砂の王国-The Chain Of Fate-

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二章 亜人跡

2−1 そこは神聖なる場所……だけど。

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草茂り 陽暗し
生は難 逝は易
王#_ある__#ところに従者#_ある__#
逝く後の生きる場
そこは
草茂り 陽暗し



 そんな伝承がある様に、亜人跡周辺は、生者の侵入を拒むかのごとく、草や木が鬱蒼と生い茂り、陽もろくに射さず、じめじめと湿った空気が辺りを包んでいた。
 亜人跡そのものの姿は、荘厳の一言。
 そう、それはよーーーーーーーく理解している。
 いくら建物の周りに蔦が生い茂ろうとも、聞いたことのない生物の声がどこからともなく響いてこようとも、この建物は王の墓というとても、とーーーーーっても神聖な場所。
 どっからどうみても、古ぼけたお化け屋敷だなんて思っていてもそれは口にしてはいけないことなわけで。

 昔の人がどんなセンスを持っていたのか、知る由もないが、
亜人跡入口には先の尖った巨大な柱。
 建物それ自体は三つあり、中央の高い塔を中心に左右対称に回廊が伸びていて、それで三つの建物を行き来する造りになっているのだろう。
 素人の私が見ても、あの回廊は不安定なのでは、と思うのだが、数千年もの間、倒れずに歴然とここに存在し続けてきたのだ。
 先住民、亜人の遺産には驚かされる。
 この亜人跡だって、今でこそこんなお化け屋敷みたいになっているが、王を称えるものすごい建築技術と設計技術だ。
 ……もう一度言おう。この建物がすごい、ということは理解している。偉大な王が眠る神聖なる場所だということも分かっている。
 ……でも。

「知らなかったぞ。お前がこういう類の場所が苦手だったとはな」
 そう言って、腕にへばりつく様にして歩いている私を見下ろしながら赤斗は笑った。
「……うっ、うるさいな……」

 正直に言おう。
 反抗する気も起きないほど、私はびびりまくっている。
 中に入ってからというもの、赤斗の腕にしがみついて子供のようにあちこちきょろきょろしながら歩いていた。
 実は昔から、虫やらなにやらが好んで生息していそうなじめじめと暗ーーーーーーい場所が大嫌いなのだ。
 亜人跡を外から見たとき、思い切り顔が引きつったのは隠すまでもなかった。

「いっ、今、何かいなかった……?」
「……何も」

 視界の端に何か動くものを見つけると、思わず赤斗に聞いてしまう。
 あぁ、情けない……。

「ところで、世流。その服はどうした?」

 赤斗の言葉に顔をあげた。
 私が今着ている服は、いつもの長いローブではなく、もっと動きやすい機能性に優れたものだ。
 いつもは流したままの髪も二つに結い、黒いハイネックのノースリーブアンダーの上に、型だしの短いローブを腰で大きめのローブをリボン代わりに結んで留めた。
 後ろのみ、裾が広がった変わった形のスカートの様に着ているため、邪魔にならない見事なつくり。
 平素はスカート一枚なのだが、さすがに遺跡探索には不向き。白いズボンを履いた。これでもか、というくらいには動きやすい出で立ちだ。
さらに赤斗も王族衣装のままでは何かと不便らしく、黒のハイネックの上に腰ほどまでの短い上着を羽織っていた。
 彼もまた、私と同じ大き目のローブをベルト代わりに腰に巻いており、さらにいつもはつけていない双剣を下げている。頭には、赤と黄色の二枚のバンダナ。
 着ているものが違うと、また印象が変わるものなんだなぁ……。
 今日の赤斗は、いつもよりちょっとワイルドな感じがする。中身は変わらないけれど……って、当たり前か。

「街に行く暇などあったのか?」
「あれ、知らなかったっけ? 私の服って、大体希亜が作ってくれてるんだよ」

 その言葉に彼は素直に驚きの表情を浮かべた。
 私が住んでいる集落は、そんなに大きなものではないため、衣料品や生活用品は城に来ている行商人から買うか、港町などの大きな町まで出なければ手に入らない。
 さらに、私は通常の女性よりも小柄なため、自分のサイズに合ったものを探すことがとても難しい。
 と、いうことと。
 希亜が極度の裁縫マニア、かつ世話焼き人という条件が重なり、私の服は九割方、彼女お手製なのである。赤斗が驚くのも無理はない。
 希亜は趣味だ、と言い張っているけれど、その腕前はプロも驚くもの。
 そんな彼女が、一週間ほど前、急にこの服を作って持ってきた。曰く、きっと必要になるから、とのことだったが。

「いつも思うが、希亜は本当に器用だな」
「でしょ?」
「と、いうことは、俺とお前の婚礼衣装も希亜が作ることになるのか?」
「……ところで、これ、どこまで行こうか?」

 私の芸術的な話の逸らし方に閉口する赤斗。
 彼の科白のあしらい方にも慣れてきたのがある意味悲しい……。

「目的地はないのか?」
「うーん……。地図があるわけじゃないから、何とも言えないけれど……」

 入口から真っ直ぐに伸びている道は、果てがどこまでかよくわからない。
 途中途中に脇道も何本かあったが、なんとなく真っ直ぐここまできてしまった。

「まぁ……気になるといえば……」

 視線を上に向ける。

「上の方、かなぁ」
「と、なると……王の間を目指すことになるな」
「……ミイラ……か……」

 憂鬱な感情を隠すこともなく、一つ大きく溜息をついた。
 すると赤斗はいつものあの、にやりとした笑顔を浮かべて口を開く。

「怖いのならば、いつだって抱きしめてやるぞ?」

 つかんでいた手がするりと抜けて、私の肩に回された。

「あのね。赤斗」

 やんわりと、その手に触れながら微笑んでやる。

「その表現は正しくないよ。怖いんじゃないもん」
「ほう?」
「怖いんじゃない。……苦手なの」

 私の言葉にこともあろうか、彼は盛大に吹き出した。
 ……ふんだ。
 そんなやりとりをしているうちに、前方にようやく開けた場所が見えてきた。
 採光もあるのか、この通路よりは幾分か明るそうだ。

「まぁ……安心しろ、世流。怖がる暇はなさそうだぞ」

 部屋に入る手前、そのまま真っ直ぐに前方を見据えて、彼は歩みを止めた。
 赤斗の背に半分隠れるようにして、私も一歩下がったところで足を止める。
 すぐに意味は理解できた。
 耳に入る低い唸り声と、人でない無数の気配。

「だから怖いんじゃなくて、苦手なんだってば」

 もう一度、念を押しておく。
 私は左手の手袋を取り、席とは腰に下げていた双剣をすらりと引き抜いて。
 部屋への侵入を拒むかの様に待ち受ける、魔獣達と対峙した。

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