期限付きの猫

結城 鈴

文字の大きさ
上 下
21 / 30

21

しおりを挟む
 日曜日。ブランチを食べてから、アトリエに来ていた。ガラス絵具の乾き具合を見て、色を入れようということになったのだ。どうやら、おやつの時間まではそれにかかりきりになりそうだと思った。
作業は嫌いじゃないけど・・・。
孝利が、自身の作業に集中していて、あまりかまってくれなくなるのが淋しかった。
案の定、孝利は机に向かっている。ガラスを切る音が響いてくると、話しかけにくくて、しかたなく自分の作業をすることにした。
 そろそろ、ケーキ屋さん寄ろうか、と孝利が言い出したのは、二時半を少し回ったあたりだったろうか。
「はい。」
「どう?そっち。」
そっち、とは、孝利が用意した蝋燭の図案のことだ。まぁまぁうまくできていると思う。こんな感じです、と見せると、いいね、と返された。
「タマ、センスいいじゃない。その色遣いは俺にはできないな。」
「そうですか?・・・孝利さんは何を作っているんですか?」
「まだ内緒。」
孝利が、楽しそうに笑うので、つられて笑っていた。
「あ、じゃぁケーキ屋さん行きますか。」
「うん。今日はプリンが食べたくて。」
「いいですね。プリン。美味しいですか?」
もちろん、と孝利が帰り支度を始める。自分の持ち物はないから、コートを羽織るくらいだ。
「そういえば、同窓会の返事出しました?」
「・・・あぁ。うん。」
露骨に肩を落とす孝利。
行きたかったのかな。でも、仕事なら仕方ないよね。
「・・・プリン楽しみだなぁ。」
「気を使っちゃって。タマは可愛いな。」
プリン食べて元気出そう。そう言って、アトリエを後にした。
 ケーキ屋は、いつも繁盛している。たいがいは若い女性客で、自分はもう、たぶん常連。ほぼ毎日、何かしらのケーキを買っていた。今日は、ガラスの瓶に入ったプリン。見るからに美味しそうなそれを、二個ずつ買って、帰宅する。
「今日は紅茶にしましょうか。」
「そうだね。」
午後三時のお茶会が、待ち遠しくて仕方ない。お腹を空かせている孝利は、もっと楽しみだろう。ウキウキしながら家へと帰った。
お茶の支度をしながら、プリンをテーブルに出す。厚みのあるガラスの瓶は、食べ終わったら洗ってお店に返すと、次回プリンを買うときの割引チケットと交換になるそうで。それもまた楽しみなのだと孝利は言った。
「紅茶何?」
「オレンジペコです。あんまり香りが強いと、プリンの邪魔になるかと思って。」
「いいね。タマは、そういうのもセンスいいね。一緒にいて楽しいし、すごく楽。今までこんな相手いなかったな。」
「今までって、女性・・・ですよね?」
「うん。・・・そう。」
失言だと思ったのか、孝利が言い淀む。
「気にしませんよ。それより、どんな女性と合わなかったんですか?」
「体重をやたら気にする人かな。お茶に誘っても、一緒に食べてくれなかったり。俺にとっての食事だってことを理解してくれなかったり。」
「まぁ・・・少し不健康かなって思いますけど、楽しい気持ち優先ですよね。食事も。仕事も。」
タマは、理解してくれて、サポートしてくれるから、好き、と俯きがちに孝利が言った。
好き、かぁ。
こうしている間にも、どんどん期限までのカウントダウンは進んでいる。
「結局、お父さんには何も言えなかったしなぁ。」
「あぁ。期限?どうするのがいいんだろうね。俺は正直に話すのがいいと思うけど・・・その前に既成事実は作りたいな。」
「なんですかそれ?」
「セックスしたいって言ってるの。」
孝利が、少し強めにそう言った。けれど、昨日のおもちゃのアレで、お尻は少し変な感じだし、大丈夫なのかなとも思う。
でも、もう二回もおあずけさせてるし・・・。いつまでもマテのままいるとも思わない。
覚悟、決めないとなぁ・・・。
あのおもちゃをまた使われるくらいなら、本番の方がいいと思うのも確かだった。刺激が強すぎるのだ。
「何か考えてる?・・・お湯、沸いたよ?」
「あ、はい。お茶入れますね。」
プリンをマテさせていたことを思い出し、慌ててキッチンに行く。お湯をティーポットに注ぎ・・・
「っ!」
「タマ?」
「あ、何でもないです。ちょっとお湯かかっちゃって。」
左手の人差し指がうっすらと赤くなっていた。
「火傷したの?冷やさないと。」
「あ、そんな大したことないです。」
「いいから。」
孝利に連れられて、シンクで指を冷やす。その間に、保冷剤を用意してくれる。
「お茶は俺がするから座ってて。」
「ごめんなさい。」
謝ると、孝利はまた、いいから、とお茶を淹れ始めた。
座っていると、いい香りのお茶が運ばれてくる。お揃いのマグカップに、オレンジペコ。プリンのスプーンも出してもらい、至れり尽くせりだ。
「孝利さんって、本当は世話好きなんですね。」
「うん?そうかな。まぁ、嫌いじゃないよ。」
新しい一面を発見して、嬉しくなる。そういえば、えっちなことをする時も、自分の快感を優先してくれて、自身のことは後回しだ。
「あ、プリン美味しい。」
指を冷やすのもそこそこに、プリンを一口する。とろみのあるミルク多めのプリンだ。
「食べさせてあげようと思ったのに。」
孝利はやはり世話好きなようだった。アンにあまり近づかなかったのは、持病のせいだったのかもしれない。
だったらなおさら・・・僕がいなくなった後はどうするの?
薬は飲んでるって言ってたけど・・・。
心配で胸が痛くなる。
ずっと一緒にいらえたらいいのに。
「タマ?」
プリン食べないの?と孝利が首をかしげている。
「あ、ううん。美味しい。孝利さんは二個食べるの?」
「うん。お昼ご飯だからね。」
「僕もこれならペロッといっちゃいそう。」
「食べたらちゃんと冷やして。」
火傷はもう痛くないが、大人しく言うことを聞くことにする。
美味しそうに、プリンを口に運ぶ孝利を、ぼんやりと見つめた。

 
キャットタワーの配達が終わり、設置もしてもらうと、アンはよく運動するようになった。窓辺に置いたタワーには日が当たって温かそうだ。気になっていた体重も、増えなくなってきていた。餌も、普通のキャットフードにしたが、好き嫌いなく食べてくれている。今は、キャットタワーについたハンモックでの昼寝が定位置になっているようだった。
寒い日は床に降りてくるが。
「アンーたまには遊んでよ。」
タワーを買ってから、一人遊びで満足しているアンだ。あまり猫じゃらしにくいつかなくなっていた。少し淋しい。

ガラス絵具のステンドグラスを、何点か作り終え、ツリーを飾ると、もうクリスマスはすぐそこだった。孝利はチキンやケーキの予約も終え、準備に余念がない。あるとすれば、自分の孝利へのプレゼントがまだ決まっていないところだろうか。喉を冷やすのが良くないらしいので、マフラーにしようと思うのだが、なかなか良いものが見つからなかった。
孝利の方も、当日まで秘密、と教えてくれなかった。
 「タマ、今日は外で夕ご飯食べようか。」
「え?いいんですか?」
唐突なお誘いに、どうしたんだろう、と思ってしまう。
「タマも、たまには夕ご飯の支度の心配から解放されたいでしょう?」
「それはまぁ・・・。」
大したものも作れないし、後片付けは食洗機がしてくれるが。
「何か食べたいものある?」
「お肉食べたいです。」
「はは。素直だなぁ。」
焼肉?と思ったところで、煙は喘息に悪いかもしれないと思い直す。
「いいステーキハウス知ってるから、そこでいい?」
行きつけなんだったら、体に影響はないんだろう。頷いて見せた。
 ステーキハウスは、すごい所だった。
カウンター席に通されたのだが、目の前の鉄板で、肉以外に海鮮や、野菜なども焼いてくれ、しめは焼きおにぎりかチャーハンだそうで。
「俺は運転だから飲まないけど、お酒飲む?」
「いえ。いいです・・・。」
孝利が飲まないのに飲めるわけがない。
焼き物は、前菜の野菜やキノコから始まり、海老とホタテと牡蠣を焼いてもらい、それだけでも結構な量だったが、メインのお肉もすごかった。二人前だという肉の塊を軽く焼き色がつくまで焼いて、中はレア。これが、美味しかった。
「どう?お肉、食べたかったんでしょう?」
もぐもぐしながら頷く。飲み下して。
「美味しいです!こんな柔らかい肉食べたことない。」
孝利はクスクス笑うと、満足そうにノンアルコールの梅酒を傾けた。
「孝利さん、よくこんなお店知ってましたね。」
「君に食べさせたくて。そろそろいいものも知っておいた方がいいよ。」
そうかな。そうだろうか。
孝利と出会わなければ、きっと一生来ることのなかったはずの店だと思う。そして、知ることのなかった肉の味。
「現実世界に戻れる気がしない。」
「あはは。ここも現実だよ?」
「そうじゃなくて・・・。」
後、約五か月後の世界。自分の元居た場所。でも、それを今言うと、孝利の気分を害してしまうと思うから。
「なんでもないです。」
「ほら、俺の分も食べていいよ。いっぱい食べて大きくなりな。」
「これ以上大きくならないですよ。」
もう、身長は止まっている。横には太りたくないし。
「あぁでも美味しい!僕、牡蠣とかも苦手だったんですけど、食わず嫌いでした。」
「あー・・・それについては、その辺のスーパーのものは食べないことをお勧めするよ。」
「なんでですか?」
「物が全然違うから。」
ほえーと、間抜けなリアクションを取ってしまう。とりあえずは食べよう。
しめは、味噌の焼きおにぎりにしてもらった。
「お腹いっぱいです。」
「俺も。」
孝利が、席についたままカードで支払いを済ませたから、いくらのコースを頼んだかわからない。こんな豪華な夕食は初めてだった。
「さて、そろそろ帰らないとアンがすねますかね?」
「ホテルとってあるって言ったら、激怒するだろうね。」
「え?」
「この後、どう?」
「ほんとに?」
首をかしげる孝利に、このまま本番になだれ込むの?とは聞けず、聞き返してしまう。
「ふふ。冗談だよ。するなら家がいいな。」
あ。良かった。冗談か・・・。
「孝利さん、今夜ですか?」
「そのために、精のつくもの食べさせたんじゃない。」
そうだったのか。
じゃぁ、家に帰るまでに覚悟・・・しないといけないな。
「タマ、かわいい。無理にじゃないよ?」
「・・・最近、してなかったから、ちょっとしたい気持ちにはなりました。」
無理にじゃないという孝利に、そう返す。はちみつを断ってから、していないのだ。少し、溜めすぎている感はある。
孝利の、些細なしぐさにも、反応してしまう自分がいて、恥ずかしかったところだ。さっきも、フォークやナイフを使う手を、つい見てしまっていた。
「気付いてました?」
「うん?・・・手元見ていたのをかい?」
「はい。」
「うん。・・・えっちな顔してるなぁって見てた。」
食欲満たしたら、次は性欲だもんね。お風呂が先かな?と笑っている。
あぁ。入浴か!
そんなことを言い出す孝利に、酔ってるのかな、と思いつつ、家路についた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【続編】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...