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十四話
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十四
煤ウサギ達一行が、村に入ったのと同じころ、トツナの家では——
かまどに火を入れ、まな板の上で野菜を刻んでる腰の曲がった老人の背中に、ここ最近不安を抱えていたトツナは思い切って尋ねてみました。
「あの、おじい様。近頃村で話題になっているウサギさん達のことなんですけれど……」
トントントントンと、大根を切るこ気味よい包丁の手を止めて、老人は囲炉裏の前に座っているトツナに顔だけ向けました。
「ん? うさぎがどうしたんだ都綱」
振り向いたその顔は、お天道様の下で一生懸命働いていることがよくわかる日に焼けた肌をしていて、人生の数々の苦労を、すべてその深いひだに埋めてしまったかのようなシワがありました。いつも笑顔で見守っているかに見える細くたれた目に、頭の後ろで白い毛を一本にまとめた髪型をした、優しそうなおじいさんでした。
「ウサギさん達を……」トツナが続きを話そうとした、そのときです。
ガチンッ!
村全体に大きな金属音が響き渡りました。
トツナはその恐ろしい音に、言い知れぬ不安を感じました。
その不気味な音のすぐ後、一人の村人が「おーい! ウサギが罠にかかったぞー!」と、大きな声で叫ぶのが聞こえました。
トツナの不安は影になり、心が覆い隠されてしまいました。囲炉裏の炭が、パチっと弾け崩れる音が遠くから聞こえてくるようでした。
「どうやら悪さをしていたウサギが捕まったみたいだな、ワシもちょっくら行ってくる。食事は戻ってからするとしよう」
沈痛な面持ちで黙っているトツナにそう告げました。
トツナのおじいさんが、いったん食事の支度を片付け始めたところに、ドンドンドンと誰かが家の戸を叩き、訪ねてきました。
「おい、五郎兵衛さん。ウサギがとっ捕まったみたいだ。行ってみるべや」
「おぉ、わざわざすまんな勘助。ちょいと待っててくれや」
取るものも取らず慌てた様子で出て行こうとするおじいさんを、トツナは必死に声を作り呼び止めました。
「待って、おじい様! どうか……どうか、ウサギさん達を許してやってはくれませんか。彼らも、もうすぐ冬が来るというので、必死で食べる物を探しているに違いありません」
それを聞いたおじいさんは、今まで浮かべてた柔和な表情を一変させ、眉間にシワを寄せて叱るようにトツナを諭し始めました。
「いんや、そいつはならねぇ。満足に食料があるわけではないのは、ワシらも一緒じゃ。それに、毎日汗水流して働いて収穫した野菜を、苦労せず盗んでもいいなんてことは、あっちゃならねぇ。都綱が同情する気持ちはわかるが、こればっかりは、その頼みを聞くわけにはいかねぇ」
あまりの正論にトツナは何も言い返すことができませんでした。
「おい、五郎兵衛さん、行がねぇのか?」
外から勘助の急かす声が聞こえます。
「おぉ、すまんすまん。今出るとこだ。では都綱、ちょっと行ってくるだ」
そう言い残して、おじいさんは足早に現場へと向かって行きました。
トツナは無力な自分を痛感し涙がこぼれました。やがて、かまどからパチパチと火の音と匂いがすることにトツナは気付きました。
慌てていたおじいさんが、火の始末を忘れて行ってしまったのです。
このままでは危ないと思ったトツナは、火を消そうと、壁に手を着きながらかまどの方へと歩いていきました。
おぼつかない足取りで一歩一歩と進んでいたトツナは、おじいさんが朝方の降雨のなか使用し、かまどの壁の近くで吊るして乾かしていた蓑と菅笠に誤って触れてしまい、土間に落としてしまいました。かまどの火は、パチパチパチと一段と強い音を立て始めました。
煤ウサギ達一行が、村に入ったのと同じころ、トツナの家では——
かまどに火を入れ、まな板の上で野菜を刻んでる腰の曲がった老人の背中に、ここ最近不安を抱えていたトツナは思い切って尋ねてみました。
「あの、おじい様。近頃村で話題になっているウサギさん達のことなんですけれど……」
トントントントンと、大根を切るこ気味よい包丁の手を止めて、老人は囲炉裏の前に座っているトツナに顔だけ向けました。
「ん? うさぎがどうしたんだ都綱」
振り向いたその顔は、お天道様の下で一生懸命働いていることがよくわかる日に焼けた肌をしていて、人生の数々の苦労を、すべてその深いひだに埋めてしまったかのようなシワがありました。いつも笑顔で見守っているかに見える細くたれた目に、頭の後ろで白い毛を一本にまとめた髪型をした、優しそうなおじいさんでした。
「ウサギさん達を……」トツナが続きを話そうとした、そのときです。
ガチンッ!
村全体に大きな金属音が響き渡りました。
トツナはその恐ろしい音に、言い知れぬ不安を感じました。
その不気味な音のすぐ後、一人の村人が「おーい! ウサギが罠にかかったぞー!」と、大きな声で叫ぶのが聞こえました。
トツナの不安は影になり、心が覆い隠されてしまいました。囲炉裏の炭が、パチっと弾け崩れる音が遠くから聞こえてくるようでした。
「どうやら悪さをしていたウサギが捕まったみたいだな、ワシもちょっくら行ってくる。食事は戻ってからするとしよう」
沈痛な面持ちで黙っているトツナにそう告げました。
トツナのおじいさんが、いったん食事の支度を片付け始めたところに、ドンドンドンと誰かが家の戸を叩き、訪ねてきました。
「おい、五郎兵衛さん。ウサギがとっ捕まったみたいだ。行ってみるべや」
「おぉ、わざわざすまんな勘助。ちょいと待っててくれや」
取るものも取らず慌てた様子で出て行こうとするおじいさんを、トツナは必死に声を作り呼び止めました。
「待って、おじい様! どうか……どうか、ウサギさん達を許してやってはくれませんか。彼らも、もうすぐ冬が来るというので、必死で食べる物を探しているに違いありません」
それを聞いたおじいさんは、今まで浮かべてた柔和な表情を一変させ、眉間にシワを寄せて叱るようにトツナを諭し始めました。
「いんや、そいつはならねぇ。満足に食料があるわけではないのは、ワシらも一緒じゃ。それに、毎日汗水流して働いて収穫した野菜を、苦労せず盗んでもいいなんてことは、あっちゃならねぇ。都綱が同情する気持ちはわかるが、こればっかりは、その頼みを聞くわけにはいかねぇ」
あまりの正論にトツナは何も言い返すことができませんでした。
「おい、五郎兵衛さん、行がねぇのか?」
外から勘助の急かす声が聞こえます。
「おぉ、すまんすまん。今出るとこだ。では都綱、ちょっと行ってくるだ」
そう言い残して、おじいさんは足早に現場へと向かって行きました。
トツナは無力な自分を痛感し涙がこぼれました。やがて、かまどからパチパチと火の音と匂いがすることにトツナは気付きました。
慌てていたおじいさんが、火の始末を忘れて行ってしまったのです。
このままでは危ないと思ったトツナは、火を消そうと、壁に手を着きながらかまどの方へと歩いていきました。
おぼつかない足取りで一歩一歩と進んでいたトツナは、おじいさんが朝方の降雨のなか使用し、かまどの壁の近くで吊るして乾かしていた蓑と菅笠に誤って触れてしまい、土間に落としてしまいました。かまどの火は、パチパチパチと一段と強い音を立て始めました。
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