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一章 獣化ウイルス
1-12 前代未聞
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私の言葉を遮り、勢いよく希亜のテントに飛び込んできた人影。
「炎」
「どうしたのん? そんなに慌ててぇんv」
言う私たち。炎は口を大きくあけて……固まった。
「え……っと……その……ぉ……」
これは……まさか。
「忘れたのぉん?」
希亜の一言で、炎はうんうん唸りだした。
……あぁ、頭痛くなってきた……。
「えぇん……頼むから、大変だ! って駆け込んできた後に用件忘れないでよ……」
今日何度目か分からない溜息。
すると、それが引き金になったのか否か、弾かれたように炎は顔を上げると、再び口を開いた。
「そうです!! ウイルス患者が暴れててそれで……」
「はぁ!? もー! そういうことは忘れるんじゃないのっ!」
一体何をどうすればそんな大事なことを忘れられるのか!
炎の頭の中を覗いてみたいものだが、そんなことをやってる場合ではない。
もう一度だけ、盛大に溜息をつくと、急いでテントの外へ飛び出す。
そして……理解した。
炎が、必要以上に慌てていた、その理由を。
「な……っ……光と仙雪!?」
冷ともみ合っている元兵士の光と、地面にうずくまり周囲のギャラリーを睨みつけている仙雪と。
どちらも、目は濁っており焦点があっていない。これは間違いなく、獣化ウイルスの症状である。
「二人とも、昨夜は外へ出ていません」
「なんて……ことなの……」
二人とも、外へ出ていないということは、この事態はつまり……。
「再発……したっていうの……?」
理解しようとしても、いつもならくるくると回転する私の脳はぴたりと凍り付いてしまっていた。
再発など、絶対にありえないのだ。
獣化ウイルスは核を失うと全ての組織の遺伝子配列に異常が発生し、その組織は水へと変換されそのまま体内に吸収される。
これは科学的に証明された事実で、その事実に基づいて私は今まで何百、何千という獣化ウイルス患者の治療に当たってきたのだ。
「と、とにかく。分析云々は後回しにして、今はあの二人をもう一度治療しないと……」
内心の動揺を払拭し、しかし呆然と私は呟き炎と冷に目配せした。
二人は頷くと、炎は仙雪に冷は光へと歩み寄り背後から力ずくでおさえつける。そのまま、私は呪文の詠唱に入り、まずは眠りの神術をかける。これで二人は大人しくなるのだ。
……しかし。
「うあっ!!」
どがしゃぁあぁっ!!
元・兵士の光に吹き飛ばされ、冷は地面に叩きつけられ悲鳴を上げた!
「冷!!!」
「だっ……大丈夫です……っ……」
苦しげに言うと、腹部を押さえ血の塊を吐き出した。
吐血したということは、肋骨が2,3本折れていて内臓を傷つけている可能性がある。
術が……効いていない!?
「罪と罰を与えよ 破神デュレイ その戒め持ちて 罪を与えよ 罰を与えよ!」
早口に私は神術を唱えると、光と仙雪に向かって躊躇いなく術を解き放った!
暗い紫電を放ちながら闇の鞭は一直線に二人へむかい、その体を激しく戒める!
それにさらに抵抗する二人。それを横目で確認しながら今度は施術を唱え始めた。
「深き傷を癒し給へ 彼の者を救い給へ 生命を分かつ力を 今一度継ぐ為に授け給へ 横たわりし四肢に今一度力を!」
施術の中でも最高峰の術を施して……やっと彼らは大人しくなった。
今度は神術を解除して、炎に確認へ行かせる。
「……大丈夫です。見る限り、施術は成功しています。もう一度僕が施術をかけておきますよ。念のため」
私は頷き、うずくまる冷の元へ向かった。
彼は私が近づくと気がついてか顔をあげる。
「さすがは元兵士……ですね。肋骨を何本かやられました……」
「今、治してあげるよ」
言って私がかざした左手をしかし冷は苦笑しながらやんわりと拒否してみせた。
「炎に……やってもらいます。あまり、立て続けに術を使われると世流様の体が……」
「……痛いくせに生意気な子だね」
「奴に術の詠唱を覚えさせる、いい、機会ですから……」
炎の致命的な物忘れの激しさは、術の詠唱においても健在で。
前に一度、私の傷の手当てをさせてみたときに、患部から燃え上がったときには流石に失神したものだった……。
それを考えるとまかせてもいいのか甚だ疑問だが、まぁ詠唱を覚えさせるいい機会と言われればそうなのかもしれない。
そんな思考を巡らしていると、炎がこちらへ戻ってきた。
「彼らのサンプル、とった?」
すかさず私は問う。
「初期のはとってませんが、先刻暴れだしたときのものは、二人分、採取しました」
「そっか。上出来上出来。じゃぁ冷を治してあげなさい。冷、今日はもう休むこと。いいわね?」
苦笑しつつもはい、と返事したのを確認して私はくるりと踵を返した。
光と仙雪は希亜が担いで運んでいってくれたらしい。周囲に集まっていたギャラリーもほっと胸を撫で下ろし解散したようだ。
夕闇迫る集落は、茜色に染まりつつあり、今日も一日が終わろうとしている。
しかし。
(嫌な、予感がする……。新種。再発性。そんなウイルスだったとしたら……)
暗い予感を引きずりながら、テントをくぐった。
「炎」
「どうしたのん? そんなに慌ててぇんv」
言う私たち。炎は口を大きくあけて……固まった。
「え……っと……その……ぉ……」
これは……まさか。
「忘れたのぉん?」
希亜の一言で、炎はうんうん唸りだした。
……あぁ、頭痛くなってきた……。
「えぇん……頼むから、大変だ! って駆け込んできた後に用件忘れないでよ……」
今日何度目か分からない溜息。
すると、それが引き金になったのか否か、弾かれたように炎は顔を上げると、再び口を開いた。
「そうです!! ウイルス患者が暴れててそれで……」
「はぁ!? もー! そういうことは忘れるんじゃないのっ!」
一体何をどうすればそんな大事なことを忘れられるのか!
炎の頭の中を覗いてみたいものだが、そんなことをやってる場合ではない。
もう一度だけ、盛大に溜息をつくと、急いでテントの外へ飛び出す。
そして……理解した。
炎が、必要以上に慌てていた、その理由を。
「な……っ……光と仙雪!?」
冷ともみ合っている元兵士の光と、地面にうずくまり周囲のギャラリーを睨みつけている仙雪と。
どちらも、目は濁っており焦点があっていない。これは間違いなく、獣化ウイルスの症状である。
「二人とも、昨夜は外へ出ていません」
「なんて……ことなの……」
二人とも、外へ出ていないということは、この事態はつまり……。
「再発……したっていうの……?」
理解しようとしても、いつもならくるくると回転する私の脳はぴたりと凍り付いてしまっていた。
再発など、絶対にありえないのだ。
獣化ウイルスは核を失うと全ての組織の遺伝子配列に異常が発生し、その組織は水へと変換されそのまま体内に吸収される。
これは科学的に証明された事実で、その事実に基づいて私は今まで何百、何千という獣化ウイルス患者の治療に当たってきたのだ。
「と、とにかく。分析云々は後回しにして、今はあの二人をもう一度治療しないと……」
内心の動揺を払拭し、しかし呆然と私は呟き炎と冷に目配せした。
二人は頷くと、炎は仙雪に冷は光へと歩み寄り背後から力ずくでおさえつける。そのまま、私は呪文の詠唱に入り、まずは眠りの神術をかける。これで二人は大人しくなるのだ。
……しかし。
「うあっ!!」
どがしゃぁあぁっ!!
元・兵士の光に吹き飛ばされ、冷は地面に叩きつけられ悲鳴を上げた!
「冷!!!」
「だっ……大丈夫です……っ……」
苦しげに言うと、腹部を押さえ血の塊を吐き出した。
吐血したということは、肋骨が2,3本折れていて内臓を傷つけている可能性がある。
術が……効いていない!?
「罪と罰を与えよ 破神デュレイ その戒め持ちて 罪を与えよ 罰を与えよ!」
早口に私は神術を唱えると、光と仙雪に向かって躊躇いなく術を解き放った!
暗い紫電を放ちながら闇の鞭は一直線に二人へむかい、その体を激しく戒める!
それにさらに抵抗する二人。それを横目で確認しながら今度は施術を唱え始めた。
「深き傷を癒し給へ 彼の者を救い給へ 生命を分かつ力を 今一度継ぐ為に授け給へ 横たわりし四肢に今一度力を!」
施術の中でも最高峰の術を施して……やっと彼らは大人しくなった。
今度は神術を解除して、炎に確認へ行かせる。
「……大丈夫です。見る限り、施術は成功しています。もう一度僕が施術をかけておきますよ。念のため」
私は頷き、うずくまる冷の元へ向かった。
彼は私が近づくと気がついてか顔をあげる。
「さすがは元兵士……ですね。肋骨を何本かやられました……」
「今、治してあげるよ」
言って私がかざした左手をしかし冷は苦笑しながらやんわりと拒否してみせた。
「炎に……やってもらいます。あまり、立て続けに術を使われると世流様の体が……」
「……痛いくせに生意気な子だね」
「奴に術の詠唱を覚えさせる、いい、機会ですから……」
炎の致命的な物忘れの激しさは、術の詠唱においても健在で。
前に一度、私の傷の手当てをさせてみたときに、患部から燃え上がったときには流石に失神したものだった……。
それを考えるとまかせてもいいのか甚だ疑問だが、まぁ詠唱を覚えさせるいい機会と言われればそうなのかもしれない。
そんな思考を巡らしていると、炎がこちらへ戻ってきた。
「彼らのサンプル、とった?」
すかさず私は問う。
「初期のはとってませんが、先刻暴れだしたときのものは、二人分、採取しました」
「そっか。上出来上出来。じゃぁ冷を治してあげなさい。冷、今日はもう休むこと。いいわね?」
苦笑しつつもはい、と返事したのを確認して私はくるりと踵を返した。
光と仙雪は希亜が担いで運んでいってくれたらしい。周囲に集まっていたギャラリーもほっと胸を撫で下ろし解散したようだ。
夕闇迫る集落は、茜色に染まりつつあり、今日も一日が終わろうとしている。
しかし。
(嫌な、予感がする……。新種。再発性。そんなウイルスだったとしたら……)
暗い予感を引きずりながら、テントをくぐった。
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