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十七話
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十七
心配で後を追って来ていた力うさぎと猿うさぎは、野次馬たちの後ろから天井が崩れる光景を目の当たりにして愕然としました。
「うそだろ……煤ウサギ……」
「うわぁん、煤ウサギィ」
落胆している、力うさぎの視界の片隅を、燃え盛る家の裏手に駆けていく一匹の白うさぎがよぎりました。
「アイツ⁉」
それは、真っ先に逃げたはずの知恵うさぎでした。
一方家の中では、最初にトツナが倒れていた壁の所まで煤ウサギ達は追いやられていました。
炎の掌の上に居る煤ウサギ達を握り潰すかのように、火の指は段々と迫ってきました。
煤ウサギは隣で苦しんでいる、トツナを助ける手段を思いつかない自分の知恵の無さを、心底悔やんでいました。
そんなとき、もたれかかっている壁の向こうから聞き覚えのある嫌味な声が聞こえてきたのです。
「おぉい! こんな火の中に飛び込む馬鹿ウサギー! まだ生きてるかぁ? ホントの煤になってるんじゃないだろうな?」
煤ウサギはその声に耳を疑いました。
「まさか……知恵うさぎなのかい?」
「お! まだ煤にならずに生きていたな」
知恵うさぎの嫌味が、諦めかけていた煤ウサギを奮い立たせる薬になっていました。
「君が助けようとしてる、人間の女も無事なのか?」
煤ウサギは壁に寄り掛かっているトツナの顔を確認して「うん、無事だよ」と、短く答えました。
「そうか、それは良かった。まぁなんだ……正直に言えば君のことはあまり好きではなかったが、僕達の群れを助けてくれたことには感謝してる。恩義を感じないほど、僕はまだ落ちぶれちゃいないのさ。それによく考えたら、こんな無謀なことをする君が、人間と手を組んで僕達をおとしいれるなんてマネは出来やしないからね」
知恵うさぎは照れ隠しに、精一杯の嫌味を言いました。
「知恵うさぎ……」
そうこうしているうちに、力うさぎ達が知恵うさぎの元へ到着しました。
「おい、知恵うさぎ。一体どうしたっていうんだ?」
知恵うさぎは待ってましたとばかりに振り返り、家の中にいる煤ウサギにも届くような大声で話し出しました。
「待ってたよ! 時間が無いから、簡単に説明する。実はそこの壁が脆くなっていて、強い衝撃を与えたら崩れそうなんだ。だからその場所に、力うさぎの自慢の頭で大穴を開けて欲しいんだ。その壁のすぐ向こう側に、煤ウサギとその友達がいる!」
知恵うさぎは、前にトツナの家の周囲を探っていたとき、土壁にがひびが入って脆くなっている部分を見つけていたのです。
「なに、本当なのか⁈ おい、煤ウサギ生きてるのか!」
「あぁホントだよ力うさぎ! オイラはまだ無事さ!」
煤ウサギの声を聞き、力うさぎと猿うさぎは互いに顔を見合わせ、飛び跳ねて喜びました。
「よし、わかった! 俺に任せておけ!」
力うさぎの声は気合に満ち溢れていました。
「今の話、聞こえたよな煤ウサギ。力うさぎが今から大穴を開けるから、もう少しがんばってくれ!」
「オイラも中から手伝うよ。その方が早いからね!」と、煤ウサギは外にいる仲間たちに言いました。
仲間と心が通じ合えた喜びが、消耗しきっていた煤ウサギの体に再び力を与えました。
心の黒い雲は、今ではほとんど消えかけていました。
外では力うさぎが、中では煤ウサギがそれぞれ壁から少し離れて助走をつけました。
煙にまかれ、眉を寄せ苦しそうな顔で土間にうつ伏せになっていたトツナは、勇気あるウサギ達の鳴き声を横で静かに聞いていました。
力うさぎが勢いよく壁に突進したゴン! という音の合図を皮切りに煤ウサギもそれに続きました。
ゴン ガン ゴン ガン ゴン ガゴン!
ガン ゴン ガン ゴン ガン ゴガン!
ポロポロと少しずつ、土壁が崩れ落ちていきます。
耳元で鳴り響く鈍い音に不安を覚えたトツナは、堪らず煤ウサギに尋ねました。
「とても痛々しい音が聞こえてくるのですけれど、一体何を……なさっているのですか?」
煤ウサギは頭突き続けたまま、舌を噛まないように気をつけて答えました。
「多少痛くても……我慢しなくちゃいけないときってあるのさ……もうすぐ壁に穴が開くよ……そしたら、すぐに外に出られるから……」
煤ウサギの体は既に乾いていて、熱気がチリチリと背中を焦がします。額から流れ出した血が目に入ろうとも、煤ウサギはひたすら土壁に頭を打ち続けました。
「も、もうやめてください。私、煤太郎さんがそんな痛い思いをしてるのが耐えられません。煤太郎さんだけなら、私の部屋の小窓から抜け出せる筈です! そこからどうかお逃げください」
トツナの悲痛な叫びが、煤ウサギの心に刺さりました。だけど、この針を抜いてしまったら、きっと心の雲は一生晴れないだろうと、煤ウサギは悟りました。
「オ、オイラね……ずっと、心に雲がかかってたんだよ」
「……雲?」
「そう、雲さ……オイラ、その雲が晴れるかと思って……いたずらしたり……誰かを騙したりって……いっぱい悪さしてたんだ……だけど、雲は晴れるどころか……厚くなるばかりで……いつしか、雲の重さで……心が耐えられなくなりそうになっていた」
語り始めた煤ウサギの両目はもう、額から流れ落ちた血で塞がっていました。それでも、煤ウサギは頭突きをやめようとはしません。
「そんなときだよ……トツナちゃんと出会ったのは……トツナちゃんと話しているとね……なんだか、心がスーッと軽くなる感じがして……とっても気持ちがよかったんだ」
「煤太郎さん……」
「あぁ、これが……友達と過ごす時間……ってことなのかなって思ったんだ……だからね……そんなオイラに……初めての時間をくれた……大切な『人間の』友達を……オイラは絶対助けたいんだ……だから、これくらい……なんてこと……ないんだよ」
頭を打ち続けているせいなのか、それともすぐ後ろに迫る炎の熱さのせいなのか、煤ウサギは何度も意識が飛びそうになるのを、その都度トツナを助けたいという一心でどうにか繋ぎとめました。
「煤太郎さん……私、煤太郎さんの中に見えた物が、今やっとわかりました」
「……えっ」
「前に煤太郎さんが、お月様のことを教えてくれたとき、煤太郎さんの中に黒とは違う色の何かが見えました。だけど、そのときはそれがなんだか、よくわからなかったのです」
「…………」
「でも今は、それがなんだったのかがわかります。温かくて優しく守ってくれる光……きっとこれが、黄色という色なのですね。そして、大きくてはち切れそうなほどお腹を膨らました真ん丸な形……私、煤太郎さんの中に『お月様』が見えます」
煤ウサギは思わず動きを止め、トツナの方を向きました。流れ落ちた血のせいで両目はもう開かなくなっていましたけれど、煤ウサギにはトツナの姿がちゃんと見えているかのようでした。
「オ、オイラに、お、お月様が?」
「はい。目の見えない私に、煤太郎さんが見せてくれた、大切なお月様です」
「……そ、そっかぁ…………ヘヘッ! よぉし、じゃあオイラのお月様は、トツナちゃんを守るお月様だ!」
煤ウサギは高らかにそう言うと、気合を入れなおし壁に向きなおりました。
後ろ足に力を込めてひとっ飛び——ガン!
もひとつ力を込めてふたっ飛び——ガン!
自分のかくれんぼしていた心を見つけてくれた大切な友人を守りたいと思う気持ちが体中に満ち溢れ、煤ウサギは痛みを感じることなく壁を打ち続けました。
そしてついに——
——ドゴォォン!
大きな音を立てて、屈めば人が通れそうなほどの穴が土壁に開いたのです。
「よし! お前達グズグズするな、サッサと来い!」
穴の向こうから、白い額を真っ赤に染めた、力うさぎの頼もしい声が煤ウサギの耳に飛び込んできました。
秋風が運んでくる草花の匂いが微かに感じられ、煤ウサギはとても懐かしい気分になりました。
「トツナちゃん助かったよ! 空気の流れを感じるよね。そこから外に出られるよ!」
トツナは、自分の為に辛い思いをした煤ウサギより先に出ることを躊躇していました。
「早く! オイラより長い時間、この中にいたんだから先に出ないとダメだよ! それに、オイラはトツナちゃんを助ける為にここへ来たんだから、トツナちゃんが助かってからじゃないと、サマにならないじゃないか!」
鼻の頭を前足でこすり精一杯カッコつけた煤ウサギの説得に、いつもの笑顔の花を咲かせたトツナは、身を屈め勇気あるウサギ達が開けた穴から外へと這い出ました。
外へ出たトツナはすぐさま振り返り、煤ウサギに呼びかけました。
「煤太郎さん! お陰で無事に助かりました! だから煤太郎さんも早くこちらへ!」
トツナの元気な声を聞いた煤ウサギは、黒煙に包まれながら何かを呟きました。
「トツナちゃんは…………だったよ……がとう」
「えっ? 今、なんて……」
——ドオオォォォォォン!
トツナが煤ウサギに聞き返したその瞬間、地響きをともなう大きな音を立て、燃え盛っていた家がまるで力尽きたかのように崩れ落ちました。
一瞬何が起きたのかわからなかったトツナと白うさぎ達は、火の粉が雪のように降り注ぐなか、目の前の崩れた家を見つめ放心していました。しかし、すぐに煤ウサギが脱出してないことに気付きました。
「そ、そんな、嘘だろおい! 俺はまだ、お前の言い分聞いてないぞ!」
力うさぎは、地面を何度も殴りつけていました。
「うわぁん、もっともっとぉ一緒にニンジン食べたかったのにぃ」
猿うさぎは、木の上から地上に涙を降らせていました。
「君に言いたいことが一杯あったのに、これじゃ何も言えないじゃないか……今まできつく当たって、すまなかった……」
知恵うさぎは、心から謝罪をしました。
いくら周りの匂いを嗅いでも煤ウサギの存在は感じられません。トツナはやっと、認めたくない状況を理解して、両手で顔を覆い泣き崩れました。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで煤太郎さんが……ごめんなさい……」
みんなそれぞれ言葉を失い、しばし悲しみに暮れていました。そんな中、燃え崩れた家を木の上から眺めていた猿うさぎが、何かに気付き騒ぎ出しました。
「ア、ア、ア、アレ、アレ見てぇ!」
みんなが猿うさぎの指差してる方向を見ると、燃え落ちた家のなかから他の煙とは明らに色の違う、一筋の煙が立ち昇ってきたのです。
うさぎ達の騒ぎに気付き、トツナは泣き伏せていた顔をおもむろに上げ家の方を見ました。すると、トツナのまぶたの裏の闇の中に、一際つややかな黒煙が映っていたのです。
「……煤太郎さん?」
ここ数日の間、空を覆っていた黒い雲はいつの間にか無くなっていて、星の瞬く夜空から地上を温かく照らす黄色い大きな満月が姿を現していました。
つややかな黒煙は、月を目指してゆっくりゆっくりと昇っていきます。
——ふわりふわりと家の上。
——ぶらりぶらりと森の上。
——ぷかりぷかりと雲の上。
やがて、月まで辿り着いた黒煙は、ジワリジワリと染み込んで、満腹お月様のお腹で黒いウサギの『シミ』となりました。
トツナのまぶたの裏にもハッキリと映るシミのついた満月は、トツナやうさぎ達、村人達など、全てのものを温かな黄色い光で包みこんでいました。
心配で後を追って来ていた力うさぎと猿うさぎは、野次馬たちの後ろから天井が崩れる光景を目の当たりにして愕然としました。
「うそだろ……煤ウサギ……」
「うわぁん、煤ウサギィ」
落胆している、力うさぎの視界の片隅を、燃え盛る家の裏手に駆けていく一匹の白うさぎがよぎりました。
「アイツ⁉」
それは、真っ先に逃げたはずの知恵うさぎでした。
一方家の中では、最初にトツナが倒れていた壁の所まで煤ウサギ達は追いやられていました。
炎の掌の上に居る煤ウサギ達を握り潰すかのように、火の指は段々と迫ってきました。
煤ウサギは隣で苦しんでいる、トツナを助ける手段を思いつかない自分の知恵の無さを、心底悔やんでいました。
そんなとき、もたれかかっている壁の向こうから聞き覚えのある嫌味な声が聞こえてきたのです。
「おぉい! こんな火の中に飛び込む馬鹿ウサギー! まだ生きてるかぁ? ホントの煤になってるんじゃないだろうな?」
煤ウサギはその声に耳を疑いました。
「まさか……知恵うさぎなのかい?」
「お! まだ煤にならずに生きていたな」
知恵うさぎの嫌味が、諦めかけていた煤ウサギを奮い立たせる薬になっていました。
「君が助けようとしてる、人間の女も無事なのか?」
煤ウサギは壁に寄り掛かっているトツナの顔を確認して「うん、無事だよ」と、短く答えました。
「そうか、それは良かった。まぁなんだ……正直に言えば君のことはあまり好きではなかったが、僕達の群れを助けてくれたことには感謝してる。恩義を感じないほど、僕はまだ落ちぶれちゃいないのさ。それによく考えたら、こんな無謀なことをする君が、人間と手を組んで僕達をおとしいれるなんてマネは出来やしないからね」
知恵うさぎは照れ隠しに、精一杯の嫌味を言いました。
「知恵うさぎ……」
そうこうしているうちに、力うさぎ達が知恵うさぎの元へ到着しました。
「おい、知恵うさぎ。一体どうしたっていうんだ?」
知恵うさぎは待ってましたとばかりに振り返り、家の中にいる煤ウサギにも届くような大声で話し出しました。
「待ってたよ! 時間が無いから、簡単に説明する。実はそこの壁が脆くなっていて、強い衝撃を与えたら崩れそうなんだ。だからその場所に、力うさぎの自慢の頭で大穴を開けて欲しいんだ。その壁のすぐ向こう側に、煤ウサギとその友達がいる!」
知恵うさぎは、前にトツナの家の周囲を探っていたとき、土壁にがひびが入って脆くなっている部分を見つけていたのです。
「なに、本当なのか⁈ おい、煤ウサギ生きてるのか!」
「あぁホントだよ力うさぎ! オイラはまだ無事さ!」
煤ウサギの声を聞き、力うさぎと猿うさぎは互いに顔を見合わせ、飛び跳ねて喜びました。
「よし、わかった! 俺に任せておけ!」
力うさぎの声は気合に満ち溢れていました。
「今の話、聞こえたよな煤ウサギ。力うさぎが今から大穴を開けるから、もう少しがんばってくれ!」
「オイラも中から手伝うよ。その方が早いからね!」と、煤ウサギは外にいる仲間たちに言いました。
仲間と心が通じ合えた喜びが、消耗しきっていた煤ウサギの体に再び力を与えました。
心の黒い雲は、今ではほとんど消えかけていました。
外では力うさぎが、中では煤ウサギがそれぞれ壁から少し離れて助走をつけました。
煙にまかれ、眉を寄せ苦しそうな顔で土間にうつ伏せになっていたトツナは、勇気あるウサギ達の鳴き声を横で静かに聞いていました。
力うさぎが勢いよく壁に突進したゴン! という音の合図を皮切りに煤ウサギもそれに続きました。
ゴン ガン ゴン ガン ゴン ガゴン!
ガン ゴン ガン ゴン ガン ゴガン!
ポロポロと少しずつ、土壁が崩れ落ちていきます。
耳元で鳴り響く鈍い音に不安を覚えたトツナは、堪らず煤ウサギに尋ねました。
「とても痛々しい音が聞こえてくるのですけれど、一体何を……なさっているのですか?」
煤ウサギは頭突き続けたまま、舌を噛まないように気をつけて答えました。
「多少痛くても……我慢しなくちゃいけないときってあるのさ……もうすぐ壁に穴が開くよ……そしたら、すぐに外に出られるから……」
煤ウサギの体は既に乾いていて、熱気がチリチリと背中を焦がします。額から流れ出した血が目に入ろうとも、煤ウサギはひたすら土壁に頭を打ち続けました。
「も、もうやめてください。私、煤太郎さんがそんな痛い思いをしてるのが耐えられません。煤太郎さんだけなら、私の部屋の小窓から抜け出せる筈です! そこからどうかお逃げください」
トツナの悲痛な叫びが、煤ウサギの心に刺さりました。だけど、この針を抜いてしまったら、きっと心の雲は一生晴れないだろうと、煤ウサギは悟りました。
「オ、オイラね……ずっと、心に雲がかかってたんだよ」
「……雲?」
「そう、雲さ……オイラ、その雲が晴れるかと思って……いたずらしたり……誰かを騙したりって……いっぱい悪さしてたんだ……だけど、雲は晴れるどころか……厚くなるばかりで……いつしか、雲の重さで……心が耐えられなくなりそうになっていた」
語り始めた煤ウサギの両目はもう、額から流れ落ちた血で塞がっていました。それでも、煤ウサギは頭突きをやめようとはしません。
「そんなときだよ……トツナちゃんと出会ったのは……トツナちゃんと話しているとね……なんだか、心がスーッと軽くなる感じがして……とっても気持ちがよかったんだ」
「煤太郎さん……」
「あぁ、これが……友達と過ごす時間……ってことなのかなって思ったんだ……だからね……そんなオイラに……初めての時間をくれた……大切な『人間の』友達を……オイラは絶対助けたいんだ……だから、これくらい……なんてこと……ないんだよ」
頭を打ち続けているせいなのか、それともすぐ後ろに迫る炎の熱さのせいなのか、煤ウサギは何度も意識が飛びそうになるのを、その都度トツナを助けたいという一心でどうにか繋ぎとめました。
「煤太郎さん……私、煤太郎さんの中に見えた物が、今やっとわかりました」
「……えっ」
「前に煤太郎さんが、お月様のことを教えてくれたとき、煤太郎さんの中に黒とは違う色の何かが見えました。だけど、そのときはそれがなんだか、よくわからなかったのです」
「…………」
「でも今は、それがなんだったのかがわかります。温かくて優しく守ってくれる光……きっとこれが、黄色という色なのですね。そして、大きくてはち切れそうなほどお腹を膨らました真ん丸な形……私、煤太郎さんの中に『お月様』が見えます」
煤ウサギは思わず動きを止め、トツナの方を向きました。流れ落ちた血のせいで両目はもう開かなくなっていましたけれど、煤ウサギにはトツナの姿がちゃんと見えているかのようでした。
「オ、オイラに、お、お月様が?」
「はい。目の見えない私に、煤太郎さんが見せてくれた、大切なお月様です」
「……そ、そっかぁ…………ヘヘッ! よぉし、じゃあオイラのお月様は、トツナちゃんを守るお月様だ!」
煤ウサギは高らかにそう言うと、気合を入れなおし壁に向きなおりました。
後ろ足に力を込めてひとっ飛び——ガン!
もひとつ力を込めてふたっ飛び——ガン!
自分のかくれんぼしていた心を見つけてくれた大切な友人を守りたいと思う気持ちが体中に満ち溢れ、煤ウサギは痛みを感じることなく壁を打ち続けました。
そしてついに——
——ドゴォォン!
大きな音を立てて、屈めば人が通れそうなほどの穴が土壁に開いたのです。
「よし! お前達グズグズするな、サッサと来い!」
穴の向こうから、白い額を真っ赤に染めた、力うさぎの頼もしい声が煤ウサギの耳に飛び込んできました。
秋風が運んでくる草花の匂いが微かに感じられ、煤ウサギはとても懐かしい気分になりました。
「トツナちゃん助かったよ! 空気の流れを感じるよね。そこから外に出られるよ!」
トツナは、自分の為に辛い思いをした煤ウサギより先に出ることを躊躇していました。
「早く! オイラより長い時間、この中にいたんだから先に出ないとダメだよ! それに、オイラはトツナちゃんを助ける為にここへ来たんだから、トツナちゃんが助かってからじゃないと、サマにならないじゃないか!」
鼻の頭を前足でこすり精一杯カッコつけた煤ウサギの説得に、いつもの笑顔の花を咲かせたトツナは、身を屈め勇気あるウサギ達が開けた穴から外へと這い出ました。
外へ出たトツナはすぐさま振り返り、煤ウサギに呼びかけました。
「煤太郎さん! お陰で無事に助かりました! だから煤太郎さんも早くこちらへ!」
トツナの元気な声を聞いた煤ウサギは、黒煙に包まれながら何かを呟きました。
「トツナちゃんは…………だったよ……がとう」
「えっ? 今、なんて……」
——ドオオォォォォォン!
トツナが煤ウサギに聞き返したその瞬間、地響きをともなう大きな音を立て、燃え盛っていた家がまるで力尽きたかのように崩れ落ちました。
一瞬何が起きたのかわからなかったトツナと白うさぎ達は、火の粉が雪のように降り注ぐなか、目の前の崩れた家を見つめ放心していました。しかし、すぐに煤ウサギが脱出してないことに気付きました。
「そ、そんな、嘘だろおい! 俺はまだ、お前の言い分聞いてないぞ!」
力うさぎは、地面を何度も殴りつけていました。
「うわぁん、もっともっとぉ一緒にニンジン食べたかったのにぃ」
猿うさぎは、木の上から地上に涙を降らせていました。
「君に言いたいことが一杯あったのに、これじゃ何も言えないじゃないか……今まできつく当たって、すまなかった……」
知恵うさぎは、心から謝罪をしました。
いくら周りの匂いを嗅いでも煤ウサギの存在は感じられません。トツナはやっと、認めたくない状況を理解して、両手で顔を覆い泣き崩れました。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで煤太郎さんが……ごめんなさい……」
みんなそれぞれ言葉を失い、しばし悲しみに暮れていました。そんな中、燃え崩れた家を木の上から眺めていた猿うさぎが、何かに気付き騒ぎ出しました。
「ア、ア、ア、アレ、アレ見てぇ!」
みんなが猿うさぎの指差してる方向を見ると、燃え落ちた家のなかから他の煙とは明らに色の違う、一筋の煙が立ち昇ってきたのです。
うさぎ達の騒ぎに気付き、トツナは泣き伏せていた顔をおもむろに上げ家の方を見ました。すると、トツナのまぶたの裏の闇の中に、一際つややかな黒煙が映っていたのです。
「……煤太郎さん?」
ここ数日の間、空を覆っていた黒い雲はいつの間にか無くなっていて、星の瞬く夜空から地上を温かく照らす黄色い大きな満月が姿を現していました。
つややかな黒煙は、月を目指してゆっくりゆっくりと昇っていきます。
——ふわりふわりと家の上。
——ぶらりぶらりと森の上。
——ぷかりぷかりと雲の上。
やがて、月まで辿り着いた黒煙は、ジワリジワリと染み込んで、満腹お月様のお腹で黒いウサギの『シミ』となりました。
トツナのまぶたの裏にもハッキリと映るシミのついた満月は、トツナやうさぎ達、村人達など、全てのものを温かな黄色い光で包みこんでいました。
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