砂の王国-The Chain Of Fate-

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一章 獣化ウイルス

1-8 ないすばでーな訪問者

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 神官長に挨拶をし、いつもの部屋へ入って湯浴びをして。
 すっかり陽も落ちて、静かな静かな夕刻。
 神殿内は、早々に灯りがともされ、神官たちが大地神へ夕刻の供えの儀式を行っている。
 時々私も出席するのだが、どうにも性に合わないし、今日はなんだか色々と疲れていたので遠慮させてもらった。
 いつもならこの時間、診療所の巡回をしているが……。
 まぁ、急患が出なければ、炎と冷でどうにかなるし、何かあれば言霊が来るだろうし。
 ちなみに、言霊。
 心通術テレパシーと似ていて、精神派で言葉を送り、遠く離れた相手とも会話をすることができるもの。
 心通術との決定的な違いは、『憑代よりしろが必要なこと。
 動物や植物、命を持つものならばなんでもいいのだが、その憑代が言葉を持って相手の元まで行き、伝える。
 喋る伝書鳩とでも思っていただければ分かりやすい。
 もう一つの違いは、会話が一方通行なこと。心通術は、リアルタイムで会話が可能だが、言霊は相手の返事待ち。
 ただ、心通術は生まれもっての資質が必要となるが、言霊はその辺の教会の神父さんに少々の寄付金を持ち込んで頼み込めば教えてくれる。
 結構メジャーな通信手段なのだ。
 先刻、城へ泊まるという主旨の言霊を希亜宛に送った時、占いの最中だったのかまだ返事がこない。つまり、その占いの途中経過も分からない。
 だから……気になる。
 亜人跡のことも何か引っかかるし……。

「お手上げだなぁ……」

ばふっ。

 クッションを抱きかかえて、ベッドに横になる。
 私が城へ泊まる時に使うこの部屋は、神官の寝所の一角で、主に旅人を泊めてやるのに使う部屋だ。
 旅人がこの部屋を使う時に私の滞在が重なってしまう時は神官長の部屋にお世話になる。
 間違って、旅人が妙な気を起こしたら困る、という神官長の配慮の賜物だ。
 まぁ、さすがの私も素性の知れない旅人と同じ部屋に泊まれるほど神経図太くはないしね。
 ついでに言うと、神官長は齢六十四歳の元気なおばぁちゃんである。

 アトカシスト城はとても広い。砂嵐を考慮しての設計というが、正直私にはイマイチ分からない。
 城内には神殿、王族の住まう私宮しぐう兵士の詰め所、訓練所、宿舎などがあり、私宮と兵士関連施設の一部以外は一般公開されている。旅人や商人が数多く訪れており、とても賑やかだ。
 それも、夕刻となれば静かになる。
 仕事を終えた兵が宿舎へ戻り、神官は儀式を行い、王族は私宮へ引っ込む。別な騒がしさが訪れるが、昼間に比べると静かなものである。
 などと思考を巡らしていると、唐突に部屋の扉がノックされた。
 夕食は軽く済ませたし、先ほど言ったように儀式は遠慮した。呼ばれた理由が分からず、首をかしげながら扉を開くと……。
 そこには、茶の髪に大きな真紅の瞳を持った女性が立っていた。

緑陰りょくいん

 私と対照的な身長。しかし、プロポーションは抜群である。
 身体の線を強調するようなタイトの淡いグレーのドレスに、赤いコサージュ、簡素だが艶やかな美を纏う彼女らしいいでたち。
 女の私から見ても美人と形容したくなるような彼女は、自称私のライバル。つまり、赤斗に気があるらしいアトカーシャ国右大臣の娘だ。
 この国は、国王を中心に、左大臣・右大臣、そして学者長、神官長など八つの役長がいて、国王と赤斗と依斗、大臣とその八人で国を動かしている。
 右大臣の娘ともなると、やはり貴族のなかでもかなり上位の者になってくるのだ。
 そんな彼女が私は苦手だったりする。

「今日は忙しくないの?」

 そう言って、笑顔で部屋へ入ってくる。
 後ろ手で扉を閉め、椅子をすすめながら答えた。

「昨夜、獣化ウイルスの患者が運ばれてきたけど、それからはそうでもないよ」
「そう。あなたも大変ね」

 椅子に腰かけて、さして興味もなさそうに呟く。
 私もベッドへ腰かけ、彼女を見た。

「赤斗王子が戻られたのは知っている?」
「あ、うん。西国……だっけ? 行っていたんだってね」
「知らなかったの?」
 
 驚きか……歓びか。おそらく後者の表情を浮かべる緑陰。
 ……だから私は彼女が苦手なんだ。馬鹿正直というかなんと言うか……。

「なら、出発前の挨拶へは行かなかったというわけね」

 一人で納得すると、満面の笑みを浮かべる。
 ……ここで、赤斗が直接私のところへ挨拶へきて、あまりの忙しさに会わなかっただけだって言うと……緑陰、怒るんだろうなぁ。

「それで、緑陰。何か用事があったんじゃないの?」

 まさか嫌味を言う為にココまで来たのではあるまい。
 あまり関わりたくないのでとっととおひきとり願いたいのもあることにはある。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は上機嫌で喋りだした。

「そうそう。今朝から手首が痛くて……診てもらえる?」

 差し出された手をとり、曲げたり伸ばしたりしてみる。
 緑陰自信、痛がらないし、見たところ特に異常も見られない。貴金属の着けすぎではないか、とも思ったが口に出すのは憚られた。
 まぁ、ちょっとひねった、ってところだろう。

「冷やしておけば平気だよ。明日には痛みもとれるはず」
 
 手を放しそう言うと、緑陰は表情を曇らせた。

「本当に……?」
「? うん?」

 何かあるのかと聞くと、彼女は不安げに視線をこちらへ向ける。

「今夜、晩餐会があるの。その席でお酒を注がないといけなくて……支障が出たら困るのよ」
「心配なら、施術かけるけど?」
「お願いするわ」

 本当は、そんなことする必要はまったくないのだが、一応私は医者だし、彼女は患者だ。無碍に扱うわけにもいかない。
 心中にそう呟きつつ、私は施術の詠唱を始めた。この施術と薬で、大方の怪我や病気は治る。施術を使える者は多いが、いかんせん薬師としての能力が低い奴が多い。
 私がこの年で弟子をとっているのもそんな理由からだったりする。
 腕のいい薬師と施術師がそろえば、医学進歩に大きく貢献できるし、その分救われる命も増える。
 私のことを若いから、と信じない人も多い。だから私は、弟子にしてくれと私の元に転がり込んできた炎と冷を受け入れたのだ。
 あの2人は25歳の双子。もう少し、経験をつんで修行を重ねれば、しっかりとした薬師と施術師になる。
 あれくらいの年ならば、私よりは信じてくれる人がいるかもしれない。それに、2人が一人前になれば、今よりもっと効率があがり、救われる命も増える。
 早くそうなってもらいたいものだ。
 まぁ、少なくともあと数年はかかりそうな気がしなくもないが。

「はい、OK」

 私の手から青白い光が消える。施術終了。
 緑陰は、ほぅと一息つくと礼を言った。

「世流は、今夜の晩餐会、行かないの?」
「行かないよ。興味ないもん」

 左手に紋章のついた手袋をし、問いに答える。
 この手袋は、私の左手甲に刻まれた古代文字から放出するエネルギーを抑える為のもの。別になくてもいいけど、してた方がいいという学者の意見に従っている。学者に言わせれば、それほど私の能力は大きいらしい。

「王や王子もご出席なさるのに?」
「……関係ないし」

 赤斗からそんな話一言も聞いていなかった。
 と、いうことは。
 彼のことである。疲れたとかなんとか理由をつけて、出ないつもりなんだろう。
 王族のクセに、晩餐会とかパーティーという席が嫌いなのだ。赤斗は。
 王は……赤斗の言葉次第だが、おそらくは欠席になるだろう。
 王と第一王子がいないとなると、場を仕切るのは、第二王子の依斗ということになる。
 私は、いろんな意味で彼が苦手なのだ。

「残念ね。と思ったのに」
 
 頼まれてもやらないよ。
 これは口に出さなかった。

「それじゃぁそろそろ失礼するわ。赤斗王子をお迎えに上がる準備をしないといけないから」
「ご苦労サマ」

 私がひらひら手を振ると、何故か彼女は勝ち誇った笑みを浮かべて部屋から出て行った。
 どーせ、自分の方が赤斗にふさわしいとかくだらないこと考えてるんだろうけど……。

「別にどーでもいいけどね」

ばふ。

 呟いて、もう一度ベッドへ倒れこんだ。

(そもそもどうして私がライバルなんだか)

 赤斗は、性格はアレだが頭は切れるし顔もいい。お近づきになりたいとよく言っている女性も多くがいるが、私はいまいち分からない。
 赤斗も赤斗で、あまり女性に興味がないのか、関わろうとしない。

(それでいて、私にはいやというほど関わってくるから、ほかの貴族の女性達からライバル視されるのかなぁ……)

 私も、赤斗のことは嫌いじゃない。第一、気に入らない奴なら近づかないし頼らない。ただ、彼が言うようなものなれない理由がある。
 謎に包まれた私の出生。これを快く思わない者が、政治を取り仕切る長や大臣の中に多く存在している。能力を重要視する架那斗王に従うものの中にも、地位や血統を重要視する者がいる、ということだ。
 これは先代国王の政策の名残。先代国王の時代は、貴族達が最も重要視された時代だったらしく、階級差別を禁じた架那斗王の時代になっても、それが根強く残っている。
 禁じたとはいえ、長たちの中にそういった者がいれば、軽んじることはできない。強く取り締まりたいのだろうが、そうすると苦しむのは民だ。
 政治に支障をきたしてまで、自らの地位と血統の向上に努めようとする馬鹿な奴もいるということ。
 さらに私の強すぎる能力を危険視する者もいる。つまり、城内のお偉いさん方の受けが芳しくないのだ。
 まぁ、赤斗に言わせればそんなこと関係ないらしいが……。
 私にとってもどうでもいい。そんな長たちより優秀な者が現れれば、架那斗王はすぐにでもそちらを採用するだろうし。民たちも、私は赤斗の傍らに納まるべき存在だと思っているらしいし。
 ただ、一番の問題は私が私でなくなること。
 医師とし、術師として、薬師として。救うべく命はたくさんあるが、王宮へ入れば外出すら自由にできなくなる。そうすると、私は何の為に生きているのかが分からなくなりそうで怖い。
 赤斗のことだから、私からそういった行動を奪うことはしないが、それにより、彼にとっても王宮が居心地の悪い場所となるのはいただけない。
 早い話、私の気持ちだけの問題ではどうにもならないのだ。

(色々呼ばれているけど……やっぱり私の能力は、人を救う為に使いたいしね)
 
 天井を見ながらそんなことをぐるぐると考える。
 希亜からの連絡はまだ、こない。
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