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第二章「そら豆」
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―― 昨日(三月四日)
小次郎と貞吉が市左衛門の店先に来ると、春野菜とともに、夏野菜も一つ二つ並び始めていた。
「旦那、もうそら豆が出ていますよ。美味そうですね、あれを茹でて、くいっとやると……」
貞吉は手で酌を作り、酒を呷る格好をした。
「馬鹿たれ、御用聞きの最中でぃ」
小次郎は、ぶすっとしたまま暖簾を潜る。
「へい」
貞吉は、首を竦めながら続いて入った。
小次郎は店に入ると、上がり框に腰を下ろした。
すぐさま、番頭の嘉平が走り寄ってくる。
「昨日の騒ぎっていうのに、もう店を開けてるのかい?」
親が死んでも店を開ける商人もいるとか。
娘が火付けで捕まっても店を開けている福田屋に、小次郎は嫌味を込めて訊いた。
「へえ、ご近所の手前もありましたので、今日は閉めようかとも思いましたが、それではむしろ火付改に怪しまれるからと、栄助親分さんが」
岡っ引きの栄助が気を利かせて、表向き、お七は親と口論になり、傷つけてしまい、捕まったことになっている。
それでも大きな咎だが、火付改に捕まるよりは良かった。
「市左衛門はいるかい? 話を訊きてぇんだが」
「申し訳ありません。旦那さまは、ご贔屓先やご近所に……」
頭を下げて回っているらしい。
「そうかい、じゃあ、ご新造さんのほうは?」
おさいは、心労のため奥で横になっているという。
「それじゃあ、二人の話しはまた後にするか。まずは、あんた方から話を訊こう。商いの手を休めさせて悪いんだが、ちょいと昨夜の話を訊かせてもらいてぇんだ」
「はい、ではいまから店の者を集めますので」
嘉平が奥に入ろうとする。
「いや、いいってことよ。奉公人は、この貞吉が適当に呼び止めて話を訊くから。商いの邪魔はしねぇよ」
手を振ってこれを止めた。
「左様でございますか」
嘉平は、小次郎の傍らに腰を下ろした。
嘉平というこの男、全体的に小柄なつくりだ。
だが、目元はきりりと引き締まって、抜け目のない顔をしている。
主人の市左衛門が娘の件で消沈しているぶん、自分が御店を盛り上げていかなければならないという気負いもあるのだろう。
嘉平は座っている間も、お店の中を忙しなく見回していた。
「三吉、三吉、何やってるんだい、お茶をお持ちしなさい」
嘉平は、店先でぼーっと突っ立っていた十ぐらいの子を怒鳴りつけた。
子どもは、はっと夢から覚めたように目を瞬かせ、慌てて奥に入って行く。
「おい、おい、構わないでくれよ」
「本当に、申し訳ございません。躾がなっておりませんで」
嘉平が頭を下げた。
「まだ、十もいかぬ子だろ? しょうがなねぇだろう」
「いえいえ、あの子の年頃なら、てきぱきと動く子はいくらでもおります。どうもあの子は、頭の回転が悪いようで」
酷い言いようである。
「なに、あんだけ動けりゃ上等よ。こっちは、言っても動かねえやつばかり抱えてるがね」
小次郎は、貞吉を見た。
貞吉は目を丸くする。
「旦那、そりゃ、あっしのことですか?」
「他に誰がいるんでぃ」
「ひでえな」
貞吉は頭に手をやった。
三吉という子が、お茶とお茶請けを持って出てきた。
傍で見ていると、そんなに鈍そうには見えなかった。
小次郎と貞吉が市左衛門の店先に来ると、春野菜とともに、夏野菜も一つ二つ並び始めていた。
「旦那、もうそら豆が出ていますよ。美味そうですね、あれを茹でて、くいっとやると……」
貞吉は手で酌を作り、酒を呷る格好をした。
「馬鹿たれ、御用聞きの最中でぃ」
小次郎は、ぶすっとしたまま暖簾を潜る。
「へい」
貞吉は、首を竦めながら続いて入った。
小次郎は店に入ると、上がり框に腰を下ろした。
すぐさま、番頭の嘉平が走り寄ってくる。
「昨日の騒ぎっていうのに、もう店を開けてるのかい?」
親が死んでも店を開ける商人もいるとか。
娘が火付けで捕まっても店を開けている福田屋に、小次郎は嫌味を込めて訊いた。
「へえ、ご近所の手前もありましたので、今日は閉めようかとも思いましたが、それではむしろ火付改に怪しまれるからと、栄助親分さんが」
岡っ引きの栄助が気を利かせて、表向き、お七は親と口論になり、傷つけてしまい、捕まったことになっている。
それでも大きな咎だが、火付改に捕まるよりは良かった。
「市左衛門はいるかい? 話を訊きてぇんだが」
「申し訳ありません。旦那さまは、ご贔屓先やご近所に……」
頭を下げて回っているらしい。
「そうかい、じゃあ、ご新造さんのほうは?」
おさいは、心労のため奥で横になっているという。
「それじゃあ、二人の話しはまた後にするか。まずは、あんた方から話を訊こう。商いの手を休めさせて悪いんだが、ちょいと昨夜の話を訊かせてもらいてぇんだ」
「はい、ではいまから店の者を集めますので」
嘉平が奥に入ろうとする。
「いや、いいってことよ。奉公人は、この貞吉が適当に呼び止めて話を訊くから。商いの邪魔はしねぇよ」
手を振ってこれを止めた。
「左様でございますか」
嘉平は、小次郎の傍らに腰を下ろした。
嘉平というこの男、全体的に小柄なつくりだ。
だが、目元はきりりと引き締まって、抜け目のない顔をしている。
主人の市左衛門が娘の件で消沈しているぶん、自分が御店を盛り上げていかなければならないという気負いもあるのだろう。
嘉平は座っている間も、お店の中を忙しなく見回していた。
「三吉、三吉、何やってるんだい、お茶をお持ちしなさい」
嘉平は、店先でぼーっと突っ立っていた十ぐらいの子を怒鳴りつけた。
子どもは、はっと夢から覚めたように目を瞬かせ、慌てて奥に入って行く。
「おい、おい、構わないでくれよ」
「本当に、申し訳ございません。躾がなっておりませんで」
嘉平が頭を下げた。
「まだ、十もいかぬ子だろ? しょうがなねぇだろう」
「いえいえ、あの子の年頃なら、てきぱきと動く子はいくらでもおります。どうもあの子は、頭の回転が悪いようで」
酷い言いようである。
「なに、あんだけ動けりゃ上等よ。こっちは、言っても動かねえやつばかり抱えてるがね」
小次郎は、貞吉を見た。
貞吉は目を丸くする。
「旦那、そりゃ、あっしのことですか?」
「他に誰がいるんでぃ」
「ひでえな」
貞吉は頭に手をやった。
三吉という子が、お茶とお茶請けを持って出てきた。
傍で見ていると、そんなに鈍そうには見えなかった。
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