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一章 獣化ウイルス
1−16 亜人跡へ
しおりを挟むベッドの上、赤斗に抱きかかえられた格好のまま必死に体の震えを押さえようとする。
「……まったく。無防備にも程があるぞ」
「分かってるよ……」
「……怖がるな。もう、大丈夫だ」
ぽんぽんと頭を撫でる大きな手。
私の手首を強い力で掴んでいたのも、今、頭を撫でているのも男の人の手なのに、赤斗の手だと、すごく安心する。
先刻の依斗を怒鳴りつけた声色はどこへやら、いつもどおりの、穏やかなちょっと人を小ばかにしたような意地の悪い声。
「世流、俺が怖いか?」
「……怖くないよ……」
彼の顔を見れば、やっぱりいつもの赤斗。
安心するし、心も落ち着くのだが。
「でも、ね。怖かったのは……依斗だけじゃ、なかったの」
ぎゅっとさらに強い力で彼の服を握る。
首をかしげて私の顔を覗き込む赤斗。
「何だと?」
「神託……昨日のは…………血まみれの赤斗の映像」
その言葉に少しだけ赤斗は眉をひそめた。
「今の……は……子供っ………泣いてたの。コロサナイデ、コロサナイデ……そう言って……っ」
映像は見えなかったものの、声がすごくリアルで、戦慄が走った。
今も、耳について離れない。
「何度も、叫んでたのっ……ワタシタチヲコロサナイデって言って……」
「世流、お前、どうした? らしくもない」
こともあろうに人にデコピンをお見舞いしながら盛大な溜息とともに呟く。
さすがに傷心中とはいえ、私もむっとして彼を見ると、しかし赤斗の表情はすごく優しいもので。
「神託なんて、いつ起こるか分からない。そんな神のキマグレより現状が大事だ、そう言ったのはお前じゃなかったか?」
その言葉に、目を見開いた。
それは子供の頃。
今のような重い神託が頻発して、身も心も疲れてしまったときに赤斗に零した愚痴。
いちいち気にしているのか、と問う彼に私が答えた。
覚えて……いたんだ。
「もう一度、聞くぞ? 世流」
彼の掌が、頭から降りてきて私の顔を包み込む。
片手で私の肩を抱き、片手で私の顔に触れる。
状況的には先刻の依斗が私にしていたような状況。依斗には触れられるだけでも怖かったのに、赤斗にこうされるとすごく、安心する。
……怖くない。
「世流、俺が怖いか?」
「怖くない」
「神託が、怖いか?」
「怖くないよ」
もう、怖くない。
体の震えもいつの間にか止まっていた。
「なら、現状を見よう。今お前がすべきことは? 俺に何か用事があったんじゃないのか?」
「……あ」
思わず、間の抜けた声を出してしまった。
そういえば、すっかり忘れていた。
「希亜の、占い」
懐から紙を取り出し、差し出しながら言う。
「亜人跡に行ってこようと思うの」
「これに出ているのか?」
「うん……っていうか、もう大丈夫だからそろそろ離してくれないかな?」
もぞもぞと、赤斗の腕の中で身をよじってみるが、彼は一向に私を話す素振りを見せない。
「……赤斗」
「いつもそっけないお前が、やっと俺の腕の中にあるんだ。そう簡単に離すとでも?」
しまった……さっき言われたばかりだったのに、あまりにも無防備だった……。
意地の悪いにやりとした笑みを確認して、思わず脱力してしまう。
「……とりあえず。礼文様に聞いたら、“古代の命 眠る床”がどうやら亜人跡のことらしいの」
抵抗は諦めて、そのまま詩占の解説をする。
希亜が行った土地を対象とした詩占。その紙を見た赤斗は、しばし逡巡した後に口を開く。
「あぁ、確かにあそこは墓だったな」
「え? 赤斗、知ってたの?」
「……お前、知らなかったのか?」
素直に感心してみる私に、あろうことか赤斗は馬鹿にしたような……もとい、馬鹿にしている視線を投げつけてきた。
……慰めてもらっておいてなんだけど、すっごい腹立つなぁ……。
「大地を占った、言い換えれば国を占ったということだから、何らかの危機がこの国に迫っているっていうことだよね」
気を取り直して、仕切りなおす。
「その原因が亜人跡から出てくる何か、の可能性がある限りは、私はあそこへ行かないといけないんだと思うの」
簡単に言ってみたものの、かなりコトは深刻。王とこの土地に迫る危機。それは未然に防がねば、とりもなおさず……。
「この国が滅亡の危機にさらされているかもしれない、ということだな。単純に考えて」
「そうかもしれないね……」
溜息。
「それにね。新種の獣化ウイルスが発見されたの」
再発型の新種ウイルス。
アレの発見現場も亜人跡だった。
「全てに亜人跡に通じている、っていうことか」
徹夜で私がまとめたレポートに軽く目を通して再び溜息混じりに呟きをもらす。
「とにかく、そういうことだから。亜人跡に行ってくるよ」
暗い思考を振り払う様に少し強い口調で言い切った。
そうだ。悩んでいても、怖がっていても仕方がない。
今すべきことを、今しかできないことを強気の姿勢で貫いていけば必ず未来は変わる。神託とは、そのきっかけの能力にすぎない。
思い出したよ、赤斗。
「分かった。俺も行く」
「うん。なら、私は一度集落へ戻るから、準備が出来たら迎えに来てくれる?」
頷くと、やっと赤斗は私を解放した。
立ち上がり、乱れていた衣服をきちんと直して頭の中を整理する。
まず、戻ってやらねばならないことは、光と仙雪の様子を見ること、緊急時の連絡手段を炎と冷に伝えること、治療の引継ぎと、あと動きやすい服がいる。
希亜のところへいけば、きっと何かあるだろうし、希亜なら今の服をちょちょっといじくって変えてくれるだろう。
必要最低限の薬草なども持っていかねばならない。
亜人跡はいまや、新種のウイルスをもつ魔獣や野良の巣窟と化しているだろうから。
何があるかわからない。自分の身は自分で守らねばならないのだ。
赤斗が準備を終えて迎えに来………………………。
「ってええぇえぇぇぇええぇえぇぇ!? 俺も行くぅっ!?」
扉を開けようと手を伸ばしかけたところで、思い出す。
赤斗が言った言葉を。
「……また、えらく遅い反応だな……」
赤斗の突っ込み通り、確かに反応は遅かったかもしれないが、そんなことはどうでもいいっ!
一国の王子が何だって!?
「赤斗、あんた自分が何言ってるか」
「お前一人じゃ危ないだろう? 俺が守ってやるから安心しろ」
「いや、そうじゃなくて」
「行くからな?」
「………はい……」
顔を近づけられ、何を企んでいるのか満面の笑みでそういわれてしまえば。それはもう無言の圧力なわけで。
私は思わず頷いてしまった。
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