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序章「悪夢の始まり」
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厠を出た。
相変わらず風はない。
おゆきは、ふと夜空を見上げた。
月が怪しく光り輝いている。
(これから、もうひと冒険だ)
傍らの手水を使った。
その時だ ―― 水の音に混じって、ぱちぱちと何かが弾ける音を聞いた。
音のない闇夜に、その音だけが異様に冴え渡る。
周囲を見渡す。
別段、普段の裏庭である………………!
おゆきは目を瞠る。
塀の向こう側が妙に明るい。
次の瞬間、その明かりが鮮やかになった。
「ああ……」
大きく開いた口から空気が一気に入り込み、おゆきは咽そうになった。
(火だ! 火だ!)
思うように声が出ない。
唇だけがわなわなと震え、上と下の前歯がぶつかり、かちかちと虚しく音を立てた。
(落ち着いて! 落ち着くの、おゆき! いい、息を大きく吸って、次に大きく息を吐くのよ)
おゆきは、当たり前のことを頭の中でいちいち確認した。
大きく息を吸った。
空気が肺の中に充満した。
次に、勢いよく吐き出した。
「火事だ!」
の言葉とともに………………
それからどうしただろう?
記憶が、飛び飛びになっている。
(旦那さんが出てきて、六助さんや鉄三さんが出てきて、あたしは奥さんにおなつちゃんと逃げろって言われたような……)
気付いたら、御店の前でおなつと抱き合って震えていた。
幸い、火事は小火だった。
奉公人や近所の人が駆けつけて、消し止めた。
(その後は……)
そうだ、その後が大変だったのだ。
(お七お嬢様が……)
御店の一人娘お七は、襦袢姿で近くの塀に凭れて座り込んでいた。
(お七お嬢様、まるで傀儡のようだったわ)
月夜に照らされたお七の顔は、浄瑠璃の人形のように青白く、それでいて美しかった。
それが、おゆきの見たお七の最後の姿だった。
相変わらず風はない。
おゆきは、ふと夜空を見上げた。
月が怪しく光り輝いている。
(これから、もうひと冒険だ)
傍らの手水を使った。
その時だ ―― 水の音に混じって、ぱちぱちと何かが弾ける音を聞いた。
音のない闇夜に、その音だけが異様に冴え渡る。
周囲を見渡す。
別段、普段の裏庭である………………!
おゆきは目を瞠る。
塀の向こう側が妙に明るい。
次の瞬間、その明かりが鮮やかになった。
「ああ……」
大きく開いた口から空気が一気に入り込み、おゆきは咽そうになった。
(火だ! 火だ!)
思うように声が出ない。
唇だけがわなわなと震え、上と下の前歯がぶつかり、かちかちと虚しく音を立てた。
(落ち着いて! 落ち着くの、おゆき! いい、息を大きく吸って、次に大きく息を吐くのよ)
おゆきは、当たり前のことを頭の中でいちいち確認した。
大きく息を吸った。
空気が肺の中に充満した。
次に、勢いよく吐き出した。
「火事だ!」
の言葉とともに………………
それからどうしただろう?
記憶が、飛び飛びになっている。
(旦那さんが出てきて、六助さんや鉄三さんが出てきて、あたしは奥さんにおなつちゃんと逃げろって言われたような……)
気付いたら、御店の前でおなつと抱き合って震えていた。
幸い、火事は小火だった。
奉公人や近所の人が駆けつけて、消し止めた。
(その後は……)
そうだ、その後が大変だったのだ。
(お七お嬢様が……)
御店の一人娘お七は、襦袢姿で近くの塀に凭れて座り込んでいた。
(お七お嬢様、まるで傀儡のようだったわ)
月夜に照らされたお七の顔は、浄瑠璃の人形のように青白く、それでいて美しかった。
それが、おゆきの見たお七の最後の姿だった。
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