桜はまだか?

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第二章「そら豆」

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「そうかい……、それで?」

「それで……、湯屋から帰って、お嬢様はお部屋に入られました。あたしは、おなつさんと寝床に入って、しばらく話をしていたんですが、眠たくなって」

「おなつっていうのは、あの娘かい?」

 小次郎は、井戸端で一人盥を使う女を顎で差した。

「はい。それで、しばらくうとうとしていたんですが、急に厠に行きたくなって」

 おゆきの顔に少し紅が差す。

「それは、いつごろか分かるかい?」

「さあ……、でも、お店の中はひっそりと静まり返っていましたので、四ツ半(二十三時)にはなっていたと思います」

「そりゃ、何でだい?」

「うちで一番遅い旦那様も、四ツには休まれますので」

 的確な答えだと小次郎は感心した。

 先を促した。

「厠から出て手水鉢を使っていると、外の方でぱちぱちという何か弾けるような音が聞こえてきたんです。それで、あたし、何だろうって思って、その音の方を覗き込んだんです。そしたら、塀の向うがぼーっと明るくなって。あたし、一瞬何が何だか分かりませんでした。そしたら、その明かりが段々濃くなって、それで初めて火事だって気付いたんです」

「叫んだのかい?」

「はい」

「なんて?」

「火事だ、だと思います。舞い上がって、あんまり覚えていませんが。その後は、旦那様や六助さん、鉄三さんが起きてきて。あたしは、奥様から逃げろとか言われて……、あんまり覚えていません。気付いたら、外でおなつさんと震えながら抱き合っていましたから……」

 全部を話しておゆきは安心したのか、ほっと息をついた。

「なるほどね。ところでおゆき」

「はい」

 小次郎の不意の呼びかけに、おゆきは少し狼狽した。

「おめえさんは、お七のお世話をしている。いつもじゃねぇが、そばにいることは多い。そんなおめえさんだから分かると思うんだが、数日前にもお七は火付けを働いているが、そのとき、お七に変わったところはなかったかい?」

「変わったところって?」

「例えばだな、急に明るくなったとか、逆に暗くなったとか。あるいは、誰かと会っていたとか。どこかに出かけていたとか」

「さ、さあ……」

「大円寺で火事があって、お七が正仙院に身を寄せて以降はどうだ? そういった素振りはなかったかい?」

「えっ、いえ、あの……、何も……」

 おゆきは慌てて俯いた。

「本当かい?」

「はい……」

 小次郎は、しばしおゆきを見た。

 おゆきの瞳が小刻みに動いている。

「あ、あの、もう良いですか? あたし、洗い物の続きを……」

「おう、いいぜ、悪かったな」

 言うが早いか、おゆきは逃げるように井戸端へ駆けて行った。

 小次郎は、盆の窪に手をやった。

「いけねえな……」

 と呟いた。

 生温かい風が、小次郎の髪を乱した。
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