2 / 20
一章 獣化ウイルス
1-1 「私は世流」
しおりを挟む
私、世流は今とてもとても困っていた。
昨夜、旅人が起こした騒ぎはうまく収まった。騒ぎの当事者である二人は、昼になって目を覚ましたし、王への報告も無事に済み、めでたしめでたし……となればよかったものの……。
その二人が、起きた途端に再び取っ組み合いを始めてしまったのだからさぁ大変。
これが毒のせいだ、というのならまだ対処の仕様があったのだが……そうじゃないから困っている。
このままでは、診療用テントであるここの雰囲気を乱すし、どうしてあの毒をくらったのかも聞きだせない。その上、私の仕事に支障がでる。……と言ってみても手がつけられないのでぽーっと見守っているのだが。
一生懸命止めに入っているのは弟子の炎と冷。
その健気な姿に心の中で小さくエールを送る。あくまでも、心の中で、ね。
「砂漠の方へ行きたいって言ったのはお前だろう!?」
「何よ!! 私のせいだっていうの!?」
「他に何があるんだよ!」
「架那斗王へ久方ぶりに挨拶に行きたいってあなたが言うから、こっちの方へきたのよ!」
先刻からずっとこの調子である。
どーでもいいけど、ここはあんたらの家じゃないんだけど……。
「あ、あのぉ……二人とも……もっとその……れ、冷静に……」
「そっそうですよぅ。まだ病み上がりなんですから……」
『あんたたちは口出しするな!!』
やたらと気が強い旅人だなぁ、と変なところで感心してしまう。
あ、炎と冷がいじけてすんすん泣き出した……。
さすがにこのままではいろいろと困るので、仕方なく私は口を開いた。
「架那斗王に挨拶……って、あんたら王の知り合いかなんかかい?」
「だからなんだよ。ってーか、あんた一体誰だい?」
……ぷちん。
男の言葉に、気の短い私の何かが音を立てて切れた。
「私の名は世流。どっかのお間抜けな旅人の毒を抜いてやった医師だよ」
精一杯の嫌味と皮肉を込めて、極上の笑顔で言ってやった。
「よるぅ? …………!!!!!」
少し考え込んだ男は、何かにはっと気がついて、顔色を変え、ずざぁっと後ずさりをした。
なんだか……納得のいかない反応なんですけど……。
「ももももももしかして、あああああ貴女があの世流さまでいらせられるのでしょぉか?」
「……その反応は微妙だけど、多分その世流だよ」
かなり声が掠れているが、私は頷いた。
男の反応をいぶかしんだ女が、胡乱げに口を開く。
「世流って誰よ?」
「ばっ!!! 馬鹿! このお方はな、架那斗王絶対の信頼を受けている水源の巫女様だ! お前だって聞いたことあるだろう!? ――――――――――だよっ!」
男が何やらぼそぼそと女に耳打ちすると、女の顔色がみるみる内に青ざめていった。
だから、その反応は納得できないってば……。
私は、自分の持つ能力によって、悲しいかな、かなり世間に名を知られている。
ある人は私を水源の巫女と呼び、ある人は大地神の使徒と呼ぶ。
あまりに強大すぎる力故、恐れられても仕方がない。
……かなり納得できないけど……。
「で、質問に答えてもらえる? 知り合いなの?」
「しっ……知り合いというか……。自分は昨年まで架那斗王の元で王宮警備兵として働いておりましたから……」
あぁ、なるほど。兵士だったわけね。
架那斗王の統治するこの砂漠の国・アトカーシャ。一つの城と三つの街、二つの集落によって形成されるこの国には兵役義務こそないものの、兵士として王宮へ志願するものが後を絶たないという。
一口に兵士、と言っても、全てが王の居城、アトカシスト城に詰めているわけでもなく、各地の治安維持の為、あちこちの詰め所にて働いている。
立場上、よく王宮に出入りする私が知っている兵といってもたかがしれている。この男のことを知らなくても無理はない。
「んじゃ、少し事務的話をしようか」
そう言うと私は冷に目配せした。冷は頷き、カルテを取り出す。
「名前は?」
「俺は光、と言います。そっちは妻の仙雪」
すかさず冷がメモを取る。
「では光。砂漠にいたのなら話は早い。聞いたことあるね。君らが暴れていた原因」
「……獣化ウイルス……ですか……」
笑顔で私は頷いた。
昨夜、旅人が起こした騒ぎはうまく収まった。騒ぎの当事者である二人は、昼になって目を覚ましたし、王への報告も無事に済み、めでたしめでたし……となればよかったものの……。
その二人が、起きた途端に再び取っ組み合いを始めてしまったのだからさぁ大変。
これが毒のせいだ、というのならまだ対処の仕様があったのだが……そうじゃないから困っている。
このままでは、診療用テントであるここの雰囲気を乱すし、どうしてあの毒をくらったのかも聞きだせない。その上、私の仕事に支障がでる。……と言ってみても手がつけられないのでぽーっと見守っているのだが。
一生懸命止めに入っているのは弟子の炎と冷。
その健気な姿に心の中で小さくエールを送る。あくまでも、心の中で、ね。
「砂漠の方へ行きたいって言ったのはお前だろう!?」
「何よ!! 私のせいだっていうの!?」
「他に何があるんだよ!」
「架那斗王へ久方ぶりに挨拶に行きたいってあなたが言うから、こっちの方へきたのよ!」
先刻からずっとこの調子である。
どーでもいいけど、ここはあんたらの家じゃないんだけど……。
「あ、あのぉ……二人とも……もっとその……れ、冷静に……」
「そっそうですよぅ。まだ病み上がりなんですから……」
『あんたたちは口出しするな!!』
やたらと気が強い旅人だなぁ、と変なところで感心してしまう。
あ、炎と冷がいじけてすんすん泣き出した……。
さすがにこのままではいろいろと困るので、仕方なく私は口を開いた。
「架那斗王に挨拶……って、あんたら王の知り合いかなんかかい?」
「だからなんだよ。ってーか、あんた一体誰だい?」
……ぷちん。
男の言葉に、気の短い私の何かが音を立てて切れた。
「私の名は世流。どっかのお間抜けな旅人の毒を抜いてやった医師だよ」
精一杯の嫌味と皮肉を込めて、極上の笑顔で言ってやった。
「よるぅ? …………!!!!!」
少し考え込んだ男は、何かにはっと気がついて、顔色を変え、ずざぁっと後ずさりをした。
なんだか……納得のいかない反応なんですけど……。
「ももももももしかして、あああああ貴女があの世流さまでいらせられるのでしょぉか?」
「……その反応は微妙だけど、多分その世流だよ」
かなり声が掠れているが、私は頷いた。
男の反応をいぶかしんだ女が、胡乱げに口を開く。
「世流って誰よ?」
「ばっ!!! 馬鹿! このお方はな、架那斗王絶対の信頼を受けている水源の巫女様だ! お前だって聞いたことあるだろう!? ――――――――――だよっ!」
男が何やらぼそぼそと女に耳打ちすると、女の顔色がみるみる内に青ざめていった。
だから、その反応は納得できないってば……。
私は、自分の持つ能力によって、悲しいかな、かなり世間に名を知られている。
ある人は私を水源の巫女と呼び、ある人は大地神の使徒と呼ぶ。
あまりに強大すぎる力故、恐れられても仕方がない。
……かなり納得できないけど……。
「で、質問に答えてもらえる? 知り合いなの?」
「しっ……知り合いというか……。自分は昨年まで架那斗王の元で王宮警備兵として働いておりましたから……」
あぁ、なるほど。兵士だったわけね。
架那斗王の統治するこの砂漠の国・アトカーシャ。一つの城と三つの街、二つの集落によって形成されるこの国には兵役義務こそないものの、兵士として王宮へ志願するものが後を絶たないという。
一口に兵士、と言っても、全てが王の居城、アトカシスト城に詰めているわけでもなく、各地の治安維持の為、あちこちの詰め所にて働いている。
立場上、よく王宮に出入りする私が知っている兵といってもたかがしれている。この男のことを知らなくても無理はない。
「んじゃ、少し事務的話をしようか」
そう言うと私は冷に目配せした。冷は頷き、カルテを取り出す。
「名前は?」
「俺は光、と言います。そっちは妻の仙雪」
すかさず冷がメモを取る。
「では光。砂漠にいたのなら話は早い。聞いたことあるね。君らが暴れていた原因」
「……獣化ウイルス……ですか……」
笑顔で私は頷いた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
物置小屋
黒蝶
大衆娯楽
言葉にはきっと色んな力があるのだと証明したい。
けれど、もうやりたかった仕事を目指せない…。
そもそも、もう自分じゃただ読みあげることすら叶わない。
どうせ眠ってしまうなら、誰かに使ってもらおう。
──ここは、そんな作者が希望や絶望をこめた台詞や台本の物置小屋。
1人向けから演劇向けまで、色々な種類のものを書いていきます。
時々、書くかどうか迷っている物語もあげるかもしれません。
使いたいものがあれば声をかけてください。
リクエスト、常時受け付けます。
お断りさせていただく場合もありますが、できるだけやってみますので読みたい話を教えていただけると嬉しいです。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
月の砂漠のかぐや姫
くにん
ファンタジー
月から地上に降りた人々が祖となったいう、謎の遊牧民族「月の民」。聖域である竹林で月の民の翁に拾われた赤子は、美しい少女へと成長し、皆から「月の巫女」として敬愛を受けるようになります。
竹姫と呼ばれる「月の巫女」。そして、羽と呼ばれるその乳兄弟の少年。
二人の周りでは「月の巫女」を巡って大きな力が動きます。否応なくそれに巻き込まれていく二人。
でも、竹姫には叶えたい想いがあり、羽にも夢があったのです!
ここではない場所、今ではない時間。人と精霊がまだ身近な存在であった時代。
中国の奥地、ゴビの荒地と河西回廊の草原を舞台に繰り広げられる、竹姫や羽たち少年少女が頑張るファンタジー物語です。
物語はゆっくりと進んでいきます。(週1、2回の更新) ご自分のペースで読み進められますし、追いつくことも簡単にできます。新聞連載小説のように、少しずつですが定期的に楽しめるものになればいいなと思っています。
是非、輝夜姫や羽たちと一緒に、月の民の世界を旅してみてください。
※日本最古の物語「竹取物語」をオマージュし、遊牧民族の世界、中国北西部から中央アジアの世界で再構築しました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
転生王子はダラけたい
朝比奈 和
ファンタジー
大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。
束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!
と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!
ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!
ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり!
※2016年11月。第1巻
2017年 4月。第2巻
2017年 9月。第3巻
2017年12月。第4巻
2018年 3月。第5巻
2018年 8月。第6巻
2018年12月。第7巻
2019年 5月。第8巻
2019年10月。第9巻
2020年 6月。第10巻
2020年12月。第11巻 出版しました。
PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。
投稿継続中です。よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる