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序章 砂漠のヨル
0.砂漠のヨル
しおりを挟む「世流様、こちらです!」
若い男性の声に導かれて、それよりも若い女性――少女と言う方が正しいか――が、息を切らせて駆けつける。
砂漠に不似合いな水源色の瞳が、人だかりの中央へ視線を向けた。
「あーあ。こりゃまた……」
困ったようにぽりぽり頬をかく。
その視線の先には、明らかに周りの人間と姿格好が違う男女が目を血走らせて取っ組み合いをしていた。
戯れているような様子ではない。急所を狙った攻撃、一撃一撃が常人とは思えぬ力で繰り出されている。
周りの人は、取り押さえようにもとても手がつけられず、ただ見守るばかりである。
「見事に毒られてるねぇ……。旅人が毒られるのはいつものことだけど、これはちょっとひどいねぇ」
「感心してないで。手をつけないと、被害者が出ますよぅ」
はいはいと、めんどうくさそうに手を振ると、無用心にすたすた二人の元へ近づいてゆく。
歩みにあわせて、顔の側面を覆っていたヴェールが揺れ、白い肌が月明かりに露になる。
「砂海に埋もるる潤わしの神よ 其の癒しの水を与え給へ 願わくば我が前に苦しみしこの者の 内なる害を浄化し給へ」
世流が言葉を風に乗せるたび、暴れていた二人の動きが緩慢になってゆく。彼女はさらに二人へ近づき、蒼白い光が灯る左手を差し出した。
「はっ!」
力を解放すると、光は二対の筋となり、既に大人しくなっていた二人の体内へ入っていった。その光が完全に体内へ消えてしまうと、暴れていた二人は、まるで何事も無かったかのように地面へ倒れ伏す。
「ふ~む。ちょっと様子を見たいから、私のところまで連れて行くとするか」
そう言い、世流はぱちん、と指を弾いた。すると、二人の体はまるでシャボン玉にくるまれたかのようにふわりと宙に浮く。
ここにきて初めて人々は、事態の収拾がついたのだ、と安堵する。
「助かったよ。世流。夜中に悪いことをしたのぉ」
人々の中から、一人の老人が歩み寄る。
世流は二人を宙に浮かせたままそちらを見やった。
「長様。構いませんよ。私以外にはどうしようもないですし。……あぁ、その代わりと言っては何ですが」
にっこりと笑ったまま、ぴっと右手の人差し指をおったてる。
「毎日、ちゃんと薬を飲んでくださいね」
「……そうは言うてもなぁ……。お前の薬はよぉ効くが苦うて苦うて……」
「良薬は口に苦し、ですよ。子供みたいなことを言わないで下さい」
困った表情を浮かべる長に、世流はまた一つ笑みをやった。
そのまま、視線を一人の男に向ける。最初に、世流をここに案内してきた男だ。
「冷。炎と一緒に架那斗王の所へ行き、ことの次第を報告して来なさい。……あぁっと、明日の朝、一番でね」
「僕もですか?」
炎だけで十分では、と言ってみるが、世流は溜息とともにこう言い放った。
「仕方ないでしょう? 冷。炎だけじゃ、何を報告するのかを忘れちゃうし、あなたの方向感覚じゃ、今から出発しないと朝には城に着かない。二人で行ってらっしゃい」
その言葉に冷は、表情をひきつらせつつも、分かりました、と頷く。
それを見て世流は二人の旅人をふよふよと宙に浮かべたまま歩き出した。
静かな、とても静かな砂漠の夜。
その中で。
風の音に乗って何かが聞こえた。
「……?」
歩きながら、世流は空を仰ぐ。
頭上に広がるのは満天の星空。
「……気のせい……かな……?」
小さな子供の泣き声が聞こえたのは―――。
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