桜はまだか?

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第二章「そら豆」

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 下城した正親は、鉄瓶橋の南詰めにある南町奉行所に戻った。

 因みに、北町奉行所は対岸の北詰めにある。

 正親は、お七の調書を持ってきた年番方与力の関谷源十郎せきやげんじゅうろうと神谷源太郎から、直守の嫌味の意味を知った。

「お前たち、そういうことは昨日のうちに申さんか。お奉行が恥を掻かれたであろうが」

 叱責したのは、内与力の澤田久太郎さわだひさたろうである。

 内与力とは、町奉行所に属さない、お奉行直々の家臣である ―― いわば、私設秘書だ。

 この内与力、御奉行を後ろ盾に、とかく威張り散す。

 故に、奉行所の与力・同心と何かと問題を起こすことが多かった。

 久太郎も、内与力の典型である。

 特に彼は、取調べにも口を挟むので、他の与力や同心たちから煙たがられていた。

「なに、後ろに御奉行がいらっしゃるから威張り散らすのよ。虎の威を借る何とかよ」

 と、顔もほっそりとして狐に似ていたので、奉行所の中では、『狐の久太郎』とのあだ名が付いていた。

 与力や同心の中には、

「あれだから、未だに独りもんなんだよ」

 と陰口を叩く者までいた。

「まことに相済みません。申し上げるのが遅れまして」

 源十郎と源太郎は、正親に頭を下げた。

「いやいや、何のことはない。左様か、それで今朝方の勘解由の嫌味が分かったわ」

 正親は、小石が乗るほどふさふさした眉を上げ、分厚い唇を大きく開けて大笑いした。

「殿、笑い事では」

 久太郎は薄い眉を寄せたが、

 正親は、

「おっ、左様か」

 と、意にも介していなかった。

「ところで、そのお七の件じゃが、どのような一件じゃ?」

 正親の問いに、源十郎が答えた。

「本郷追分の八百屋、福田屋市左衛門とその妻おさいのひとり娘、お七でございますが、二日の夜に火付けの疑いで捕まりまして……」

「うむ? 良く要領を得んが……」

 正親は頭を抱える。

 源十郎は源太郎を見た。

 源太郎が代わりに口を開いた。

「拙者がお話いたします。福田屋市左衛門は、本郷追分ではかなり大きな御店を持っておりまして、松平加賀守様のお屋敷に出入りがある商人です」

 久太郎は、松平加賀守と聞いて眉を顰めた。

「松平加賀守様と言えば、加賀百万石だぞ。そんな大大名の御用商人の娘が、またどういったわけで?」

 久太郎が捲くし立てる。

「澤田、ちと黙っておれ」

 正親は、横目で久太郎をぎろりと睨み付けた。

 久太郎は黙った。

 源十郎は、溜飲が下がる思いだ。

 源太郎は、久太郎が静かになったのを確認して話し出した。

「市左衛門とおさいには、三人の子どもがおります。長男の吉左衛門が今年で二十、これが跡を継ぐようです。次男の助左衛門は十八ですが、これは出家しており、いまは比叡山に籠もっているそうです。そして、一番下がお七、十六です」

 正親は、冷たい指先を揉み手して温めている。

「番頭の嘉平かへいの話ですと、店は毎日暮れ六ツ(十八時)には閉めるそうです」

 源太郎は、昨日、秋山小次郎と貞吉が得てきた話をしだした。
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