砂の王国-The Chain Of Fate-

ソウ

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一章 獣化ウイルス

1-5 赤斗=ディ=T=アトカーシャ

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 東の集落から、アトカシスト城まで一般的な足の速度で半刻ほど。
 しかしいかんせん、私は少々普通の人より小柄なのだ。一刻から一刻半はかかってしまう。
 砂漠の夜は寒い。
 その上、魔獣や野良の出現率が非常に高い。倒しながら帰ればいいじゃないか、という意見もあるが、私は平和主義者なのだ。
 ……そこ、疑いの眼差しをこっちに向けないように。
 太陽は既に傾き始めた。あと三刻ほどで沈んでしまうだろう。それまでに用件をすませて帰路に着きたい、と思っている。
 ただ、訪ねる先があの赤斗だ。私の思惑とは裏腹にことが運びそうでひたすら怖い。

「まさか、朝帰りとかいうことにはならないと思うけど……」
 
 独り言を呟いて、溜息。
 それからしばらくは、さくさくと歩みを進める音だけが辺りに響いていた。
 砂漠になれた人間でも、方向感覚を失ってしまうことが多々ある。そのため、つねに方位磁針など方向の分かる物を持っているのだ。
 砂漠の民が砂漠で遭難なんてシャレにならないしね。
 まぁ、なんとなくの方向や位置は、風の流れ、砂質で分かってしまったりするのだけれど。
 実は移動手段として一般的なのは【ファー】と呼ばれる動物だ。 しかし、私のいる東の集落には十分に成長したファーがいない。
 港町などの、大きな町に行けばファーを貸し出す専用業者もいたりするが。
 ファーを育成するのは、亜人という種族だ。全ての生き物と心を通わせることができる彼らは、人間社会にも適応しつつ、自分たちのスタイルを崩さず生活しており、どこの町・集落でも普通に暮らしている。うちの集落にも何人か住んでおり、ファー育成や、作物の栽培などを手がけている。
 ただ、まだファーが卵や雛の段階なので、実用可能になるのはもう少し先のことなのだけれど。
 砂漠でもし、魔獣や野良と出会ったとき本能だろうか、ファーは全速力で走り出す。
 とてつもないスピード故、振り落とされる者も少なくないとか。
 正直、私が扱うことは難しいのだが。

「それでも……ファーがいれば、楽なんだけどなぁ……」
「なら乗っていくか?」

 唐突に低いテノールの声が聞こえた。
 独り言のつもりで呟いた言葉に反応が返ってきたことに驚いて私は後ろを振り返る。
 ファーに乗った青年とその付き人が二人。
 陽の光に反射して、キラキラ光っているのは砂漠の砂と同じ黄金の髪。意地の悪い笑みを刻む整った顔立ち。私を見おろす閃紅色の瞳。
 高位の者が身につけるローブに正装用の飾りをつけている。腰に結んだ紐から無造作にぶら下がるのは、アトカーシャ国の紋章。
 この人こそ、今私が城へ訪ねようとしていた張本人、赤斗せきと=ディ=T=アトカーシャ。
 アトカーシャ王国第一王子。時期国王と言われているれっきとしたおうぢさま、それが赤斗だ。
 貴族の女の言葉を借りれば、容姿端麗、頭脳明晰ぜひともお近づきになりたい、だそうだが、私の知っている本当の赤斗は、残念ながら空から木が生えてきそうなほどのひねくれ者である。

「こんな昼間っからどぉこほっつき歩いてたの? 赤斗」
「これは心外だな。王子として、今日まで俺は西国に赴いていたんだ。ちゃんと出発前にお前のところに挨拶に行ったろう?」
「あぁ、忙しかったからね」

 確かに、数日前私の元を赤斗が訪れたらしいが、そのとき私は、ウイルス患者を3人も抱え込んでおり、それどころではなかった。
 だから知る分けないじゃん、と肩をすくめて見せると、赤斗は馬鹿に
したようにふっ、と微笑んだ。

「城へ行くのだろう。乗っていくがいい」
「きゃぁ!」

 言うや否や、片手でひょいと私をファーの上に持ち上げ、自分の元に引き寄せる。
 このファーだが、先ほども言ったように、亜人たちが育成を行っている生き物。
 大きなくちばしは、草食獣らしく牙などはついていない。慈愛のこもった愛らしい大きな瞳。顔を覆うほどのこげ茶色のとさかの端は、角のようにつんつん尖っている。
 背についている大きな羽は、飛ぶためのものではなく、全速力で走る時、加速するためにつかうものらしい。
 子供の頃、まだよちよち歩きを始めた頃は、申し訳程度に浮かぶらしいのだが。
 人を乗せるために品種改良を重ねた結果、とても人懐っこい生き物となった。

「くぇ~っ」
「ほら。大人しくしろ。樹葉じゅようが困っているだろう」
「だったらっ、その手をはなせぇぇぇぇっ!」

 私がそう叫ぶと、赤斗はやれやれといった表情で私を解放した。
 いちいち人を抱きしめるこいつの癖はなんとかならんのか……。
 赤斗はいつもこうなのだ。
 幼いころから何かと接点の多かった私と赤斗は、王子と民という間柄を超越してしまっている。常に共にあったためだろうか、それが自然となってしまったのだ。
 ……貴族の女の中には、赤斗の正妃の地位を狙う者も多く、彼の意識の全てが向いている私の存在を快く思わない者も少なくない。
 私にとっては、はっきり言ってどうでもいいことなのだが……。

「何だ。城へ来るというから、俺のものになる決心がついたものだと思ったんだがな」
「私は私のものだっつーの」
「俺は執念深いぞ?」
「どうぞご勝手に」

 ほとんど日常化してしまったこのやり取りを、顔なじみの従者二人はにこにこしながら見守っていた。
 彼らに言わせてみれば、王子の愛を一身に受けていて、その求婚を一笑に付すのは世界広しといえども私ぐらいのもの、らしい。
 確かに、大国の王子で政治的手腕を見ても、民を思う国王としての心得を見ても、架那斗王に見劣りはしない。少々問題のあるその性格に目を瞑ればいたって問題ないのかもしれない。
 ……問題は、その性格の本当のところを知っている人が私意外に果たして何人いるのか、ということなんだよね……。

「ところで世流。城に何の用だ?」

 樹葉を走らせて彼は私にそう尋ねた。
 私は赤斗を見上げ、答える。
「あんたに用があるのよ。……真剣な話で」

 私の表情の変化にさすがに今度は憎まれ口を

「愛の言葉ならベッドの中でいくらでも聞くが?」

 やっぱり叩いたよ……この男……。
 それにしても……この男が次期国王で、はたしてこの国は大丈夫なのだろうか……。
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