もちろん飯を食うためでもあったが、この店の運び手のおかつ目当てでもあった。

 おかつは四十近いだろうか。

 秋山とは色々あって、古くからの知り合いだが、年に反して日増しに女振りが上がっていくのである。

 この日も暖簾を潜ると、

「あら、秋山様、いらっしゃい」

 と艶やかな目を向け、華やいだ声で出迎えてくれた。

「おかつ、すまんがこれを炒ってくれ」

 秋山は座敷に座るなり、おかつに紙袋を渡した。

 おかつはその中身を覗いて、

「あら、そら豆ですか? おつまみに?」

 と訊いた。

「いや、土産にする。ちょいと塩を振ってな。三つに分けておいてくれ」

「あい、おやじさん、これ頼むわ」

 と奥に入って行った。

 小次郎は、おかつの形のいい尻を目で追いながら、里芋の煮っ転がしと浅蜊の味噌汁で飯を掻き込んだ。

 飯椀が空になると、

「じゃあ、おれは奉行所に戻るからな」

 と席を立った。

「あら、もう行くんですか?」

 おかつが、炒ったそら豆を紙に包んで持って来た。

「いろいろと忙しんだよ、俺も」

「火付けの件でございましょう?」

「なんでそれを?」

 小次郎は、おかつのほっそりとした顔を見た。

「あら、もう町の噂ですよ。娘が火付けなんて面白い話ですからね」

 おかつは、色っぽい目を向ける。

「旦那、これはまずいですぜ、噂になっちゃ。早いとこ始末をつけねえと」

 貞吉が眉を顰める。

「まあな……」

 小次郎は、おかつから紙袋を受け取り、ひとつは袂に入れ、残りの二つは貞吉に投げ渡した。

「旦那、あっし、こんなに食えませんぜ」

「馬鹿垂れ、一つだけだよ」

 小次郎は睨む。

「あっ、合点です」

 と、貞吉は店を飛び出して行った。

「あの馬鹿、少しは気を利かせろって」

 おかつは、小次郎の独り言を聞いてくすりと笑った。
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