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エピローグ
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エピローグ
春。いよいよ、翡翠堂を取り壊す日が来た。昨夜から止まらない涙が、目元を赤くはらしている。今日は平日だ。なのに、隣には有休をとった将典が寄り添ってくれていた。父と、母と、春休み中の未来も来ている。解体の業者が、昨日のうちに足場を組み、幕を張っていた。古い建物なので、解体は午前中で終わるという。夕方には基礎も片づけて、明日には更地になり、名義が父から将典になる。そして、自分たちの新しい家をここに建てるのだ。
嫌な軋み音や、ガラガラと崩れる音がして、どんどん作業は進んでいく。見ていられなくてしゃがみこむと、将典が背中を撫でてくれた。
「未知・・・偉かったね。一年やり遂げたんだね。」
一周忌の法事は、先週の日曜に済んでいた。仏壇は、小さいものに買い替え、位牌や何かは実家に行くことになっている。
父は、これでやっと同居ができるなと、祖父母に報告していた。
将典に逢わせてくれた翡翠堂が、なくなろうとしている。耳も塞がんばかりにいると、将典がそっと耳元で囁いた。
「覚えておいてあげようよ。翡翠堂の最後。」
「・・・うん。」
鼻水を啜り上げて、立ち上がる。
幕の向こうで、確実に少しずつ削られてゆく壁。抜かれる柱。
残ったのは、運び出した書架と、鳩時計、将典と買いに行ったテーブル。数百冊の古い本。一年しか使わなかったエアコンも残した。それらは、将典が手配した倉庫に、一時保管されている。
本は、図書館に寄贈しようとしたのだが、なにもないと本棚が淋しいからと、将典が残したのだ。
将典と花を植えた庭も、明日にはない。
ガザニアとマリーゴールドのプランターは実家に。ラベンダーの寄せ植えは将典の部屋に持ち込んだ。
将典が泊った布団も、自分の布団も、処分した。納戸や、二階にあった古い家具も・・・。将典とご飯を食べた食器も、思い出深いものだけ将典の部屋に持ち込み、あとは処分した。祖母のアクセサリーや、着物類は、親戚の女性陣で形見分けとして分けることになった。手元に残ったのは、工房に預けてあった、翡翠のペンダントと、ネクタイピンとカフス。
それと、真鍮でできた翡翠堂の看板。看板は、将典の部屋に置かせてもらっている。
あっという間に二階部分がなくなった。木材や瓦礫が、分別されてトラックに積み込まれてゆく。重機は、容赦なく思い出の母屋を崩してゆく。
「なくなっちゃうね・・・。」
「そうだな。」
横にいた父が、やはり目をそらせずに様子を見守っている。
大人になるまでを過ごした家だ。父にとっても思い出深いだろう。
「それでも、翡翠堂は残してくれるんだろう?」
「はい。」
将典が答える。
「かなり雰囲気は変わると思いますが・・・。いつかまた、お客さんの来る店にしますよ。」
「君は強いな。」
父はそう言うと、こちらに向き直った。
「将典君と、うまくやるんだぞ。」
「うん。」
何度か二人で実家を訪れるうち、いつの間にか、父は将典のことを、樺山さんではなく、将典君と名前で呼ぶようになっていた。
「息子が家を建てるのか。」
「えっ?」
将典も、きょとんとこちらを伺っている。
「なにを、変な顔をしてるんだか。息子のパートナーも、私の息子だろう。」
将典は、ふふと笑うと、ありがとうございます、お義父さん、と言った。
未来と母が、それを見て目を丸くしている。
「え?未来たちが説得したんじゃないの?」
「私は将典さん、素敵ねって言ってただけよ?」
母の言葉に未来が同調する。
「息子が家に男を連れてきたんだ。それなりに調べもするし、覚悟もしたさ。
そういうわけだから、将典君、うちのをくれぐれもよろしく頼むよ。」
「・・・はい。」
将典が手を伸ばしてくる。その手をつなぐ。
来月には指輪も仕上がってくる。
家も、そう時間はかからずに建つのだそうだ。打ち合わせには、それなりの時間を要したが。
これからしばらく、将典のマンションに住んで、家が建ったらまた引っ越しだ。将典と初めて繋がったベッドは持ち込むことになっていたが、部屋はほかの誰かが住むことになる。
なくなってゆく翡翠堂を見ながら、これからのことに思いをはせた。
蝉時雨の夏。新しい匂いのする家で、朝食の片づけ物をし、パートに出かける。朝八時半。ゆっくり歩いて、九時に出勤だ。食堂のバイトは、時給も上がり、時間数を増やしてもらい、保険に入れてもらい、毎日仕事をさせてもらっている。
毎月、わずかながら将典に食費を渡し、実家にもお金を入れて、少しの小遣い、貯金をしている。
翡翠堂は、今のところシャッターは下りたままだ。翡翠色に塗られた壁と、アンティークなシャンデリアのついた翡翠堂のイメージは、以前とは全く違うものだった。変わらないのは、書架と、今は中に入れてある看板、ラベンダーの寄せ植えと、テーブル。壁に掛けられた鳩時計。
表に出された、ガザニアのプランター。
庭をつぶし、一階を店舗にしたことで、家は三階建て。玄関は外階段を上って二階だ。駐車場には、将典のレボーグと、中古で買った青いXV。将典が、スバル車はいいから!とあんまり勧めるので、中古ながら比較的新しいこの車を選んだ。
ペーパードライバーから、サンデードライバーくらいには昇格したと思うが、将典曰く、まだまだ危なっかしいそうで。
買い物は相変わらず自転車を使っていた。
住みやすい街だ。スーパーは近くにあるし、最近またドラッグストアもできた。日常の買い物はほぼそこで済ませることができる。将典が、仕事が早く終わった日などは、洋食屋に行って、オムライスを食べてから、アウルに行くのも、習慣になりつつあった。そこで、少しのお酒を飲んで帰宅すると、たいがい襲われる羽目になるのだが。
うだるような西日を受けて帰宅。これから買い物に行き、将典との夕食を作る。食堂で働かせてもらっているおかげで、レパートリーはだいぶ増えた。将典から、帰宅は八時くらいですとメールがあったので、合わせて風呂の支度をし、夕ご飯を作る。
今日は牛肩ロースの大ぶりなステーキと、ミニトマトのスープ、オクラのおかかあえと、レタスのサラダ。付け合わせに茄子とピーマン。夏野菜多めだ。
そうこうしているうちに、八時。将典がカギを開けて帰ってくる。
「ただいまー・・・。外熱い!家の中天国!」
将典のために、少々きつめにエアコンを入れてある。
「お帰りなさい。お風呂できてるよ。汗流して来たら?」
「ありがとう。そうする。」
将典が、いつもの重たそうな鞄を持って自室に上がっていくのを見届けると、風呂場に行ったのを確認して肉を焼き始める。香ばしい匂いがしてきて、慌てて換気扇を回した。IHには、まだ慣れない。いろいろ便利だし、美味しく作れるのだが、ガスの火が恋しかった。
「未知、あんな大きなステーキ食べさせて、誘ってるのかな?」
二人で二度目の風呂を済ませ、ベッドの中。ひんやり素材のタオルケットに包まって、本を読んでいると、将典がニヤニヤと笑っている。
「ちがうよ。安かったの!」
もう、平日はしないってば。と将典を足で追い払う。体の負担が大きすぎて、金曜か土曜の夜しかしないと決めているのだ。今日はまだ水曜日。将典がぶーたれる。
「今週はしたいなー。未知は、スイッチ入ると敏感なのに、淡白で困る。」
「だって、まだ慣れないんだもん。痛いし・・・。」
そうなのだ。将典とのセックスは、まだ苦痛を伴う。気持ちいいばかりではないから、躊躇してしまう。将典は、回数こなさないとと言うが、体が逃げてしまう。手をつないで眠ったりするのは好きだけれど。キスは好きだけれど・・・。
思っていると、将典が、欲しそうな顔してる、とキスをしてきた。迎え入れて、舌を絡ませる。ちゅく、と音がして、恥ずかしくなる。
「足りないなー。したいなー。あ、ねぇじゃぁさ指まで!ね?」
将典はまるで子供のようなねだり方をする。
「うー・・・。じゃぁ、トイレ行ってくる。」
えっちなことをする前に、アレをするのはもうお決まりになっていた。最初に買った十個など、とうに使い終わっている。
しばらくトイレに籠って、戻ってくると、寝室のエアコンはさらに低めになっていた。準備万端、と将典がローションを持って待っている。
「しよ?」
「・・・うん。」
ベッドに上がるのは、いつも少し緊張した。
将典が脱ぐから、慌ててシャツとハーフパンツを脱ぐ。下着に手を掛けると、将典が脱がせに来た。
「あっ。わぁー。」
するん、と脱がされてしまい、思わず股間を隠す。
「可愛い。もうちょっと反応してるね。やっぱり未知だってしたいんじゃない。」
あんまりな言われ様に、開いた口がふさがらず、パクパクしてしまう。
「将典さんほどじゃないよー。」
「こんなに可愛い未知を隣に置いて、えっちなことしないなんて無理です。」
ほらおいで、と横たえられる。その横に、ぴったりと密着し、将典は猛った自身を自分のペニスに擦りつけてきた。そこにローションを垂らす。
「つめた・・・。」
「すぐよくなるよ。」
将典が、大きな手のひらで、二つ同時に握って、しごき始める。あっという間にかたく立ち上がった。擦り合わされるこれが実は、たまらなく好きで、それはもう、将典にも知られていて・・・。
「気持ちいい・・・きもちいいよぉ・・・。」
泣き声を漏らすと、将典は後ろもしてあげようね、とローションを手に取った。
「仰向けになって。」
言われるまま、仰向けになると、ペニスがぴたんと腹にくっつき、肌の間でキラキラと糸を引いた。いたたまれなくて目をそらすと、将典が秘部に指を這わせる。ぬるっとローションを塗り込むと、そろりと指を差し入れた。
「んぅー・・・。」
この、指が入ってくる感じがたまらない。これくらいなら痛みもないし、むしろ快感の方が勝る。くちくちといじられて、少しだけ深くしたそこにある前立腺を、擦られると、気持ちがよくて腰が揺れた。すると、将典の指が二本に増える。圧迫感はあるものの、中を擦られるのはこの方が好きだった。
「気持ちいい・・・。」
「未知はいい子だね。もっと気持ちいいって言ってごらん。もっともっと良くなるから。」
言いながら、将典は薬指も入れた。
「んんんっ!やだ・・・増やさないで。」
「裂けたりしないから大丈夫だよ。慣れて?」
将典は抜く気配もなく、身をかがめるとペニスに口づけ、手を使わずに器用に口に収めた。じゅぷじゅぷと音を立てて、唇でしごかれる。
「あっあぁぁっ!だめー・・・そんなにしたらでちゃう!指、やだぁ。抜いて!ぬいてよぉ・・・。」
自分で食い締めているのは分かるが、三本の指が痛くてたまらない。将典は分かっていて指をバラバラに動かした。
「ひっ!あぁ、あ。でる!でるぅ!まさのりさん、まさのりさん!あぁぁぁぁっ。」
指の刺激と、口の愛撫がたまらなくて、あっさりと高みに追い上げられた。そのまま射精する。ぴくぴく、とペニスが痙攣する。将典が、雫を吸い取って、飲み下した。
「未知、イクときに名前呼んでくれるの最高に可愛い。
もう大好き!」
無意識とはいえ、恥ずかしくて、耳まで染まる。俯くと、将典の股間が主張していた。
「舐める?」
「ローションが美味しくないけど。」
舐めてほしいなぁ。と首を傾げられて、将典の前に跪いた。
ペロ、と舐めると、先走りのしょっぱさと、ローションの甘さが口に広がる。ローションのぬめりを使って、両手で捧げ持つように愛撫しながら、先端に舌を這わせる。痛そう、と思うのに、将典は尿道口を舌で弄られるのがとりわけ好きなようで。そこに舌を差し込むと、息をつめてその快感を楽しむ。腿の筋肉が収縮し、何かを堪えているような息遣いを見せ始めると、もう絶頂が近い。
僕のこと、敏感だって言うけど・・・将典さんもそうだよね。
思いながら、一生懸命舌を動かす。
「未知・・・イキそう。」
コクコクと頷いて見せる。口に出していいよ、と将典のペニスをちゅうっと吸った。裏の筋の部分に舌先を当てるようににして、すりすりと動かす。すると、将典が息を止めた。
「ん・・・ぅっ。」
どぷ、とぷ、と口に吐き出される。それを、迷いなく飲んだ。
大人は、射精の時に叫んだりしないのかな。僕はいつも声出ちゃうけど・・・。堪えてる感じが壮絶に色っぽくて、大好きだった。
よしよしと頭を撫でられる。
「未知、俺の好きなところすっかり覚えてくれたから、イかされるのがどんどん早くなる気がする。」
「もっと楽しみたい?」
「ものすごく気持ちいいって言ってるの。」
「ふふふ。」
気持ちいいって言ってもらえると、嬉しい。まだ、口の中が変な味だが、キスがしたくなる。
「将典さん、キスしたらやだ?」
「未知だって、未知の味知りたい?」
う・・・。忘れてた。
「歯磨き、する?」
「・・・うん。」
ミント味のキスは、普通のキスよりも、もっと好きだった。二人、歯磨きをして、寝室までを待てずに、洗面所でキスをする。舌を絡め合うと、少しひんやりとした。
「気持ちいい。」
「未知はほんとにキスが好きだね。」
「将典さんがすることはたいがい好きです。」
「でもまだ、セックスは苦手だよね。」
「痛いんだもん。」
「俺の大きさは変えてあげられないから、未知のが柔らかく慣れるしかないなぁ。」
もっと豆にしないと。と将典が笑う。それにつられながら、あふーっとあくびをすると、寝ようか、と手を引かれた。
寝室に上がりながら、将典の手の温かさにうっとりする。
エアコンの効いた寝室で、じゃれ合うのが楽しかった。
翡翠の宝石言葉には、幸福、とあるらしい。
このまま、ずっと幸せが続きますように。
胸で揺れる翡翠のペンダントに祈りを込めた。
END
春。いよいよ、翡翠堂を取り壊す日が来た。昨夜から止まらない涙が、目元を赤くはらしている。今日は平日だ。なのに、隣には有休をとった将典が寄り添ってくれていた。父と、母と、春休み中の未来も来ている。解体の業者が、昨日のうちに足場を組み、幕を張っていた。古い建物なので、解体は午前中で終わるという。夕方には基礎も片づけて、明日には更地になり、名義が父から将典になる。そして、自分たちの新しい家をここに建てるのだ。
嫌な軋み音や、ガラガラと崩れる音がして、どんどん作業は進んでいく。見ていられなくてしゃがみこむと、将典が背中を撫でてくれた。
「未知・・・偉かったね。一年やり遂げたんだね。」
一周忌の法事は、先週の日曜に済んでいた。仏壇は、小さいものに買い替え、位牌や何かは実家に行くことになっている。
父は、これでやっと同居ができるなと、祖父母に報告していた。
将典に逢わせてくれた翡翠堂が、なくなろうとしている。耳も塞がんばかりにいると、将典がそっと耳元で囁いた。
「覚えておいてあげようよ。翡翠堂の最後。」
「・・・うん。」
鼻水を啜り上げて、立ち上がる。
幕の向こうで、確実に少しずつ削られてゆく壁。抜かれる柱。
残ったのは、運び出した書架と、鳩時計、将典と買いに行ったテーブル。数百冊の古い本。一年しか使わなかったエアコンも残した。それらは、将典が手配した倉庫に、一時保管されている。
本は、図書館に寄贈しようとしたのだが、なにもないと本棚が淋しいからと、将典が残したのだ。
将典と花を植えた庭も、明日にはない。
ガザニアとマリーゴールドのプランターは実家に。ラベンダーの寄せ植えは将典の部屋に持ち込んだ。
将典が泊った布団も、自分の布団も、処分した。納戸や、二階にあった古い家具も・・・。将典とご飯を食べた食器も、思い出深いものだけ将典の部屋に持ち込み、あとは処分した。祖母のアクセサリーや、着物類は、親戚の女性陣で形見分けとして分けることになった。手元に残ったのは、工房に預けてあった、翡翠のペンダントと、ネクタイピンとカフス。
それと、真鍮でできた翡翠堂の看板。看板は、将典の部屋に置かせてもらっている。
あっという間に二階部分がなくなった。木材や瓦礫が、分別されてトラックに積み込まれてゆく。重機は、容赦なく思い出の母屋を崩してゆく。
「なくなっちゃうね・・・。」
「そうだな。」
横にいた父が、やはり目をそらせずに様子を見守っている。
大人になるまでを過ごした家だ。父にとっても思い出深いだろう。
「それでも、翡翠堂は残してくれるんだろう?」
「はい。」
将典が答える。
「かなり雰囲気は変わると思いますが・・・。いつかまた、お客さんの来る店にしますよ。」
「君は強いな。」
父はそう言うと、こちらに向き直った。
「将典君と、うまくやるんだぞ。」
「うん。」
何度か二人で実家を訪れるうち、いつの間にか、父は将典のことを、樺山さんではなく、将典君と名前で呼ぶようになっていた。
「息子が家を建てるのか。」
「えっ?」
将典も、きょとんとこちらを伺っている。
「なにを、変な顔をしてるんだか。息子のパートナーも、私の息子だろう。」
将典は、ふふと笑うと、ありがとうございます、お義父さん、と言った。
未来と母が、それを見て目を丸くしている。
「え?未来たちが説得したんじゃないの?」
「私は将典さん、素敵ねって言ってただけよ?」
母の言葉に未来が同調する。
「息子が家に男を連れてきたんだ。それなりに調べもするし、覚悟もしたさ。
そういうわけだから、将典君、うちのをくれぐれもよろしく頼むよ。」
「・・・はい。」
将典が手を伸ばしてくる。その手をつなぐ。
来月には指輪も仕上がってくる。
家も、そう時間はかからずに建つのだそうだ。打ち合わせには、それなりの時間を要したが。
これからしばらく、将典のマンションに住んで、家が建ったらまた引っ越しだ。将典と初めて繋がったベッドは持ち込むことになっていたが、部屋はほかの誰かが住むことになる。
なくなってゆく翡翠堂を見ながら、これからのことに思いをはせた。
蝉時雨の夏。新しい匂いのする家で、朝食の片づけ物をし、パートに出かける。朝八時半。ゆっくり歩いて、九時に出勤だ。食堂のバイトは、時給も上がり、時間数を増やしてもらい、保険に入れてもらい、毎日仕事をさせてもらっている。
毎月、わずかながら将典に食費を渡し、実家にもお金を入れて、少しの小遣い、貯金をしている。
翡翠堂は、今のところシャッターは下りたままだ。翡翠色に塗られた壁と、アンティークなシャンデリアのついた翡翠堂のイメージは、以前とは全く違うものだった。変わらないのは、書架と、今は中に入れてある看板、ラベンダーの寄せ植えと、テーブル。壁に掛けられた鳩時計。
表に出された、ガザニアのプランター。
庭をつぶし、一階を店舗にしたことで、家は三階建て。玄関は外階段を上って二階だ。駐車場には、将典のレボーグと、中古で買った青いXV。将典が、スバル車はいいから!とあんまり勧めるので、中古ながら比較的新しいこの車を選んだ。
ペーパードライバーから、サンデードライバーくらいには昇格したと思うが、将典曰く、まだまだ危なっかしいそうで。
買い物は相変わらず自転車を使っていた。
住みやすい街だ。スーパーは近くにあるし、最近またドラッグストアもできた。日常の買い物はほぼそこで済ませることができる。将典が、仕事が早く終わった日などは、洋食屋に行って、オムライスを食べてから、アウルに行くのも、習慣になりつつあった。そこで、少しのお酒を飲んで帰宅すると、たいがい襲われる羽目になるのだが。
うだるような西日を受けて帰宅。これから買い物に行き、将典との夕食を作る。食堂で働かせてもらっているおかげで、レパートリーはだいぶ増えた。将典から、帰宅は八時くらいですとメールがあったので、合わせて風呂の支度をし、夕ご飯を作る。
今日は牛肩ロースの大ぶりなステーキと、ミニトマトのスープ、オクラのおかかあえと、レタスのサラダ。付け合わせに茄子とピーマン。夏野菜多めだ。
そうこうしているうちに、八時。将典がカギを開けて帰ってくる。
「ただいまー・・・。外熱い!家の中天国!」
将典のために、少々きつめにエアコンを入れてある。
「お帰りなさい。お風呂できてるよ。汗流して来たら?」
「ありがとう。そうする。」
将典が、いつもの重たそうな鞄を持って自室に上がっていくのを見届けると、風呂場に行ったのを確認して肉を焼き始める。香ばしい匂いがしてきて、慌てて換気扇を回した。IHには、まだ慣れない。いろいろ便利だし、美味しく作れるのだが、ガスの火が恋しかった。
「未知、あんな大きなステーキ食べさせて、誘ってるのかな?」
二人で二度目の風呂を済ませ、ベッドの中。ひんやり素材のタオルケットに包まって、本を読んでいると、将典がニヤニヤと笑っている。
「ちがうよ。安かったの!」
もう、平日はしないってば。と将典を足で追い払う。体の負担が大きすぎて、金曜か土曜の夜しかしないと決めているのだ。今日はまだ水曜日。将典がぶーたれる。
「今週はしたいなー。未知は、スイッチ入ると敏感なのに、淡白で困る。」
「だって、まだ慣れないんだもん。痛いし・・・。」
そうなのだ。将典とのセックスは、まだ苦痛を伴う。気持ちいいばかりではないから、躊躇してしまう。将典は、回数こなさないとと言うが、体が逃げてしまう。手をつないで眠ったりするのは好きだけれど。キスは好きだけれど・・・。
思っていると、将典が、欲しそうな顔してる、とキスをしてきた。迎え入れて、舌を絡ませる。ちゅく、と音がして、恥ずかしくなる。
「足りないなー。したいなー。あ、ねぇじゃぁさ指まで!ね?」
将典はまるで子供のようなねだり方をする。
「うー・・・。じゃぁ、トイレ行ってくる。」
えっちなことをする前に、アレをするのはもうお決まりになっていた。最初に買った十個など、とうに使い終わっている。
しばらくトイレに籠って、戻ってくると、寝室のエアコンはさらに低めになっていた。準備万端、と将典がローションを持って待っている。
「しよ?」
「・・・うん。」
ベッドに上がるのは、いつも少し緊張した。
将典が脱ぐから、慌ててシャツとハーフパンツを脱ぐ。下着に手を掛けると、将典が脱がせに来た。
「あっ。わぁー。」
するん、と脱がされてしまい、思わず股間を隠す。
「可愛い。もうちょっと反応してるね。やっぱり未知だってしたいんじゃない。」
あんまりな言われ様に、開いた口がふさがらず、パクパクしてしまう。
「将典さんほどじゃないよー。」
「こんなに可愛い未知を隣に置いて、えっちなことしないなんて無理です。」
ほらおいで、と横たえられる。その横に、ぴったりと密着し、将典は猛った自身を自分のペニスに擦りつけてきた。そこにローションを垂らす。
「つめた・・・。」
「すぐよくなるよ。」
将典が、大きな手のひらで、二つ同時に握って、しごき始める。あっという間にかたく立ち上がった。擦り合わされるこれが実は、たまらなく好きで、それはもう、将典にも知られていて・・・。
「気持ちいい・・・きもちいいよぉ・・・。」
泣き声を漏らすと、将典は後ろもしてあげようね、とローションを手に取った。
「仰向けになって。」
言われるまま、仰向けになると、ペニスがぴたんと腹にくっつき、肌の間でキラキラと糸を引いた。いたたまれなくて目をそらすと、将典が秘部に指を這わせる。ぬるっとローションを塗り込むと、そろりと指を差し入れた。
「んぅー・・・。」
この、指が入ってくる感じがたまらない。これくらいなら痛みもないし、むしろ快感の方が勝る。くちくちといじられて、少しだけ深くしたそこにある前立腺を、擦られると、気持ちがよくて腰が揺れた。すると、将典の指が二本に増える。圧迫感はあるものの、中を擦られるのはこの方が好きだった。
「気持ちいい・・・。」
「未知はいい子だね。もっと気持ちいいって言ってごらん。もっともっと良くなるから。」
言いながら、将典は薬指も入れた。
「んんんっ!やだ・・・増やさないで。」
「裂けたりしないから大丈夫だよ。慣れて?」
将典は抜く気配もなく、身をかがめるとペニスに口づけ、手を使わずに器用に口に収めた。じゅぷじゅぷと音を立てて、唇でしごかれる。
「あっあぁぁっ!だめー・・・そんなにしたらでちゃう!指、やだぁ。抜いて!ぬいてよぉ・・・。」
自分で食い締めているのは分かるが、三本の指が痛くてたまらない。将典は分かっていて指をバラバラに動かした。
「ひっ!あぁ、あ。でる!でるぅ!まさのりさん、まさのりさん!あぁぁぁぁっ。」
指の刺激と、口の愛撫がたまらなくて、あっさりと高みに追い上げられた。そのまま射精する。ぴくぴく、とペニスが痙攣する。将典が、雫を吸い取って、飲み下した。
「未知、イクときに名前呼んでくれるの最高に可愛い。
もう大好き!」
無意識とはいえ、恥ずかしくて、耳まで染まる。俯くと、将典の股間が主張していた。
「舐める?」
「ローションが美味しくないけど。」
舐めてほしいなぁ。と首を傾げられて、将典の前に跪いた。
ペロ、と舐めると、先走りのしょっぱさと、ローションの甘さが口に広がる。ローションのぬめりを使って、両手で捧げ持つように愛撫しながら、先端に舌を這わせる。痛そう、と思うのに、将典は尿道口を舌で弄られるのがとりわけ好きなようで。そこに舌を差し込むと、息をつめてその快感を楽しむ。腿の筋肉が収縮し、何かを堪えているような息遣いを見せ始めると、もう絶頂が近い。
僕のこと、敏感だって言うけど・・・将典さんもそうだよね。
思いながら、一生懸命舌を動かす。
「未知・・・イキそう。」
コクコクと頷いて見せる。口に出していいよ、と将典のペニスをちゅうっと吸った。裏の筋の部分に舌先を当てるようににして、すりすりと動かす。すると、将典が息を止めた。
「ん・・・ぅっ。」
どぷ、とぷ、と口に吐き出される。それを、迷いなく飲んだ。
大人は、射精の時に叫んだりしないのかな。僕はいつも声出ちゃうけど・・・。堪えてる感じが壮絶に色っぽくて、大好きだった。
よしよしと頭を撫でられる。
「未知、俺の好きなところすっかり覚えてくれたから、イかされるのがどんどん早くなる気がする。」
「もっと楽しみたい?」
「ものすごく気持ちいいって言ってるの。」
「ふふふ。」
気持ちいいって言ってもらえると、嬉しい。まだ、口の中が変な味だが、キスがしたくなる。
「将典さん、キスしたらやだ?」
「未知だって、未知の味知りたい?」
う・・・。忘れてた。
「歯磨き、する?」
「・・・うん。」
ミント味のキスは、普通のキスよりも、もっと好きだった。二人、歯磨きをして、寝室までを待てずに、洗面所でキスをする。舌を絡め合うと、少しひんやりとした。
「気持ちいい。」
「未知はほんとにキスが好きだね。」
「将典さんがすることはたいがい好きです。」
「でもまだ、セックスは苦手だよね。」
「痛いんだもん。」
「俺の大きさは変えてあげられないから、未知のが柔らかく慣れるしかないなぁ。」
もっと豆にしないと。と将典が笑う。それにつられながら、あふーっとあくびをすると、寝ようか、と手を引かれた。
寝室に上がりながら、将典の手の温かさにうっとりする。
エアコンの効いた寝室で、じゃれ合うのが楽しかった。
翡翠の宝石言葉には、幸福、とあるらしい。
このまま、ずっと幸せが続きますように。
胸で揺れる翡翠のペンダントに祈りを込めた。
END
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自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

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