翡翠堂の店主

結城 鈴

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 さすがに、仕事中にブレスレットはつけられないので。もらった小箱に入れて、店のカウンターの引き出しに入れた。こんな店、まさか強盗は来ないだろうが、釣銭を入れてあるカウンターに一緒に入れておくのは不用心かと思い、隠し場所を思案する。結局、二階の、使っていない方の和室を覗き、祖母の鏡台に入れることにした。引き出しには、本物なのか偽物なのか、色とりどりのブローチが並んでいる。集めていたのだろうか。中には翡翠らしき石もあった。親指の先ほどの楕円形の石だ。遺産として分けなかったところを見ると、イミテーションなのだろうか。それとも見落としたのだろうか。どちらにせよ、半年後には、分けるなり捨てられるなりしてしまうわけで。それならばこの翡翠、作り直して指輪にできないだろうか。この家と同じで、鑑定は必要そうだったが。あとで、将典に相談してみよう。
祖母は、翡翠が好きだったようで、ブローチのほかに、指輪やペンダントもあった。どれも、きれいな細工のものだ。
「屋号につけるくらいだもん、好きだったよね。」
故人の遺物を眺めて思う。
でももう、翡翠堂はきっとなくなる。お付き合いを、正式にOKして、半年後にはお嫁さんになると約束してしまった。それはつまり、半年後には、二人で暮らすことを考えると言うことだ。今みたいな、中途半端なお泊りではなくて。それで、きっと、その頃には体もすべて明け渡しているだろう。
少し怖いが、将典は優しかったし、身を任せてもいいかと思い始めていた。
求められれば・・・だけど。
初めから、多分に性的な目で見ていると言っていた将典だ。また今度がいつなのかわからないが、きっと近いうちに誘われるのだろう。できることなら、痛みは経験したくないが、痛みを伴ってでも、将典と繋がりたいような気もしていた。
体繋ぐって大事、って言ってたし。
階下で、鳩が十一時を知らせる。
慌てて店に降りた。

 七時半過ぎ。ミントグリーンの傘を持って、将典がやってきたので、祖母の遺品を見せた。
「あー・・・確かにこれは翡翠っぽいね。宝石屋さんで、鑑定してもらおうか。もらっちゃっていいのかな?」
「・・・そこは内緒で。たぶん、これの存在は、父も、父の兄妹も知らないんだと思います。」
父はともかく、お彼岸に、墓参りにも来ないような人たちだ。一つくらいなくなっても誰も気に留めないだろう。
「着物やなんかも古いし、防虫剤入れてるだけで、手入れはしていないし・・・。ここを壊すときに、処分するんじゃないかな。」
「もったいないけど、仕方ないね。じゃぁこれ一つくすねて、指輪にできるか相談してみようか。どんな感じのリングにしたい?」
未知が決めていいよ、と将典が微笑む。
「あ、じゃぁ。・・・プラチナか何かで、シンプルなのがいいです。裏側に、文字とか刻んでもらって、石も裏側で。」
将典は、いいね、と頷くと鞄から名刺入れを取り出した。パラパラとめくって、目当てを見つけた様だった。
「以前仕事で、ジュエリーデザイナーの工房とショップをやったことがあって。その時の人なら、イメージ通りに作ってくれそう。まかせてもいいかな?」
「はい。」
ブレスレットは貰ってしまったが、指輪は、半額出したいと思っていた。
「じゃぁまずは見積もりだね。」
「ですね。オーダーっていくらくらいするんでしょう?」
見当もつかない。将典は、そのための見積もりでしょ、と笑った。
「それよりお腹すいちゃった。ご飯どうしようか?」
「今日は、パスタならすぐできますよ。ボンゴレビアンコ食べられますか?」
「アサリ大好き。」
「魚屋さんに寄ったら、砂抜きしてあるのが安く売ってて。」
「じゃぁ、それで。あ、ビールちょうだい。」
はいはいと、返事をしつつ、台所に降りる。将典のために買ってある、プレミアムモルツと、豆腐を出す。
「将典さん、冷ややっこでいいですか?」
「うん、ありがとう。」
将典は、翡翠をハンカチに包んで降りてきた。
「それ、お任せしますね。」
「あれ?あとで工房に一緒に行くんじゃないの?」
「あ、じゃぁ日曜日ですか?もう、日曜定休日にしようかと思ってます。」
言うと、将典はあははと笑った。
「土曜の午後に泊まりに来るよ。」
そんな将典に、ドキリとする。
お盆に、ビールとグラスと冷ややっこを乗せると、将典はそれを座卓の方に持っていき、お疲れさまーと飲み始めた。
「僕も飲みながらやろうかな?」
冷蔵庫には、度数低めの、ピーチカクテルが入っていた。パスタ用のお湯を沸かしながら、缶を取り出し、グラスに注ぐ。
一口してみると、やたらと甘かった。唸っていると、将典がやってくる。
「どうしたの?」
「僕が買ったやつ、甘すぎでした。」
どれ、と顔を寄せられる。ぺろ、と唇を舐められた。そのまま、口づけは深くなってゆく。将典が飲んでいるビールの香りと苦みが、甘いピーチと混ざり合った。
「あま・・・。」
将典が、気が済んだとでもいうように口を放す。
「もう、味見ならこっち飲んでくださいよ。」
缶の方に視線をやると、ごめん、ごちそうさま、と将典は座卓の方へと戻っていった。

 ボンゴレを食べ終えると、将典はまた明日ね、と帰っていった。今日も、見送りは店先まで。それでも、見えなくなるまでを見送った。
そういえば、話したくない話・・・聞かなくてよかったのかな・・・。
胸の隅っこに引っかかっている。将典が、話したくないと言うのは、今までなかったからだ。
聞いておいた方がいい話のような気がするんだよね・・・。
最初は、駅までを送らせないのは、噴水のせいだと思っていた。でも、将典の警戒の仕方は何かおかしい。過剰すぎる気がするのだ。まるで、何かに怯えているような・・・。
なんだろう?この違和感・・・。

 その週の金曜日。アウルに飲みに行った帰りだった。今日は、マスターもカウンターに立っていて、どうやら風邪は治ったらしかった。
唐突に、将典がカーディガンの袖をチョンと引っ張った。
「なに?」
「後ろ振り向かないで、少し早歩きしてみて。」
「えっ?」
なんだろうと思いつつ、歩幅を合わせる。しばらく歩いて気付いた。後ろから、複数の足音がついてくる。
「あの・・・もしかして?」
つけられてる?
男二人をつけて、何かメリットがあるとは思えないが、でも、足音は付いてきている気がする。よく聞くと二人分・・・だろうか。翡翠堂が見えたところで、将典が足を緩めた。
「未知は先に行って。俺はちょっと様子見てくる。」
「将典さん、危ないよ。一緒に帰りましょう?」
が、将典は立ち止まった。行って、と鋭く言われ、将典を置いて翡翠堂に走る。が、やはり置いてはいけなくて、軒先から、将典をうかがった。
やがて、足音の主が、街灯に浮かび上がった。あれ?どこかで見たような・・・。
「ケンゴさん!?」
将典が声を上げる。
あぁそうだ。ケンゴさん。今日はカウンターに立っていなかったはず。しかも私服だ。もう一人は、見たことのない顔だったが、身長は自分と同じくらいの、男性だった。
「酷いなぁ。樺山さん、殴る気満々だったでしょう?」
と、ケンゴがため息する。
「いや、どちらかと言うと、蹴る気満々と言うか・・・。どうしたんですか?」
「ほらこれ。ミチ君のじゃない?トイレに忘れ物。」
「あっ。」
思わず声を出してしまう。
「未知、隠れなくていいから出ておいで。」
将典に呼ばれて、三人の元に小走りで近づく。
「ハンカチ。わざわざ届けに来てくれたんですか?」
「うん。君の後にトイレに入って、すぐに追いかけたんだけど、気が付かなかったみたいで。」
「で、どうして蹴る気満々だったんですか?」
と、もう一人が言った。見た感じ、自分より若そうだと思った。
「あ、ミチ君。こっちはオレのパートナー。よろしくね。」
「花田未知です。」
「タカミです。よろしく。で、樺山さん?」
タカミが、将典に問いかける。将典は、ちら、とこちらを見ると、深くため息をついた。
「ホモ狩りかと思っちゃって。」
「え?」
聞き返すと、将典はまたため息をついた。
「未知、ここじゃなんだから、お店あけてくれる?」
言われて、シャッターを開け、勝手口から入って、ガラス戸を開けた。
「へぇー。ここがミチ君のお店?」
ケンゴがあたりを見回す。
「あの、どうぞ。」
こんな時間にシャッターを開けるのは初めてで、ドキドキした。それにしても、将典はいったいどうしたのだろう。
口を開くのを待っていると、将典はテーブルについた。その向かいに、タカミとケンゴが座ったので、空いた将典の隣に座った。
「あのね・・・今はあんまり聞かなくなったけど・・・。昔、ホモ狩りが流行った時期があって・・・。その頃、たまたま一人で帰した、俺の元彼が被害者になったの。複数の相手にボコボコにされて・・・。犯人は今もつかまってなくて。後遺症で、今も左目はほとんど見えていないらしい。」
元・・・彼・・・?
「当時彼は、システムエンジニアをしてて、片目だとしんどかったんだろうね。体調崩して、仕事も失って・・・。俺が、一人で帰したから。」
そんなの、運が悪かっただけじゃ・・・。
将典の表情から、そうは思っていないことが伺えた。元彼のことは、自分のせいだと思っている。
だから、あんなに危ないよって・・・。
「もちろん彼も、俺を責めたりはしなかったけど・・・。うまくいかなくなって、別れたんだ。それで、今度は同じ失敗したくなくて。未知には少し窮屈な思いさせてる。」
話を聞き終わって、将典があの時、話したくないと言ったことは、これだと確信した。
大丈夫とも、駄目とも言えなかった。体には全く自信がなかったから。
「なるほどねぇ。それで蹴りをね・・・。ミチ君、彼、昔キックボクシングやってたから。何かの時は守ってもらうんだよ?」
ケンゴが神妙な顔をして言う。
「・・・はい。」
頷くと、タカミがいいなー強い彼、と横から口を挟んだ。
「ケンゴさんじゃ返り討ちに会いそう。」
「確かに。まぁ、この辺は比較的治安はいい方だよ。」
ケンゴがふわりと笑った。緊張感が少し和らぐ。
「それでも、やっぱり心配で。男の子にこんなこと言うのはどうかと思うけど、未知は線が細いから。きれいな顔立ちだし、レイプなんてされたらと思うと・・・。」
「将典さん・・・。」
将典にとっては、「考えすぎ」なことではないのだろう。心配してもしきれない。だから必ず家まで送っていてくれたのだと、今更ながら思う。
「ミチ君に関しては、樺山さんのスタンスが正しいかもね。本当に、何かあってからじゃおそいから。」
ケンゴが肯定すると、将典が伏し目がちだった目を上げた。
「未知のことは、俺が守ってあげたいの。未知、嫌じゃないよね?」
「嫌っていうか・・・。今日ちょっと怖かったし、ケンゴさんたちだったけど・・・。よろしくお願いします。」
ぺこ、と頭を下げて見せる。すると将典の表情が明るくなった。
「未知だって、男の子だから、面と向かって守らせて、ってなかなか言い出しにくくて。ケンゴさんにいいきっかけいただきました。」
将典が、ケンゴに頭を下げる。
「ごめんね。。怖い思いさせちゃって。」
と、ケンゴが苦笑する。じゃぁ、俺らそれ返しに来ただけだから、とハンカチを指して、タカミが席を立つ。
「将典さんも、終電・・・。」
「あぁ。駅までケンゴさんたちと行くよ。未知は、戸締りしかりして寝るように。」
「はい。」
返事に満足したのか、将典は鞄を片手に帰っていった。
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