桜はまだか?

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第二章「そら豆」

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 神谷源太郎の話を聞いて、甲斐庄正親は腕を組んで天井を見上げ、

「なるほどね」

 と呟いた。

「火付けを発見した経緯までは分かったが、それで、なぜお七が捕まったんじゃ?」

「はい、そのおゆきが火事を発見した後でございますが……」

 源太郎は続ける。

「幸い、火のほうは小火程度でしたので、騒ぎを聞きつけました店の者や近所の者が消し止めました。お七ですが、近くの塀に凭れて座り込んでいたところを、近所の者が見つけたそうです」

「それだけか?」

 澤田久太郎が訊いた。

「襦袢姿でしたので、火事と聞いて慌てて逃げ出して来たのかと近所の者たちは思ったそうですが、手に布の切れ端と火口を握り締めておりましたので怪しいと思ったそうです。それで、父の市左衛門が問うたそうです」

「火付けをしたと申したか?」

 正親の問いに、源太郎は頷いた。

「市左衛門の問いかけに頷いたと」

「うむ……」

 正親は、また天井を見上げる。

「その後は、母親とともに自身番に留めたとのことです」

「それで、訳は?」

 源太郎は首を振った。

「訳を申さないのでございます、市左衛門にも、我々にも」

 前の二回は、物が燃えるところを見たかったと理由を述べていたので、今回も同じではないかと推察しますが………………と源太郎が聊か奥歯に物が挟まったように言った。

「お前は、違うと考えておるのだな?」

「御意に。その点を含めて、探索に当るべきと考えております」

 正親は頷いた。

「しかし、なぜ、すぐに知らせなんだ」

 久太郎が、苛立ったように口を開いた。

「下手に動きますと、火付改に嗅ぎ付けられますので」

「何を申すか! 火付けは大罪。まかり間違えば、町中に広がり、多くの死者を出していたところだぞ!」

「確かにそうではございますが、小火でございましたし……」

「小火であったからと、許されるものではないわ!」

 確かに、小火だからといって、火付けは許されるものではない。

 だが、うら若き娘が、小火程度で火付改に拷問を受けるのも忍びない。

 それが親心であろうし、町の人々の情けでもあろう。

 その気持ち、正親にも分かる。

 源太郎と久太郎が口論を始めそうだったので、正親が間に入った。

 頭が痛いのに、さらに口論をはじめられては、煩くて敵わない。

「いや、いや、すぐに知らせなんで正解じゃろうて。か弱い娘では、火付改の責めには堪えられんじゃろう」

 正親がそう言うと、久太郎は、「はっ、ごもっともで」と頭を下げた。

 久太郎の変わり身の早さに、呆れてしまった。
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