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どうやら、自分の生活サイクルは、朝七時に起きて、掃除と洗濯と、簡単な朝食。十一時に孝利とブランチ、三時におやつ、六時に夕ご飯、八時入浴、十時就寝となりそうだった。
朝起きてキッチンに行くと、風呂上りに使ったグラスのほかに、カップ麺の残骸があった。孝利が食べたのだろう。
「そりゃそうか。三時まで起きてるんだもん。夜食作っておいた方がいいのかな。」
起きてきたら聞いてみよう。
起きてきたら、顔合わせるんだよね・・・。
昨夜のことは、なんだか夢心地で、よく覚えていない。半分のぼせてたのかも。いや、それより他人の手で抜かれた衝撃がすごくて?とにかく、あまりよく思い出せなかった。
アンのブラッシングをし、リビングに掃除機をかけて、モップもかける。アンの毛はルンバだけでは取り切れないようだった。というか、さすがダイソンというか。
アンの生活空間は、リビングで完結している。餌場に寝床、トイレ。全て、広いリビングに設置した。これで、孝利が入ってほしくないであろう、寝室や、仕事部屋にはいかないはず。もとより、ショップのケージで、一人寝起きには慣れているアンは、人恋しくなったりもしないようだった。これから、慣れてきたらわからないが。
自分はと言うと、家族と三人、昼間は四人で過ごしていたせいもあり、若干淋しい。特にこうして一人で起きている時間は淋しかった。
「はぁー・・・。」
あと半年かぁ。長いなぁ。
これからどんなことされちゃうんだろう。
というか・・・孝利はゲイなのだろうか。あんなことして。あんなことだけじゃない。いろんなものお揃いにして、まるで、自分が来るのを心待ちにしていたような。でも、会って話したのは、つい三日前のことで。木、金、の準備期間で、こんなに支度できるものだろうか。バスローブなんて、洗濯までしてあって・・・。
もしかして、他に以前使う予定の人がいたとか、使っていた人がいたとか・・・。
嫌な想像に、ため息をする。
もしそうだったら・・・その人の『身代わり』なんだろうか。
父はレンタルって言ったけど・・・。孝利はお買い上げしたかったみたいだし。
期間限定か・・・。
自分はゲイではないつもりだけど、孝利とするいろいろは、決して嫌ではなかった。間接キスも、ドキドキはするが、生理的に無理、という感じじゃない。それは孝利を性的に受け入れているということなんだろうか・・・。
それってなんかおかしい。
好きって言われたわけでもないのに。
十一時。孝利が起きてきた。コンタクトをする前らしく、しかし慣れた様子で洗面所に向かう。それを見送って、今日は卵焼き。インスタントのスープと、トースト。食べ終わったら片づけをして、買い物に出るつもり。孝利は、戻ってくると、キッチンでコーヒーを淹れ始めた。その隙に、テーブルに料理とは言えない程度の朝ごはんを並べる。
「タマ、おはよう。ありがとう。カフェオレ飲む?」
「おはようございます。いただきます。」
答えると、気をよくしたのか、今日は牛乳をレンジで温めて、そこに落としたてのコーヒーを注いだ。いい香り。部屋中がコーヒーの香りに包まれた。空気清浄機が唸りだす。
孝利が、カップを持って席につく。トーストを運んでから席についた。孝利は、今日はイチゴジャムを塗っていた。自分の分はマーガリン。
「あ、そうだ。夜食の作り置きっていりますか?」
「例えば?」
「おにぎりとか、サンドイッチとか。」
「うーん。夜中に、新商品のカップ麺食べるの、結構好きなんだよね。どうしようかな。ストックのない時だけ頼もうか。」
それで、この体型を維持しているのか。すごいな、と半ば呆れる。
「下がコンビニなのが悪いよね。カップ麺の入れ替わり激しいから。もちろん定番も食べるけどね。」
カップ麺について熱く語りながら、卵焼きに箸をつける。
「あぁ。卵焼きなんて久しぶりだな。美味しいよ。」
「ありがとうございます。」
卵とめんつゆを混ぜて焼いただけだが、孝利は気に入ったらしかった。
「・・・孝利さん。あの・・・昨夜のことなんですけど。あぁいうこと、他の人ともするんですか?」
「あぁいうこと?あぁお風呂で?まさか!あんなの、君が初めてだよ。男は君が初めてなんだ。加減がわからなくて・・・怖かったかい?」
怖かった?
「いえ・・・気持ちよかったです。」
後半ごにょごにょと濁す。
「良かった。嫌われたんじゃないかと思って、昨夜はなかなか寝付けなかったよ。」
それで少しだるそうなのか。
「嫌われたくないなら、あんなことしないでくださいよ。」
「どうして?気持ち良かったんなら、もっとしてあげたいよ?」
もっと?
「・・・もっとって、最終的にはどこまで?」
「男同士でいけるところまで。」
半年後にはなってるかな~と孝利は楽しそうだ。
「それって、セックス?」
「うん、そう。君次第だけど、夜の相手もしてほしくて。」
給料はずむよ、と孝利がうそぶく。
「お金でそういうことするのは・・・僕はちょっと・・・かなり嫌です。」
「じゃぁ、何だったらいいの?」
それは・・・。
「・・・恋愛感情とか・・・あるんなら。」
「俺が君を好きだったら、いいの?」
しばらく考えたが、頷いた。
「好きだよ。」
孝利は、はっきりとそう告げた。
「え?だって、会ってまだそんなに経ってないですよね?」
「君が気付いてなかっただけで、俺は窓越しに君を見ていたよ。可愛い子がいるなって。だから、君から話しかけてくれた時、本当はすごくうれしかったんだ。」
動揺して、仕事の話なんかしちゃったけどね、と照れくさそうに笑う。その笑顔が、なんとも可愛かった。
「君はどうなの?」
「え・・・?僕、ですか?」
答えを考える。事と次第によ
っては両思いだ。
「・・・キスくらいならできそう、かも。」
「あー。それ、もういただいちゃったよ。君がワインで酔いつぶれた晩に。寝てる君にね。」
あまりのショックに、頭が白くなる。
固まっていると、孝利が笑った。
「もしかして、初めてだったの?・・・じゃぁやり直さないといけないね。」
酔いつぶれたのは自分の責任として、やっぱり寝込みを襲われてたんじゃないか。信用して損した。なにがプライバシーは保証されるだよ。
「今度は少し濃厚なのしようか。」
孝利は、うれしそうにふふふと笑った。
「あの・・・ってことは、僕たち恋人関係になったんですか?」
孝利は、卵焼きを食べながら、まぁそうかな?と微笑んだ。
期間限定の、ハウスキーパーから、恋人になってしまった。
しかも、年上の男と!男だぞ!?と自問自答するが、孝利のことはなんだか嫌いになれなくて。というか、気持ちいいことをしてくれるのは、むしろ歓迎で。人の手でされるのがあんなにいいと思わなかったから・・・。
単純?現金?なんとでも・・・。
半年うまくやらなきゃならないなら、長いものには巻かれた方がいい。
そんなことを考えながら、トーストを食べ終えた。
恋人。恋人かぁ。
思いながら、買い物に来ていた。教えてもらった連絡通路を使って、駅地下のスーパーだ。さすがに日曜は人が多い。
今日の食材を買い込む。今日は、生姜焼きにしようかと考えていた。レシピを参考に、材料をメモしてきた。買うのは豚ロースと、生姜とレモン。他の調味料は孝利のキッチンにあった。おやつは、和菓子屋のクリーム大福を指定されていて、味にバリエーションのある詰め合わせを買った。それと、パン屋でトースト用のパン。
重いものはないが、両手がふさがったので帰ることにした。
エレベーターで孝利の家に帰る。いや、半年は自分の家でもあるのだが。荷物を運びこんで、冷蔵庫を整理していると、仕事部屋から孝利が出てきた。
「お帰り。大福あった?」
「ありました。詰め合わせで良かったですか?」
「うん。コーヒーと抹茶が美味しいよ。今日は緑茶にしようか。」
了解しました、とお湯を電気ケトルで沸かし始める。
「そのさぁ・・・了解しましたって、やめない?」
孝利が不満そうに鼻を鳴らす。
「え?」
「味気ないっていうか。もっと恋人っぽく、可愛くできない?」
お仕事モードをやめろってことかな?
「それ、敬語もダメですか?」
「うん!そうそれもダメ。」
「じゃぁ。孝利さん、お湯沸かすね。って、これくらいでどうですか?」
「うんうん。そんな感じ。お茶っ葉の場所わかるかい?」
「キッチンボードの開きですよね。確か急須もそこに・・・あ。」
困った。そう簡単にはいかないっぽい。
「難しい顔して。まぁいいよ。徐々にね。」
「孝利さんおいくつですか?」
「三十四。」
答えを聞いて、ますます難しいと思ってしまう。孝利の言動は、どちらかと言うと少し子供っぽかったが。
「タマは?」
「あ、僕は二十五です。」
「結構歳の差あるね。ねぇ、タマはさ、なんであのお店にいたの?」
なんでって・・・。
口をつぐむと、話したくない?と聞かれた。
「いろいろあって・・・。」
「ふーん?今の人生嫌?」
「今、ですか?」
今、は嫌じゃない。こうしてのんびり過ごすのも、悪くないかと思っている。彼女いない歴イコール年齢だったけど、彼女は欲しくなかったし、今は彼氏?がいるし。仕事があって、パートナーがいて、住むところがあって、お金にも困ってなくて。それって、充実してないだろうか。
「嫌じゃないですよ?」
「そうなの。俺の人生変わったから、君も占い師に会わせてあげようかと思ったんだけど。」
「あー・・・。間に合ってます。」
仕事用の名前を決めてくれたという占い師だろう。今の名前で、ここにたどり着いたのだとすれば、むしろ変わるのは怖かった。
「タマのままでいいの?」
「いいですよ。呼びにくいなら、ちゃんと名前で呼んでくれてもいいですけど。」
「健斗?」
「はい。」
「うーん。タマって可愛いよね。猫みたいで。」
「どっちでも気にしませんよ。」
気にしないの?と、孝利が驚愕の声を上げる。
「タマは少し・・・その、意地悪だったかなって思ってるのに。」
「あー最初はパワハラかなって思いました。」
笑って話すと、孝利がしょげる。
「そんな顔するくらいなら、名前で呼んでくださいよ。」
「ごめん。健斗。」
「はい。・・・なんて、タマでいいですよ?」
沸いたお湯で、煎茶を淹れる。支度が整ったところで、テーブルに大福を出した。お茶を、お盆にのせていくと、孝利が席につく。
「孝利さん何食べる?」
「取りあえず、普通の。」
普通の、あんこのクリーム大福を、お皿に取り分ける。
「僕はイチゴ食べていいですか?」
「うん。」
答えを待って、イチゴに手を付ける。
大福は十個入り。このおやつが、孝利にとっての昼ご飯だ。
「太りそう。」
言いながら、イチゴの大福にかぶりつく。あんこは、白餡にイチゴフレーバーが付いたものだった。それに生クリーム。
「朝ごはんは、何を食べてるの?」
その時間、まだ寝ている孝利が尋ねた。
「フルグラとか、コーンフレークとか、軽めに済ませてますよ。」
「太りたくないの?」
「三食おやつ付きなんて、ぜいたく過ぎる。」
そんなもんなの、と、孝利は大福をかじった。
「うん。美味しい。お茶も美味しいよ。」
こんなゆっくりとした時間を過ごして、一日一万円は高すぎる。その話もしないとな、と思っていた。
「あの、僕の給料の話なんですけど。」
「うん?」
「まず、言ってた支度金、あれいらないです。必要なものは、孝利さんが買ってくれたから。それから、日給も。」
「どうして?」
孝利が不思議そうな顔をする。
「だって、恋人・・・なんですよね?」
「・・・うん。君には、欲がないの?」
「ありますよ。食欲とか、睡眠欲とか・・・性欲とか。でも、あんまりお金には興味ないです。孝利さんは?」
「ないよりはあった方がいいな。君だって、最初はお金でつられたんでしょう?」
そうだったろうか?むしろつられたのは、父親だった気が。
「破格だから行って来いって、お父さんに追い出されたんですよ。」
「なんだ。そうなの。で、今は恋人になったからいてくれてるの?」
「そうですよ。・・・でも、半年、なんですよね。」
「・・・そうだね。」
孝利は、ふーっとため息をついた。
「アンが一才になるまでか。」
「あ、でもクリスマスと、お正月と、バレンタインと、ホワイトデーと、なんなら花見もきっと一緒に行けますよ!」
落ち込んでるようだったので、冬から春にかけての行事を羅列してみた。すると、孝利は、ふふと笑って、猫の日もね、とまたため息した。
「あぁそうだ。ちょっと、夜に行きたいところがあるんだけど、ご飯食べた後付き合ってくれないかな。」
いいですよ、と答えると、満足そうに、二つ目の大福に手を伸ばした。
朝起きてキッチンに行くと、風呂上りに使ったグラスのほかに、カップ麺の残骸があった。孝利が食べたのだろう。
「そりゃそうか。三時まで起きてるんだもん。夜食作っておいた方がいいのかな。」
起きてきたら聞いてみよう。
起きてきたら、顔合わせるんだよね・・・。
昨夜のことは、なんだか夢心地で、よく覚えていない。半分のぼせてたのかも。いや、それより他人の手で抜かれた衝撃がすごくて?とにかく、あまりよく思い出せなかった。
アンのブラッシングをし、リビングに掃除機をかけて、モップもかける。アンの毛はルンバだけでは取り切れないようだった。というか、さすがダイソンというか。
アンの生活空間は、リビングで完結している。餌場に寝床、トイレ。全て、広いリビングに設置した。これで、孝利が入ってほしくないであろう、寝室や、仕事部屋にはいかないはず。もとより、ショップのケージで、一人寝起きには慣れているアンは、人恋しくなったりもしないようだった。これから、慣れてきたらわからないが。
自分はと言うと、家族と三人、昼間は四人で過ごしていたせいもあり、若干淋しい。特にこうして一人で起きている時間は淋しかった。
「はぁー・・・。」
あと半年かぁ。長いなぁ。
これからどんなことされちゃうんだろう。
というか・・・孝利はゲイなのだろうか。あんなことして。あんなことだけじゃない。いろんなものお揃いにして、まるで、自分が来るのを心待ちにしていたような。でも、会って話したのは、つい三日前のことで。木、金、の準備期間で、こんなに支度できるものだろうか。バスローブなんて、洗濯までしてあって・・・。
もしかして、他に以前使う予定の人がいたとか、使っていた人がいたとか・・・。
嫌な想像に、ため息をする。
もしそうだったら・・・その人の『身代わり』なんだろうか。
父はレンタルって言ったけど・・・。孝利はお買い上げしたかったみたいだし。
期間限定か・・・。
自分はゲイではないつもりだけど、孝利とするいろいろは、決して嫌ではなかった。間接キスも、ドキドキはするが、生理的に無理、という感じじゃない。それは孝利を性的に受け入れているということなんだろうか・・・。
それってなんかおかしい。
好きって言われたわけでもないのに。
十一時。孝利が起きてきた。コンタクトをする前らしく、しかし慣れた様子で洗面所に向かう。それを見送って、今日は卵焼き。インスタントのスープと、トースト。食べ終わったら片づけをして、買い物に出るつもり。孝利は、戻ってくると、キッチンでコーヒーを淹れ始めた。その隙に、テーブルに料理とは言えない程度の朝ごはんを並べる。
「タマ、おはよう。ありがとう。カフェオレ飲む?」
「おはようございます。いただきます。」
答えると、気をよくしたのか、今日は牛乳をレンジで温めて、そこに落としたてのコーヒーを注いだ。いい香り。部屋中がコーヒーの香りに包まれた。空気清浄機が唸りだす。
孝利が、カップを持って席につく。トーストを運んでから席についた。孝利は、今日はイチゴジャムを塗っていた。自分の分はマーガリン。
「あ、そうだ。夜食の作り置きっていりますか?」
「例えば?」
「おにぎりとか、サンドイッチとか。」
「うーん。夜中に、新商品のカップ麺食べるの、結構好きなんだよね。どうしようかな。ストックのない時だけ頼もうか。」
それで、この体型を維持しているのか。すごいな、と半ば呆れる。
「下がコンビニなのが悪いよね。カップ麺の入れ替わり激しいから。もちろん定番も食べるけどね。」
カップ麺について熱く語りながら、卵焼きに箸をつける。
「あぁ。卵焼きなんて久しぶりだな。美味しいよ。」
「ありがとうございます。」
卵とめんつゆを混ぜて焼いただけだが、孝利は気に入ったらしかった。
「・・・孝利さん。あの・・・昨夜のことなんですけど。あぁいうこと、他の人ともするんですか?」
「あぁいうこと?あぁお風呂で?まさか!あんなの、君が初めてだよ。男は君が初めてなんだ。加減がわからなくて・・・怖かったかい?」
怖かった?
「いえ・・・気持ちよかったです。」
後半ごにょごにょと濁す。
「良かった。嫌われたんじゃないかと思って、昨夜はなかなか寝付けなかったよ。」
それで少しだるそうなのか。
「嫌われたくないなら、あんなことしないでくださいよ。」
「どうして?気持ち良かったんなら、もっとしてあげたいよ?」
もっと?
「・・・もっとって、最終的にはどこまで?」
「男同士でいけるところまで。」
半年後にはなってるかな~と孝利は楽しそうだ。
「それって、セックス?」
「うん、そう。君次第だけど、夜の相手もしてほしくて。」
給料はずむよ、と孝利がうそぶく。
「お金でそういうことするのは・・・僕はちょっと・・・かなり嫌です。」
「じゃぁ、何だったらいいの?」
それは・・・。
「・・・恋愛感情とか・・・あるんなら。」
「俺が君を好きだったら、いいの?」
しばらく考えたが、頷いた。
「好きだよ。」
孝利は、はっきりとそう告げた。
「え?だって、会ってまだそんなに経ってないですよね?」
「君が気付いてなかっただけで、俺は窓越しに君を見ていたよ。可愛い子がいるなって。だから、君から話しかけてくれた時、本当はすごくうれしかったんだ。」
動揺して、仕事の話なんかしちゃったけどね、と照れくさそうに笑う。その笑顔が、なんとも可愛かった。
「君はどうなの?」
「え・・・?僕、ですか?」
答えを考える。事と次第によ
っては両思いだ。
「・・・キスくらいならできそう、かも。」
「あー。それ、もういただいちゃったよ。君がワインで酔いつぶれた晩に。寝てる君にね。」
あまりのショックに、頭が白くなる。
固まっていると、孝利が笑った。
「もしかして、初めてだったの?・・・じゃぁやり直さないといけないね。」
酔いつぶれたのは自分の責任として、やっぱり寝込みを襲われてたんじゃないか。信用して損した。なにがプライバシーは保証されるだよ。
「今度は少し濃厚なのしようか。」
孝利は、うれしそうにふふふと笑った。
「あの・・・ってことは、僕たち恋人関係になったんですか?」
孝利は、卵焼きを食べながら、まぁそうかな?と微笑んだ。
期間限定の、ハウスキーパーから、恋人になってしまった。
しかも、年上の男と!男だぞ!?と自問自答するが、孝利のことはなんだか嫌いになれなくて。というか、気持ちいいことをしてくれるのは、むしろ歓迎で。人の手でされるのがあんなにいいと思わなかったから・・・。
単純?現金?なんとでも・・・。
半年うまくやらなきゃならないなら、長いものには巻かれた方がいい。
そんなことを考えながら、トーストを食べ終えた。
恋人。恋人かぁ。
思いながら、買い物に来ていた。教えてもらった連絡通路を使って、駅地下のスーパーだ。さすがに日曜は人が多い。
今日の食材を買い込む。今日は、生姜焼きにしようかと考えていた。レシピを参考に、材料をメモしてきた。買うのは豚ロースと、生姜とレモン。他の調味料は孝利のキッチンにあった。おやつは、和菓子屋のクリーム大福を指定されていて、味にバリエーションのある詰め合わせを買った。それと、パン屋でトースト用のパン。
重いものはないが、両手がふさがったので帰ることにした。
エレベーターで孝利の家に帰る。いや、半年は自分の家でもあるのだが。荷物を運びこんで、冷蔵庫を整理していると、仕事部屋から孝利が出てきた。
「お帰り。大福あった?」
「ありました。詰め合わせで良かったですか?」
「うん。コーヒーと抹茶が美味しいよ。今日は緑茶にしようか。」
了解しました、とお湯を電気ケトルで沸かし始める。
「そのさぁ・・・了解しましたって、やめない?」
孝利が不満そうに鼻を鳴らす。
「え?」
「味気ないっていうか。もっと恋人っぽく、可愛くできない?」
お仕事モードをやめろってことかな?
「それ、敬語もダメですか?」
「うん!そうそれもダメ。」
「じゃぁ。孝利さん、お湯沸かすね。って、これくらいでどうですか?」
「うんうん。そんな感じ。お茶っ葉の場所わかるかい?」
「キッチンボードの開きですよね。確か急須もそこに・・・あ。」
困った。そう簡単にはいかないっぽい。
「難しい顔して。まぁいいよ。徐々にね。」
「孝利さんおいくつですか?」
「三十四。」
答えを聞いて、ますます難しいと思ってしまう。孝利の言動は、どちらかと言うと少し子供っぽかったが。
「タマは?」
「あ、僕は二十五です。」
「結構歳の差あるね。ねぇ、タマはさ、なんであのお店にいたの?」
なんでって・・・。
口をつぐむと、話したくない?と聞かれた。
「いろいろあって・・・。」
「ふーん?今の人生嫌?」
「今、ですか?」
今、は嫌じゃない。こうしてのんびり過ごすのも、悪くないかと思っている。彼女いない歴イコール年齢だったけど、彼女は欲しくなかったし、今は彼氏?がいるし。仕事があって、パートナーがいて、住むところがあって、お金にも困ってなくて。それって、充実してないだろうか。
「嫌じゃないですよ?」
「そうなの。俺の人生変わったから、君も占い師に会わせてあげようかと思ったんだけど。」
「あー・・・。間に合ってます。」
仕事用の名前を決めてくれたという占い師だろう。今の名前で、ここにたどり着いたのだとすれば、むしろ変わるのは怖かった。
「タマのままでいいの?」
「いいですよ。呼びにくいなら、ちゃんと名前で呼んでくれてもいいですけど。」
「健斗?」
「はい。」
「うーん。タマって可愛いよね。猫みたいで。」
「どっちでも気にしませんよ。」
気にしないの?と、孝利が驚愕の声を上げる。
「タマは少し・・・その、意地悪だったかなって思ってるのに。」
「あー最初はパワハラかなって思いました。」
笑って話すと、孝利がしょげる。
「そんな顔するくらいなら、名前で呼んでくださいよ。」
「ごめん。健斗。」
「はい。・・・なんて、タマでいいですよ?」
沸いたお湯で、煎茶を淹れる。支度が整ったところで、テーブルに大福を出した。お茶を、お盆にのせていくと、孝利が席につく。
「孝利さん何食べる?」
「取りあえず、普通の。」
普通の、あんこのクリーム大福を、お皿に取り分ける。
「僕はイチゴ食べていいですか?」
「うん。」
答えを待って、イチゴに手を付ける。
大福は十個入り。このおやつが、孝利にとっての昼ご飯だ。
「太りそう。」
言いながら、イチゴの大福にかぶりつく。あんこは、白餡にイチゴフレーバーが付いたものだった。それに生クリーム。
「朝ごはんは、何を食べてるの?」
その時間、まだ寝ている孝利が尋ねた。
「フルグラとか、コーンフレークとか、軽めに済ませてますよ。」
「太りたくないの?」
「三食おやつ付きなんて、ぜいたく過ぎる。」
そんなもんなの、と、孝利は大福をかじった。
「うん。美味しい。お茶も美味しいよ。」
こんなゆっくりとした時間を過ごして、一日一万円は高すぎる。その話もしないとな、と思っていた。
「あの、僕の給料の話なんですけど。」
「うん?」
「まず、言ってた支度金、あれいらないです。必要なものは、孝利さんが買ってくれたから。それから、日給も。」
「どうして?」
孝利が不思議そうな顔をする。
「だって、恋人・・・なんですよね?」
「・・・うん。君には、欲がないの?」
「ありますよ。食欲とか、睡眠欲とか・・・性欲とか。でも、あんまりお金には興味ないです。孝利さんは?」
「ないよりはあった方がいいな。君だって、最初はお金でつられたんでしょう?」
そうだったろうか?むしろつられたのは、父親だった気が。
「破格だから行って来いって、お父さんに追い出されたんですよ。」
「なんだ。そうなの。で、今は恋人になったからいてくれてるの?」
「そうですよ。・・・でも、半年、なんですよね。」
「・・・そうだね。」
孝利は、ふーっとため息をついた。
「アンが一才になるまでか。」
「あ、でもクリスマスと、お正月と、バレンタインと、ホワイトデーと、なんなら花見もきっと一緒に行けますよ!」
落ち込んでるようだったので、冬から春にかけての行事を羅列してみた。すると、孝利は、ふふと笑って、猫の日もね、とまたため息した。
「あぁそうだ。ちょっと、夜に行きたいところがあるんだけど、ご飯食べた後付き合ってくれないかな。」
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