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火曜日。仕事に出かける一臣を玄関で見送って、朝食の洗い物と、洗濯を同時進行で片づける。一臣の今日のお茶は、以前具合が悪くなって医務室で休んだのだという女性社員からもらった、サクランボの香りがするお茶をアイスティーでボトルに入れた。その残りで一息つきながら、洗濯が終わるのを待っていると、スマホに着信があった。友成でなければ眼鏡屋だ。出てみると、やはり眼鏡が仕上がったという連絡だった。これから取りに行っても大丈夫だと言うので、午前中から出かけることにした。友成にメールを送る。『お昼ごろから宿題しない?』と。友成は、すぐに『OK』と返してきた。洗濯を干して、食堂が休みだから、お結びを作って、眼鏡の引換券を持って、自転車に乗る。梅雨が明けたせいで、日差しが肌に刺さった。日焼け止めは塗っているけれど、暑い。TシャツにUVカットのカーディガンをひっかけて、駅へと急ぐ。ギリギリで、入ってきた電車に乗り込み、数駅で途中下車。少しだけ歩いたところに、先週来た眼鏡屋があった。バッグの引換券を出しながら、自動ドアをくぐる。すると、女性の店員が出迎えてくれた。
「さっき電話をもらった早乙女です。」
引換券を渡しつつ、促されるままカウンターの椅子に座る。
「ご来店ありがとうございます。ただいまご用意いたしますね。」
女性の店員は、よろしかったらどうぞと、冷たい緑茶の紙コップをカウンターに置いた。
「いただきます。」
外が暑かったから美味しい。一口、口を付けたところで、男性の店員が、頼んだ眼鏡を持って現れた。
「いらっしゃいませ。暑いですね。・・・眼鏡の掛具合を調整しますので、こちらを向いていただいてよろしいですか?」
言われるまま、そちらに向き直る。店員は、恭しい手つきで眼鏡をそっとかけた。バランスを見て調整してゆく。
「瞳がレンズの中心になるように合わせていきますね。痛いところとか当たるところはないですか?」
「すみません。ちょっとよくわからないです。」
謝ると、初めてですものね、と微笑んだ。
「何かありましたら、調整は無料ですからいつでもお立ち寄りください。こちらがケースと眼鏡拭きになりますね。拭くときは、必ずレンズのふちをしっかり持って拭いてください。フレームがないので、すぐに歪んでしまいますから。」
店員は、一通りの手入れの仕方と、保証の期間の説明などをした。
「大丈夫ですか?」
「はい、たぶん。」
色々聞かされて、頭の中がごちゃついていたが、頷いた。
「細かい説明などは、リーフレットにありますから、帰宅されましたら目を通しておいてください。このままかけていかれますか?」
「あーはい。」
視界がクリアで気持ちがよかった。このまま友成に会うのは気恥ずかしいが、多少驚かせてみたい気持ちもあった。店員は、ケースと取扱説明書の入った紙袋を持って、自動ドアのところで待機していた。袋を受け取って、外に出る。冷房が効いていた分、やたらに暑く感じた。店員が見送るので、ペコリと会釈して、駅へと向かう。次の電車が来るまで、五分くらいだった。
それにしても、と思う。髪型を変えて、眼鏡をかけて、ちょっとしたイメチェンだ。
友成わかるかな?さすがにわかるか。
自問自答していると、あっという間に五分はたった。電車に乗ると、エアコンの涼しい風に包まれた。利用客はあまりいない昼時。また数駅で降りて乗り換えだ。
諏訪は・・・どう思うだろうか・・・。
ぼんやり窓の外を見ながら、一臣がモデルを快諾したのを複雑な気持ちで思い出していた。
友成は、先に学校についていた。
「すばる、メガネ!っていうか髪も!」
なに?夏休みデビュー?と友成がはしゃぐ。
「違うよ。必要に迫られて。頭痛もちなの、目のせいじゃないかって言われて。」
「佐伯さんに?」
うんそう。と頷いて見せる。
「髪は?」
「目にかかるから切った方がいいよって。」
佐伯さんが?と友成は繰り返した。頷くと、ふーんと眉をひそめた。
「えっ?なに?何か駄目?」
似合ってないだろうか?
「・・・なんかさぁ。そうやって何でも言うこと聞いちゃうの、ちょっと危なっかしい。」
自立しなよーと友成がため息する。そうだろうか。決めてくれるのは、楽でいいとすら感じている自分に気付いた。諏訪のことですら、だ。迷っていたけれど、決定打を出したのは一臣だった。自分はそれに従うことにしたのだ。
危ない?
示し合わせた食堂で、軽い昼食を取り、作業部屋へと向かいながら、友成が肩に触れる。びく、と反応する自分が恥ずかしかった。
「なに?まさか、宿題のモチーフまで決められてないよね?」
「まさか。」
笑ってごまかしたが、もっと重大なことを決められてしまっていた。
「静物三枚、石膏像が、男女二枚ずつ、自由課題三枚かー。
十枚キツイ。」
作業部屋につくと、友成がぼやきながらモチーフを見て回る。
「すばるは何にするかもう決めた?」
「男性胸像はマルスと、ブルータスにしようかなって。」
マルスは、ギリシャ名アレス。オリュンポスの軍神だ。ブルータスは、ミケランジェロの作。どちらも無難なモチーフだった。
「女性はニケかな。あとは、やりながら・・・。」
「あーオレもそれでいいかな。自由課題は同じの描いてもいいって言ってたし。」
友成は、作り物のリンゴを弄びながら振り返った。今日はほかにこの部屋を使う人はいないようだった。シーンと静まり返っている。
「じゃぁ、始めようか。」
備品のイーゼルに、スケッチブックを置いた。その前に、マルスを運んでくる。実寸大の石膏像ではなく、少し小ぶりに作られていて、一人でも運ぶのに苦労はしない。少し斜めになるように角度をつけて置いた。これなら、友成の方からは正面に見えるはずだ。さっと中心を取る。さて始めようかと、深呼吸した時だった。カラカラカラと軽い音を立てて、引き戸が開いた。扉の向こうは諏訪の部屋とつながっている。案の定、姿を見せたのは諏訪だった。
「桜井君・・・と、あれ?早乙女君?」
桜井、と友成を呼んで、こちらに向き直る。
「なんだか雰囲気変わったね。眼鏡なんてかけてた?」
「今日からです。」
先生こんにちはーと、友成がのんきに挨拶をする。
「今日から?目が悪かったの?」
「左右差があるのに気が付いて・・・すぐ頭痛になるから、絵に差し支えるかなって。」
諏訪は、そうだったの。気が付かなかったなと、ため息した。
「残念。かけてない方が好みだったな。髪も切っちゃったんだね。まぁ、髪はその方が似合ってるか。うん。」
あごに手をやって、何やら思案している。
「君たちこれから宿題のデッサン?」
「始めるところです。」
友成は元気だ。
「早乙女君、借りてもいいかな?」
諏訪は友成に向かって言った。
「え?何か用事ですか?」
「うん。ちょっと約束してることがあって、打ち合わせ。」
友成が不審そうにこちらを伺ってくる。
「ごめん友成、ちょっと行ってくる。」
「うん。」
先生の頼みじゃ断れないよな、と友成はバイバイとこちらに手を振って見せた。見送られて、先に歩いて行った諏訪の部屋へと足を踏み入れる。こちら側の扉から中に入るのは初めてだった。入るとすぐに、扉を閉めるように言われ、そっと引き戸を閉める。
「今日来るならメールくれても良かったのに。」
諏訪は、少し機嫌が悪そうだった。
「眼鏡を取りに行ったついでに待ち合わせたので。」
とは友成のことだ。
「そうなの。・・・モデルのことだけど、都合の悪い曜日とかはある?」
「終わる時間にもよりますけど、なるべく五時台の電車には乗りたいです。あと、金曜は無理かも。」
「そう。わかった。なるべく・・・そうだな一回二時間くらいで一週間くらい・・・七日ほど拘束させてもらっていい?」
私は朝型だから、できれば午前中がいいな、と付け足した。
それなら、午後は友成と宿題ができるし、悪くない条件のように思えた。
「わかりました。それでいいです。」
「あ、あと、服と下着はこちらで用意したものを身に着けてくれるかな。」
服?。しかし確か求められたのは裸だったはず。
疑問に思ったのは、顔に出たらしかった。
「あぁ。さすがに全裸を全体描くわけじゃないから。上半身だけ。腰から下は布を巻いてもらおうと思ってて、響くといけないから、下着はそれなりのを用意してあるんだ。」
訝しげな顔をしたのだと思う。諏訪は補足説明をくれた。
よかった。腰から下は描かないんだ。
ホッとしていると、諏訪が少し笑った。条件を飲んだことで、機嫌が少し戻ったらしい。
「君は素直だね。何かされると思わないの?」
内緒で付き合わない?
諏訪の言葉がリフレインする。
「でも、お断りしたはずですから。」
「内緒で。」
諏訪が笑う。
「なんて、無理か。君、顔に出過ぎるものね。彼氏にすぐばれちゃいそうだ。そうしたら私は職を失うかもしれないものね。」
描かせてもらえるだけ、よしとしなくちゃね。と諏訪は飲みかけのマグカップを手に取った。今日もコーヒーを飲んでいるようだった。
「じゃぁ、明日の午前中、九時で間に合うよね?」
一時限目が始まる時刻と同じだ。いつもの電車で間に合う。
「楽しみだな。二両目に乗ってきて?」
諏訪は、いつも乗っているのであろう車両を指定してきた。
「わかりました。」
頷くと、諏訪は満足したようにまた笑い、コーヒーを飲み干した。カップを置くと、机の引き出しから紙の袋を取り出す。
「じゃぁこれ、明日はいてきて。」
下着・・・かな?にしてはやけに小さい袋だけど・・・。
「着替えるところ、見たいけどさすがに嫌だよね?」
コクコクと頷いて見せた。
諏訪は、じゃぁよろしくね。宿題頑張って、と話を切り上げた。
いつものように、スーパーに寄って帰宅し、サンルームに干してある洗濯物をたたんでいた。ふと、自分の下着をたたみながら、諏訪に渡された紙袋のことを思い出した。確かポケットにいれていたはず。カサ、と紙袋を開けると、下着とは名ばかりの、ほとんど紐が出てきた。どこをどういう風にしてはいたらいいかもわからない。しばらく、あれこれ弄ってしまっていた。申し訳程度についた布。おそらくここが前で・・・お尻は隠すものがない。まさに紐。
これ、履いたまま電車に乗るの?
しかしながら、諏訪の前でこれに履き替えるのはもっと抵抗があった。しかたない。一度了承してしまったのだから。と自分を宥める。紐を袋に戻し、洗濯ものと一緒に、自室に運んだ。
今日の夕食は、レトルトのハンバーグ。一臣があんまり肉肉言うので買ってみた。味の心配はないが、問題は量だ。少し小ぶりなハンバーグは三個入り。自分は一つ食べて、後は一臣の皿にのせることにした。
六時半を回ったころ、一臣からメールが来た。『少し遅くなりそうです。』
急患かな?
今の時期、いつ熱中症の患者が出てもおかしくない。夏風邪も流行っているし。返信は簡素に『了解』とした。夕食の時間が遅くなりそうなので、冷蔵庫からアイスを取り出す。ミカンのアイスバーだ。最近はこれがお気に入りだった。とりあえず糖分を補給して、腹の虫を落ち着かせる。
早く帰ってこないかな。
炊き立てのご飯を食べてほしかったが、一臣の仕事上、こういうことはままあった。なぜか、定時近くに具合が悪いと医務室に駆け込んでくる社員がいるのだ。悪化する前に早退なりすればいいのに、とは学生の考え方だろうか。社会に出たら、ギリギリまで働かないといけないのだろうか。考えただけで憂鬱だ。本当に、一臣の言うように、在宅で仕事をして、主夫をしている方が自分には向いていると思う。頭痛もちで、いつ発作が起きるかわからない自分を、社会は受け入れてくれないように思う。理解のある会社もあるだろうが、一臣が言うには、中小企業にはちゃんとした医務室もないとか。
一臣はそこそこ大きな会社に勤めているのだった。以前、ドブに捨ててきたと言っていた給料も、二人で暮らして余裕で貯金ができる額。医者の肩書は、自分の生活も支えてくれていた。一臣は、すぐに藪だと卑下するが、できる限りのことはしていると思うし、それでいいと思う。専門医に割り振る前段階としては、役目を十分こなしているように思う。むしろ、それが難しいと思うのに。内科といえど、細分化すれば科はたくさんだ。どこに紹介すればいいのか見極めるのは、困難だと思う。それを、一人でやっているのだ。患者の数が圧倒的に少ないとはいえ、プレッシャーはかなりのものだと思う。
ストレスたまってそう。
だから肉なのかな?と冷蔵庫を見やった。
毎日、帰ってきても食事と風呂のほかは、ほとんど勉強に費やしてる。日曜も、行ける範囲の学会や講習会には参加していた。都内に住んでいてよかったと思う。一臣のやりたいことは、やれているように思った。
一臣が帰ってきたのは、八時半を少し過ぎたころだった。
翌朝、自室で紐と格闘する。何とかはけたものの、ものすごく心もとない。せめて、とこの季節には少々暑い、厚手のデニムを履いていくことにした。上はノースリーブにカーディガン。一臣が、白い肌が好きだというので、日焼け対策は欠かせなかった。とはいえ、自転車通学で、焼けないはずもなかったが。
電車の二両目。乗り込むと、諏訪はすぐにこちらを見つけたようで、おはよう、と声をかけてきた。耳元で、あれ、履いてきた?と問われる。耳まで真っ赤になりながら、はい、と小さく答えた。一駅ごとに込んでくる乗客。乗り換えれば、もっと混雑が予想された。乗り換えの駅につくと、やはり電車は混んでいる。ドア近くのバーにつかまって、外を見ていた時だった。腰のあたりに何か違和感。最初は、混んでいるから、何かあたったのだろうと思っていたが・・・。これは違う。もしかしなくとも痴漢だ。思わず俯いてやり過ごそうとしてしまう。そんな様子を見てか、諏訪が不審そうに首を傾げた。
「早乙女君?」
呼ばれて、少し目を上げ、視線で後ろを指す。諏訪はすぐに気が付いたらしく、自分をドアに寄せて立たせた。そしてすぐに、尻を触っていただろう男の手を掴む。
「今、この子を触ってましたよね?」
男は小さく舌打ちすると、強引に手を振りほどいて、人ごみの中に紛れていってしまった。
「大丈夫?真っ青。」
初めて?と諏訪が問うてくる。頷いて見せ、しかし頭の中は女の子じゃないのに、とぐるぐるし始めていた。男でも痴漢に遭うことは、知っていた。けれど、まさか自分がその被害者になるなんて。
「捕まえて、警察に突き出した方がよかった?」
諏訪は言うが、大事にしたくなかった。警察に説明するのも嫌だったし、何より時間が惜しい。痴漢に遭ったくらいで、諏訪の貴重な時間をつぶしたくなかった。
しかし、頭の中は・・・。
女の子だったら、女の子だったらどういう対応をしていただろうか。痴漢を捕まえる正当性を持ち出して、警察に突き出していた?いや自分はきっと、一駅だからと我慢したような気がする。結局、自分が男でも女でも、被害者になったとしても、何もすることができないのだ。
情けなくて、目じりに涙が浮かぶ。
それを見て取って、諏訪がハンカチを差し出してくれた。
「擦らないでね。赤くなっちゃうから。」
頷いて受け取る。
「泣くくらいなら我慢しなきゃよかったのに。」
諏訪の言うことはもっともだ。涙はしばらく止まってくれず、ダークグリーンのハンカチをしっとりと濡らした。目的の駅につき、逃げるように電車を降りる。自分にできることは、逃げることだけだった。悔しい。下着がアレなのもきっとわかってしまったはず。明日から、狙われたらどうしよう。考えていたことは、諏訪に伝わったようで、しばらく一緒に電車に乗るよ、と言ってくれた。ありがたい。けれど、自分は庇護されるべき女の子じゃない。男なのだ。成人間近の。頭の中が整理できずにいた。
また一つ、一臣に言えないことが増えてしまった。
電車で痴漢に遭って、涙が止まらなかったなどと、報告したくない。夏休みのスタートは、思いがけない始まりになってしまっていた。暗く淀んだ気持ち。それはまさに、去年命を絶とうとしていた時に似た、暗澹たるものだった。
「今日は、モデルやめておく?」
諏訪が優しい声音でそう言った。
諏訪の部屋で、インスタントのコーヒーを出してもらって、ようやく涙が落ち着いたところだった。
「顔・・・酷いですか?」
「それほどでもないよ。少し赤くなってる程度。」
良かった。それなら、泣いたことが一臣に知れることもないだろう。いっそ、モデルの仕事をしていれば、気がまぎれるかもしれない。
「先生が、この顔でいいなら・・・やらせてください。」
そう言うと、諏訪は少し困った顔をした。
「裸になれる?あんなことがあったのに。」
そう言われて考える。考えてみたけれど、諏訪は痴漢ではないし、正当な理由で裸にされるわけで、もし、そこに下心があったとしても、一度引き受けたことだった。あの下着姿も、丸見えというわけではなさそうだし。
「・・・大丈夫です。」
コーヒーカップを両手で挟んで答える。
好意から来るものだったとしても、諏訪の優しさに今は甘えたかった。一臣には、話したくなかったからだ。話さなければ、慰めもえられない。だから今は、事実を知る諏訪にしか、頼れなかった。
「そう?なら・・・それ、飲み終わったら始めようか。」
諏訪は、一足先に飲み終えたようで、机の下から、大きめの、持ち手が付いた紙袋を取り出した。中には、アイボリーの布が入っていた。かなり大きい。
「セミダブルのシーツだよ。腰から下はこれを巻いて隠してくれていいから。」
なるほどこれなら、下半身は隠せそうだ。
コーヒーを飲み終え、念のためにと、トイレに行っておくことにした。
「先生、あの、先にトイレ済ませてきます。」
コーヒーも飲んだし、利尿作用が心配だった。たしか、二時間動けないはず。諏訪はそれもわかっていたらしく、頷いたが、トイレ、我慢しなくていいから、と笑ってくれた。
廊下を少し行ったところに、学生用のトイレがある。夏休みで誰もいなかったが、下着が下着なので、個室に入った。用を足して、鏡を見る。目元は思ったよりも赤くなかった。これなら友成も誤魔化せそうだと思う。
部屋に戻ると、諏訪はイーゼルと椅子を出して待っていてくれた。
「さて、じゃぁ脱いでもらおうかな。」
やると言ったのだから仕方ないが、早速というか、容赦がないというか・・・。言われるまま、カーディガンを脱ぎ、その下も脱いで、上半身は裸になった。諏訪が見ているので、デニムが脱ぎづらかったが、それも何とか取り去った。急いでシーツを纏う。くるくると巻いて、椅子に座った。
「あの・・・これでいいですか?」
「うん。すこし、しわを直させてね。」
諏訪は、すぐに慣れるから、とシーツのしわを見目好く直していった。
「こんなもんかな。じゃぁ始めるね。」
諏訪がイーゼルの前に座る。スケッチブックに、鉛筆を滑らせるシャッシャッという音が、だんだん心地よくなってくる。
どんな風に見えているんだろう。
今の僕は、どんな風に・・・。
ぼんやりしていると、諏訪がページをめくった。
「少し、あごを上げてくれる?空を見てる感じで。」
注文に応じながら、目の端に入った時計を見やる。
なんだ。二時間なんてあっという間だな。
自分だって、描いているときはすぐに時間が過ぎる。きっと、絵が好きな人の二時間は、長い方ではない。諏訪も。
約束の時間は、すぐに来てしまった。
「お疲れ様。今日はもういいよ。服を着てかまわないよ。君、・・・これから桜井君とお昼?」
「今日は、食べてからくるそうです。」
もそもそと着替えながら答える。友成とは一時に約束していた。自分はおにぎりを持参している。
「私もお弁当。よかったらここで一緒にどう?コーヒーがいい?麦茶がいい?」
諏訪は立て続けに問いかけてきた。
「食堂、暑いよ。夏休みは利用者少ないから冷房はいらないんだ。ここなら涼しいし、冷蔵庫もあるから、毎日お弁当なら飲み物冷やしておけるよ。」
魅力的な提案をしてくる。食堂で、汗だくでおにぎりを食べるのは嫌だった。
「あ、じゃぁ。お邪魔します。」
おずおずと返事をすると、諏訪は満足そうに笑った。
「嬉しいな。早乙女君とお昼か。学校祭の準備なんかつまらないと思っていたけど、案外いいもんだね。」
毎年のことだろうに、諏訪はそう言った。そうだ。去年の展示。
「あの・・・ホームページで、去年の展示見ました。」
諏訪は、ちいさくそう?と首を傾げた。
「どう思った?」
「・・・僕もあんな風に描けたらいいなって。好きな感じで、とても綺麗だったから。」
つたない言葉で、感想を口にする。もっと語彙力があったならと悔やまれる。
「うん。・・・なんとなくわかる。君と私は似ているね。」
共感できる。と諏訪は遠い目をした。
「先生?」
その視線の先が気になって、つい聞いてしまっていた。
「昔ね・・・好きだった人に、君がよく似ていて。本当は、君が好きなんじゃなくて、その人が帰ってきてくれたような錯覚をしているんだと思う。・・・それでも、この一週間を楽しむつもりだけどね。」
諏訪が苦笑する。どう反応していいかわからなかった。
「好きなものがたいがい一緒で、描く絵も、なんとなく雰囲気が似ていて、好きな絵も同じ、共感できた。私はその人がとても好きだったんだ。・・・でも、ある日その人は別の人のものになってしまった。」
一臣と、充の関係を思い出していた。
「・・・今でも、ずっと好きなんですね。」
「わかってくれる?・・・ごめんね。そうなんだ。」
諏訪は、美大時代の思い出話を、昼休みの間にとつとつと語ってくれた。どんなに好きだったか。どんなに大切にしていたか。失ったとき、どんなに辛かったかを。聞きながら、一臣のことばかり考えていた。一臣は、きっと今でも、充のことが好きだろう。好きという言葉だけでは推し量れない愛情があったのだろう。結婚式の招待状が届いたとき、どんな気持ちだったか。到底、出席に丸を付けることなどできなかったのだと思う。それでも、折々送られてくる、写真入りの葉書。充の方が大人なのか子供なのか計りかねるが、きっと見ていてほしいのだ。大丈夫だ、ということを。一臣がいなくても、やっていけているのだということを。充もまた、一臣を大切に想っている。二人の間の絆に、割り込むことはできなかった。だからきっと。一臣から充への愛情の糸と、一臣から自分への糸は平行線。もしくは茜も。今はたぶん、その糸の一番太いのが、自分につながっているというだけ。けれど、その強さは、太さだけでは、見た目だけではわからなかった。
「君の彼氏はどんな人?」
諏訪が、思い出話に区切りをつけた。
「えっと・・・すごく年上で・・・優しい人です。」
「私と同じくらいかな?」
「先生よりは、若い・・・かな?」
疑問符で答えると、君、いくつに見えてるの!と諏訪が声をあげて笑った。つられて笑っていると、いつの間にか時計は一時少し前になっていた。
「先生そろそろ、桜井来ると思うので。」
タイミングよく、スマホにメールの着信音が鳴った。たぶん友成だ。電車を降りたらメールして、と言ってあった。
「ちょっとそこまで迎えに行ってきます。」
「うん。ありがとう。楽しかったよ。」
諏訪は、また明日ねと言うと、弁当箱をしまった。
そういえば、諏訪の弁当は手の込んだものだった。自身で作ったとは到底思えない。もしかして、愛妻弁当?
また明日も弁当だったら聞けばいいか。
そう思いながら、諏訪の部屋を後にした。
友成との宿題を済ませ、五時台の電車に乗る。下着はあのままだったから、痴漢が怖かった。幸いにも電車は空いている。すぐに降りられるように、ドアの近くに立った。
乗り換えて、電車が最寄り駅につく。自転車に乗ると朝もそうだったが、下着が妙なところに食い込んで変な感じがした。
明日は着替えの下着もって来よう。というか、学校のトイレで着替えよう・・・。
スーパーに寄るのが下着のせいではばかられ、今日は買い置きの冷凍餃子で済ませることにした。どこで誰が見ているかわからない不安感があった。スーパーに寄ると、高確率で榊に遭遇したりするのも、今日に限っては嫌だった。平日のこの時間は、その心配はなかったが。
帰宅すると、郵便受けからはみ出すほどの、大きめの封書が届いていた。あて名は一臣だ。また学会関係だろうか。少しでも多く参加して、各分野の医師たちと繋がっておくのは、大切なことだった。その封書を引っ張り出すと、その下に隠れるように、定型の白い封書が入っていた。差出人は、相澤充。
充さんだ・・・。
気になったが、どうすることもできない。そのほかに葉書サイズのダイレクトメールが二通入っていた。
ひとまとめにして、家へと入る。全部を一臣の部屋の机に置いて、サンルームに入った。除湿機のおかげで湿度は低いが、気温は高い。洗濯物を取り込むと、バスケットに入れて階下に降りた。それだけで、汗が滲む。リビングのソファーに置いて、エアコンを入れ、たたみ始める。
一通り済ませて、各所に配って回る。一臣のワイシャツはクローゼットに掛けた。自分の分は、とりあえず自室のベッドに放る。タオルを脱衣所にしまったついでに、風呂を洗って、夕食のスープを作って・・・。
わざと忙しくして、充からの手紙のことを考えないようにした。何かあれば、茜の時と同じく、一臣が話してくれるだろう。そう期待して、バスタブに洗剤を撒く。スポンジで磨きながら、しかしやっぱり封筒が気になる。
「駄目だなぁ・・・。」
いくらまだ好き、って言っても、一臣にとって昔の男じゃないか・・・。
今の相手は自分。そう言い聞かせていないと崩れてしまいそうだった。
夜、帰ってきた一臣は、シャワーを浴びるため、着替えを取りに自室に入る。その時に、机の上の手紙類に目を通すのが習慣だった。しばらくの時間をおいて、一臣が階下に降りてきた。手には下着とTシャツ、先日有名衣料品店で買ったステテコ。一臣はそのままシャワーに行ってしまった。
少しだけ、思いつめた顔をして。
夕食時、冷凍の餃子は思いの外よく焼けた。パリパリの羽根つきに仕上がった。スープは、買ってしばらく時間のたってしまったミニトマトをコンソメスープにしてみた。あとは、レタスのサラダ。
頭の中は、充からの手紙のことでいっぱいで、昼間痴漢に遭ったことなど忘れていた。今日はいろんなことがあったように思う。けれど、手紙の前にはどれも遠い昔のことに様に感じていた。
「すばる、初仕事どうだった?」
「えっ?あ、あぁ・・・モデル?」
うんそう。と一臣が頷く。
「うーん。あっという間に時間たっちゃって、よく覚えてないよ。先生の部屋エアコン効いてるから、裸だと少し寒かったけど。あ、お弁当先生の部屋で一緒に食べることになって。
一臣さんにも作ってあげたいなって。」
諏訪の弁当を思い出しながら答える。
「うーん。すばるの衛生管理を疑ってるわけじゃないけど、夏場のお弁当はちょっと怖いかな。医者が食中毒になったら大変だから・・もうしばらく社食でいいよ。少し涼しくなったらお願いしようかな。」
言われてみればその通りだった。諏訪の弁当も、冷蔵庫で管理していたみたいだったし。ウォーターサーバーすらない医務室では、冷蔵庫も望めないだろう。なら、作り立ての社食の方が安全だろうし、何より美味しそうだ。基本、医務室に一人の一臣にとっては、社食は社交の場かも知れないし。
「うん。わかった。」
「ごめんね?」
一臣が申し訳なさそうに箸を止めている。
「それにすばるは学生なんだし、一日に二食作ってもらってるだけでも、十分ありがたいんだよ。俺の食べるものの三分の二はすばるの作ったものなんだから、それでいいと思ってる。」
「うん。」
話したいことは、それじゃないのに、と、少しイライラし始めていた。
「・・・怒ってる?」
顔に出たらしい。
「お弁当の件は、わかったから・・・もういいの。それより・・・。」
手紙、と切り出した。
「あぁ。大きい封筒来てたでしょ?申し込んだ学会の資料と・・・充さんのは、その学会に行くから、久しぶりに会えそうだ、って。」
「会うの!?」
思わず大きい声が出てしまった。
「合間に少し顔を見るだけになると思うよ。」
「でも・・・。学会どこ?日曜日だよね?」
今は夏休みだ。多少遠くても、ついていけるかもしれない。
「今度のは浜松。充さん、今静岡に出向中なんだって。」
それで、茜と手紙の返事にタイムラグがあったのか。一臣は、知っている現住所で出しただろうから。きっと家の人が転送したに違いない。静岡だから、浜松の学会に出席できるというわけか。
「会う・・・よね?」
終わった後、食事くらい行くかもしれない。いや、充の方に時間の余裕があればだが。一臣はきっと、月曜を有給にしてでも、会いたいだろう。
しかし返ってきた返事は意外なものだった。
「挨拶くらいはするだろうけど・・・会いたいかって言われると微妙だな。・・・今はまだそんな気になれない・・・かな。」
充さんの方は、会いたいみたいだったけどね、と苦笑する。
「大丈夫だよ、すばる。必要以上に接触しないし、早く帰らないと月曜の仕事に差し支えるだろう?」
思わず口を開けてしまう。
「意外そうな顔をして。・・・そんなに心配だったの?」
「・・・うん。」
出向っていうくらいだから、単身赴任だろう。連れ込み放題だとかまで考えていた。
「信用ないのかな。」
「そうじゃないよ。でも、まだ好きなんでしょう?」
「言ったでしょ?パートナーができたって手紙出したって。」
すばるが一番大事だよ。とまた苦笑する。
「うん。」
ここで、でも、って言ったらだめだ。そんな気がして口をつぐんだ。
「ほら、食べちゃわないと。片付けして少しゆっくりしよう?手伝うから。」
一臣が言う。
でも、本当にそれでいいのかな・・・。
もくもくと餃子にかぶりつく一臣に、そっとため息した。
ゆっくりしようと言った一臣は、金曜でもないのに一緒に風呂に入り、寝室に入れてくれた。二人で寝そべっても広いベッド。薄いダウンケットにくるまって、一臣に髪を梳かれていた。
「すばる、不安なんだったら、今日はここで寝る?」
「いいの?」
一臣の申し出に、疑問符で返す。金曜の夜だけ、と約束していたはずだ。
「えっちなことはしないけど、それなりにスキンシップは取れるし、君には必要でしょう?」
コク、と頷く。エアコンをドライで入れていて、少し寒いくらいの寝室。一臣の体温が心地よかった。
「浜松、僕も行っちゃ駄目?」
「あー夏休みだもんね。でも、相手してる時間取れないよ?」
一臣は遊びに行くわけではない。とんぼ返りになるはずだ。
下手すると、食事も新幹線の中とかだろう。
「まぁ、旅行の経験はいいと思うよ。いろんなもの見たり。
いい刺激になると思う。そうだ、友成君誘ってみたら?」
二人なら安心だから、観光しておいでよ、と一臣が言う。
観光か。一臣と一緒にいたいとか、充に会ってみたいとか、当初の目的からは外れてしまうが、いいかもしれない。
明日友成に言ってみようかな。
明日、明日もモデルの約束がある。早く寝て、いつもの電車に乗らなくては。もしくは、痴漢を避けるため少しずらしてもいいが・・・。
「すばる?・・・考え事?」
「うん。ちょっと、今日あって・・・。電車ずらそうかなって。早いと混んでるかな?」
「夏休みで学生も少ないだろうし、そうでもないと思うよ。」
諏訪は、同じ電車に乗ってくれると言ってくれていた気がする。動転していてあまり記憶にないが。時間をずらすなら、諏訪にメールしておかないと。
「一臣さん、先生にメールしていい?」
「いいけど・・・。もしかして一緒の電車なの?」
「うん・・・。」
痴漢に遭たこと、話すべきだろうか?そんな、恥ずかしい話。
けれど、一臣には話してしまった方が、秘密にしているよりは心の負担は軽いように思えた。意を決して口を開く。
「僕・・・今日痴漢に遭ったの。それで、しばらく先生が同じ車両に乗ってくれることになって。」
「痴漢?何されたの?」
「お尻を撫でられただけ。でも、すごく気持ち悪かった。僕は女の子じゃないのに、男なのに、なんだかすごく辛くなっちゃって、いっぱい泣いちゃったんだ。」
一臣は、そっか、とまた頭を撫で始めた。
「今どき男も痴漢に遭う時代だからなぁ。早く忘れられるといいけど・・・すばるには辛かったね。」
一臣は、共感してくれ、慰めてくれた。
共感・・・。同じように辛さを共有できることが、こんなにも心をほぐすなんて。きっと、良いことも同じだ。
諏訪も、その好きだった人と、共感が得られたと言っていた。失うのはきっと、すごく辛かったろう。自分が今一臣を失ったら、生きていける自信がない。
「すばる?メールなら早くした方がいいよ。十時過ぎると、先生にも迷惑だろうから。」
「うん。」
慌てて、枕もとのスマホを手にする。
『明日は、一本早い電車に乗ります』
送信して、目覚まし代わりのアラームをセットし直した。スマホを枕元に放る。すると、すぐに諏訪から返信があった。
『合わせるから安心してね。』
ホッと吐息する。すかさず一臣が、先生なんだって?と問うてくる。
「電車合わせてくれるって。」
「そうか・・・本当は、俺が学校まで車で送ってやれたら、痴漢の心配なんてないんだろうけど。」
「会社と逆方向だもん。仕方ないよ。」
一臣は少し伏し目がちに視線を彷徨わせた。
「その先生、すばるにずいぶん気を使ってくれるね。・・・気がある、とかない?」
ドキッと心臓が跳ねた。そういえば、そういうことを言われたのを思い出したからだ。
「大丈夫じゃないかなぁ?先生のお弁当こってたし、たぶん奥さんいるんだと思う。」
そういえば、指輪はしてなかったけれど。
「単に料理が好きなんじゃないの?」
「そんなのわからないよ。・・・明日それとなく聞いてみる。」
「そうして。痴漢も心配だけど、俺はその先生も心配だなぁ。
ヌードモデルだなんて、許さなきゃよかったな。」
でも、今更だね。と口を尖らす。さらにへの字にして、不満そうな顔をした。それがおかしくて、思わず苦笑していた。
「笑い事じゃないよ。君のこと、大事にしてくれるのはありがたいけど、それは俺だけの役目がいいの。」
「・・・うん。そうだね。ありがとう。」
頼れるものがないからと言って、諏訪に甘えようとしていた自分を恥じた。一臣はこんなに自分を大切に想ってくれているのに。
「痴漢くらい自分でどうにかできなきゃね・・・。」
「それは、危ない場合もあるから。先生に任せておけばいいんじゃない?」
「一臣さん矛盾してるー。」
「だって、そばにいてやれないから。立ってるものは親でも使え、だよ。」
一臣は、自分の護衛を諏訪に一任することにしたらしかった。
「早い電車に乗るなら、もう寝よう?」
「うん。おやすみ・・・。」
「おやすみ、すばる。」
一臣は、前髪を切って少し出やすくなった額に、軽いキスをすると、寝る体勢を作った。
「さっき電話をもらった早乙女です。」
引換券を渡しつつ、促されるままカウンターの椅子に座る。
「ご来店ありがとうございます。ただいまご用意いたしますね。」
女性の店員は、よろしかったらどうぞと、冷たい緑茶の紙コップをカウンターに置いた。
「いただきます。」
外が暑かったから美味しい。一口、口を付けたところで、男性の店員が、頼んだ眼鏡を持って現れた。
「いらっしゃいませ。暑いですね。・・・眼鏡の掛具合を調整しますので、こちらを向いていただいてよろしいですか?」
言われるまま、そちらに向き直る。店員は、恭しい手つきで眼鏡をそっとかけた。バランスを見て調整してゆく。
「瞳がレンズの中心になるように合わせていきますね。痛いところとか当たるところはないですか?」
「すみません。ちょっとよくわからないです。」
謝ると、初めてですものね、と微笑んだ。
「何かありましたら、調整は無料ですからいつでもお立ち寄りください。こちらがケースと眼鏡拭きになりますね。拭くときは、必ずレンズのふちをしっかり持って拭いてください。フレームがないので、すぐに歪んでしまいますから。」
店員は、一通りの手入れの仕方と、保証の期間の説明などをした。
「大丈夫ですか?」
「はい、たぶん。」
色々聞かされて、頭の中がごちゃついていたが、頷いた。
「細かい説明などは、リーフレットにありますから、帰宅されましたら目を通しておいてください。このままかけていかれますか?」
「あーはい。」
視界がクリアで気持ちがよかった。このまま友成に会うのは気恥ずかしいが、多少驚かせてみたい気持ちもあった。店員は、ケースと取扱説明書の入った紙袋を持って、自動ドアのところで待機していた。袋を受け取って、外に出る。冷房が効いていた分、やたらに暑く感じた。店員が見送るので、ペコリと会釈して、駅へと向かう。次の電車が来るまで、五分くらいだった。
それにしても、と思う。髪型を変えて、眼鏡をかけて、ちょっとしたイメチェンだ。
友成わかるかな?さすがにわかるか。
自問自答していると、あっという間に五分はたった。電車に乗ると、エアコンの涼しい風に包まれた。利用客はあまりいない昼時。また数駅で降りて乗り換えだ。
諏訪は・・・どう思うだろうか・・・。
ぼんやり窓の外を見ながら、一臣がモデルを快諾したのを複雑な気持ちで思い出していた。
友成は、先に学校についていた。
「すばる、メガネ!っていうか髪も!」
なに?夏休みデビュー?と友成がはしゃぐ。
「違うよ。必要に迫られて。頭痛もちなの、目のせいじゃないかって言われて。」
「佐伯さんに?」
うんそう。と頷いて見せる。
「髪は?」
「目にかかるから切った方がいいよって。」
佐伯さんが?と友成は繰り返した。頷くと、ふーんと眉をひそめた。
「えっ?なに?何か駄目?」
似合ってないだろうか?
「・・・なんかさぁ。そうやって何でも言うこと聞いちゃうの、ちょっと危なっかしい。」
自立しなよーと友成がため息する。そうだろうか。決めてくれるのは、楽でいいとすら感じている自分に気付いた。諏訪のことですら、だ。迷っていたけれど、決定打を出したのは一臣だった。自分はそれに従うことにしたのだ。
危ない?
示し合わせた食堂で、軽い昼食を取り、作業部屋へと向かいながら、友成が肩に触れる。びく、と反応する自分が恥ずかしかった。
「なに?まさか、宿題のモチーフまで決められてないよね?」
「まさか。」
笑ってごまかしたが、もっと重大なことを決められてしまっていた。
「静物三枚、石膏像が、男女二枚ずつ、自由課題三枚かー。
十枚キツイ。」
作業部屋につくと、友成がぼやきながらモチーフを見て回る。
「すばるは何にするかもう決めた?」
「男性胸像はマルスと、ブルータスにしようかなって。」
マルスは、ギリシャ名アレス。オリュンポスの軍神だ。ブルータスは、ミケランジェロの作。どちらも無難なモチーフだった。
「女性はニケかな。あとは、やりながら・・・。」
「あーオレもそれでいいかな。自由課題は同じの描いてもいいって言ってたし。」
友成は、作り物のリンゴを弄びながら振り返った。今日はほかにこの部屋を使う人はいないようだった。シーンと静まり返っている。
「じゃぁ、始めようか。」
備品のイーゼルに、スケッチブックを置いた。その前に、マルスを運んでくる。実寸大の石膏像ではなく、少し小ぶりに作られていて、一人でも運ぶのに苦労はしない。少し斜めになるように角度をつけて置いた。これなら、友成の方からは正面に見えるはずだ。さっと中心を取る。さて始めようかと、深呼吸した時だった。カラカラカラと軽い音を立てて、引き戸が開いた。扉の向こうは諏訪の部屋とつながっている。案の定、姿を見せたのは諏訪だった。
「桜井君・・・と、あれ?早乙女君?」
桜井、と友成を呼んで、こちらに向き直る。
「なんだか雰囲気変わったね。眼鏡なんてかけてた?」
「今日からです。」
先生こんにちはーと、友成がのんきに挨拶をする。
「今日から?目が悪かったの?」
「左右差があるのに気が付いて・・・すぐ頭痛になるから、絵に差し支えるかなって。」
諏訪は、そうだったの。気が付かなかったなと、ため息した。
「残念。かけてない方が好みだったな。髪も切っちゃったんだね。まぁ、髪はその方が似合ってるか。うん。」
あごに手をやって、何やら思案している。
「君たちこれから宿題のデッサン?」
「始めるところです。」
友成は元気だ。
「早乙女君、借りてもいいかな?」
諏訪は友成に向かって言った。
「え?何か用事ですか?」
「うん。ちょっと約束してることがあって、打ち合わせ。」
友成が不審そうにこちらを伺ってくる。
「ごめん友成、ちょっと行ってくる。」
「うん。」
先生の頼みじゃ断れないよな、と友成はバイバイとこちらに手を振って見せた。見送られて、先に歩いて行った諏訪の部屋へと足を踏み入れる。こちら側の扉から中に入るのは初めてだった。入るとすぐに、扉を閉めるように言われ、そっと引き戸を閉める。
「今日来るならメールくれても良かったのに。」
諏訪は、少し機嫌が悪そうだった。
「眼鏡を取りに行ったついでに待ち合わせたので。」
とは友成のことだ。
「そうなの。・・・モデルのことだけど、都合の悪い曜日とかはある?」
「終わる時間にもよりますけど、なるべく五時台の電車には乗りたいです。あと、金曜は無理かも。」
「そう。わかった。なるべく・・・そうだな一回二時間くらいで一週間くらい・・・七日ほど拘束させてもらっていい?」
私は朝型だから、できれば午前中がいいな、と付け足した。
それなら、午後は友成と宿題ができるし、悪くない条件のように思えた。
「わかりました。それでいいです。」
「あ、あと、服と下着はこちらで用意したものを身に着けてくれるかな。」
服?。しかし確か求められたのは裸だったはず。
疑問に思ったのは、顔に出たらしかった。
「あぁ。さすがに全裸を全体描くわけじゃないから。上半身だけ。腰から下は布を巻いてもらおうと思ってて、響くといけないから、下着はそれなりのを用意してあるんだ。」
訝しげな顔をしたのだと思う。諏訪は補足説明をくれた。
よかった。腰から下は描かないんだ。
ホッとしていると、諏訪が少し笑った。条件を飲んだことで、機嫌が少し戻ったらしい。
「君は素直だね。何かされると思わないの?」
内緒で付き合わない?
諏訪の言葉がリフレインする。
「でも、お断りしたはずですから。」
「内緒で。」
諏訪が笑う。
「なんて、無理か。君、顔に出過ぎるものね。彼氏にすぐばれちゃいそうだ。そうしたら私は職を失うかもしれないものね。」
描かせてもらえるだけ、よしとしなくちゃね。と諏訪は飲みかけのマグカップを手に取った。今日もコーヒーを飲んでいるようだった。
「じゃぁ、明日の午前中、九時で間に合うよね?」
一時限目が始まる時刻と同じだ。いつもの電車で間に合う。
「楽しみだな。二両目に乗ってきて?」
諏訪は、いつも乗っているのであろう車両を指定してきた。
「わかりました。」
頷くと、諏訪は満足したようにまた笑い、コーヒーを飲み干した。カップを置くと、机の引き出しから紙の袋を取り出す。
「じゃぁこれ、明日はいてきて。」
下着・・・かな?にしてはやけに小さい袋だけど・・・。
「着替えるところ、見たいけどさすがに嫌だよね?」
コクコクと頷いて見せた。
諏訪は、じゃぁよろしくね。宿題頑張って、と話を切り上げた。
いつものように、スーパーに寄って帰宅し、サンルームに干してある洗濯物をたたんでいた。ふと、自分の下着をたたみながら、諏訪に渡された紙袋のことを思い出した。確かポケットにいれていたはず。カサ、と紙袋を開けると、下着とは名ばかりの、ほとんど紐が出てきた。どこをどういう風にしてはいたらいいかもわからない。しばらく、あれこれ弄ってしまっていた。申し訳程度についた布。おそらくここが前で・・・お尻は隠すものがない。まさに紐。
これ、履いたまま電車に乗るの?
しかしながら、諏訪の前でこれに履き替えるのはもっと抵抗があった。しかたない。一度了承してしまったのだから。と自分を宥める。紐を袋に戻し、洗濯ものと一緒に、自室に運んだ。
今日の夕食は、レトルトのハンバーグ。一臣があんまり肉肉言うので買ってみた。味の心配はないが、問題は量だ。少し小ぶりなハンバーグは三個入り。自分は一つ食べて、後は一臣の皿にのせることにした。
六時半を回ったころ、一臣からメールが来た。『少し遅くなりそうです。』
急患かな?
今の時期、いつ熱中症の患者が出てもおかしくない。夏風邪も流行っているし。返信は簡素に『了解』とした。夕食の時間が遅くなりそうなので、冷蔵庫からアイスを取り出す。ミカンのアイスバーだ。最近はこれがお気に入りだった。とりあえず糖分を補給して、腹の虫を落ち着かせる。
早く帰ってこないかな。
炊き立てのご飯を食べてほしかったが、一臣の仕事上、こういうことはままあった。なぜか、定時近くに具合が悪いと医務室に駆け込んでくる社員がいるのだ。悪化する前に早退なりすればいいのに、とは学生の考え方だろうか。社会に出たら、ギリギリまで働かないといけないのだろうか。考えただけで憂鬱だ。本当に、一臣の言うように、在宅で仕事をして、主夫をしている方が自分には向いていると思う。頭痛もちで、いつ発作が起きるかわからない自分を、社会は受け入れてくれないように思う。理解のある会社もあるだろうが、一臣が言うには、中小企業にはちゃんとした医務室もないとか。
一臣はそこそこ大きな会社に勤めているのだった。以前、ドブに捨ててきたと言っていた給料も、二人で暮らして余裕で貯金ができる額。医者の肩書は、自分の生活も支えてくれていた。一臣は、すぐに藪だと卑下するが、できる限りのことはしていると思うし、それでいいと思う。専門医に割り振る前段階としては、役目を十分こなしているように思う。むしろ、それが難しいと思うのに。内科といえど、細分化すれば科はたくさんだ。どこに紹介すればいいのか見極めるのは、困難だと思う。それを、一人でやっているのだ。患者の数が圧倒的に少ないとはいえ、プレッシャーはかなりのものだと思う。
ストレスたまってそう。
だから肉なのかな?と冷蔵庫を見やった。
毎日、帰ってきても食事と風呂のほかは、ほとんど勉強に費やしてる。日曜も、行ける範囲の学会や講習会には参加していた。都内に住んでいてよかったと思う。一臣のやりたいことは、やれているように思った。
一臣が帰ってきたのは、八時半を少し過ぎたころだった。
翌朝、自室で紐と格闘する。何とかはけたものの、ものすごく心もとない。せめて、とこの季節には少々暑い、厚手のデニムを履いていくことにした。上はノースリーブにカーディガン。一臣が、白い肌が好きだというので、日焼け対策は欠かせなかった。とはいえ、自転車通学で、焼けないはずもなかったが。
電車の二両目。乗り込むと、諏訪はすぐにこちらを見つけたようで、おはよう、と声をかけてきた。耳元で、あれ、履いてきた?と問われる。耳まで真っ赤になりながら、はい、と小さく答えた。一駅ごとに込んでくる乗客。乗り換えれば、もっと混雑が予想された。乗り換えの駅につくと、やはり電車は混んでいる。ドア近くのバーにつかまって、外を見ていた時だった。腰のあたりに何か違和感。最初は、混んでいるから、何かあたったのだろうと思っていたが・・・。これは違う。もしかしなくとも痴漢だ。思わず俯いてやり過ごそうとしてしまう。そんな様子を見てか、諏訪が不審そうに首を傾げた。
「早乙女君?」
呼ばれて、少し目を上げ、視線で後ろを指す。諏訪はすぐに気が付いたらしく、自分をドアに寄せて立たせた。そしてすぐに、尻を触っていただろう男の手を掴む。
「今、この子を触ってましたよね?」
男は小さく舌打ちすると、強引に手を振りほどいて、人ごみの中に紛れていってしまった。
「大丈夫?真っ青。」
初めて?と諏訪が問うてくる。頷いて見せ、しかし頭の中は女の子じゃないのに、とぐるぐるし始めていた。男でも痴漢に遭うことは、知っていた。けれど、まさか自分がその被害者になるなんて。
「捕まえて、警察に突き出した方がよかった?」
諏訪は言うが、大事にしたくなかった。警察に説明するのも嫌だったし、何より時間が惜しい。痴漢に遭ったくらいで、諏訪の貴重な時間をつぶしたくなかった。
しかし、頭の中は・・・。
女の子だったら、女の子だったらどういう対応をしていただろうか。痴漢を捕まえる正当性を持ち出して、警察に突き出していた?いや自分はきっと、一駅だからと我慢したような気がする。結局、自分が男でも女でも、被害者になったとしても、何もすることができないのだ。
情けなくて、目じりに涙が浮かぶ。
それを見て取って、諏訪がハンカチを差し出してくれた。
「擦らないでね。赤くなっちゃうから。」
頷いて受け取る。
「泣くくらいなら我慢しなきゃよかったのに。」
諏訪の言うことはもっともだ。涙はしばらく止まってくれず、ダークグリーンのハンカチをしっとりと濡らした。目的の駅につき、逃げるように電車を降りる。自分にできることは、逃げることだけだった。悔しい。下着がアレなのもきっとわかってしまったはず。明日から、狙われたらどうしよう。考えていたことは、諏訪に伝わったようで、しばらく一緒に電車に乗るよ、と言ってくれた。ありがたい。けれど、自分は庇護されるべき女の子じゃない。男なのだ。成人間近の。頭の中が整理できずにいた。
また一つ、一臣に言えないことが増えてしまった。
電車で痴漢に遭って、涙が止まらなかったなどと、報告したくない。夏休みのスタートは、思いがけない始まりになってしまっていた。暗く淀んだ気持ち。それはまさに、去年命を絶とうとしていた時に似た、暗澹たるものだった。
「今日は、モデルやめておく?」
諏訪が優しい声音でそう言った。
諏訪の部屋で、インスタントのコーヒーを出してもらって、ようやく涙が落ち着いたところだった。
「顔・・・酷いですか?」
「それほどでもないよ。少し赤くなってる程度。」
良かった。それなら、泣いたことが一臣に知れることもないだろう。いっそ、モデルの仕事をしていれば、気がまぎれるかもしれない。
「先生が、この顔でいいなら・・・やらせてください。」
そう言うと、諏訪は少し困った顔をした。
「裸になれる?あんなことがあったのに。」
そう言われて考える。考えてみたけれど、諏訪は痴漢ではないし、正当な理由で裸にされるわけで、もし、そこに下心があったとしても、一度引き受けたことだった。あの下着姿も、丸見えというわけではなさそうだし。
「・・・大丈夫です。」
コーヒーカップを両手で挟んで答える。
好意から来るものだったとしても、諏訪の優しさに今は甘えたかった。一臣には、話したくなかったからだ。話さなければ、慰めもえられない。だから今は、事実を知る諏訪にしか、頼れなかった。
「そう?なら・・・それ、飲み終わったら始めようか。」
諏訪は、一足先に飲み終えたようで、机の下から、大きめの、持ち手が付いた紙袋を取り出した。中には、アイボリーの布が入っていた。かなり大きい。
「セミダブルのシーツだよ。腰から下はこれを巻いて隠してくれていいから。」
なるほどこれなら、下半身は隠せそうだ。
コーヒーを飲み終え、念のためにと、トイレに行っておくことにした。
「先生、あの、先にトイレ済ませてきます。」
コーヒーも飲んだし、利尿作用が心配だった。たしか、二時間動けないはず。諏訪はそれもわかっていたらしく、頷いたが、トイレ、我慢しなくていいから、と笑ってくれた。
廊下を少し行ったところに、学生用のトイレがある。夏休みで誰もいなかったが、下着が下着なので、個室に入った。用を足して、鏡を見る。目元は思ったよりも赤くなかった。これなら友成も誤魔化せそうだと思う。
部屋に戻ると、諏訪はイーゼルと椅子を出して待っていてくれた。
「さて、じゃぁ脱いでもらおうかな。」
やると言ったのだから仕方ないが、早速というか、容赦がないというか・・・。言われるまま、カーディガンを脱ぎ、その下も脱いで、上半身は裸になった。諏訪が見ているので、デニムが脱ぎづらかったが、それも何とか取り去った。急いでシーツを纏う。くるくると巻いて、椅子に座った。
「あの・・・これでいいですか?」
「うん。すこし、しわを直させてね。」
諏訪は、すぐに慣れるから、とシーツのしわを見目好く直していった。
「こんなもんかな。じゃぁ始めるね。」
諏訪がイーゼルの前に座る。スケッチブックに、鉛筆を滑らせるシャッシャッという音が、だんだん心地よくなってくる。
どんな風に見えているんだろう。
今の僕は、どんな風に・・・。
ぼんやりしていると、諏訪がページをめくった。
「少し、あごを上げてくれる?空を見てる感じで。」
注文に応じながら、目の端に入った時計を見やる。
なんだ。二時間なんてあっという間だな。
自分だって、描いているときはすぐに時間が過ぎる。きっと、絵が好きな人の二時間は、長い方ではない。諏訪も。
約束の時間は、すぐに来てしまった。
「お疲れ様。今日はもういいよ。服を着てかまわないよ。君、・・・これから桜井君とお昼?」
「今日は、食べてからくるそうです。」
もそもそと着替えながら答える。友成とは一時に約束していた。自分はおにぎりを持参している。
「私もお弁当。よかったらここで一緒にどう?コーヒーがいい?麦茶がいい?」
諏訪は立て続けに問いかけてきた。
「食堂、暑いよ。夏休みは利用者少ないから冷房はいらないんだ。ここなら涼しいし、冷蔵庫もあるから、毎日お弁当なら飲み物冷やしておけるよ。」
魅力的な提案をしてくる。食堂で、汗だくでおにぎりを食べるのは嫌だった。
「あ、じゃぁ。お邪魔します。」
おずおずと返事をすると、諏訪は満足そうに笑った。
「嬉しいな。早乙女君とお昼か。学校祭の準備なんかつまらないと思っていたけど、案外いいもんだね。」
毎年のことだろうに、諏訪はそう言った。そうだ。去年の展示。
「あの・・・ホームページで、去年の展示見ました。」
諏訪は、ちいさくそう?と首を傾げた。
「どう思った?」
「・・・僕もあんな風に描けたらいいなって。好きな感じで、とても綺麗だったから。」
つたない言葉で、感想を口にする。もっと語彙力があったならと悔やまれる。
「うん。・・・なんとなくわかる。君と私は似ているね。」
共感できる。と諏訪は遠い目をした。
「先生?」
その視線の先が気になって、つい聞いてしまっていた。
「昔ね・・・好きだった人に、君がよく似ていて。本当は、君が好きなんじゃなくて、その人が帰ってきてくれたような錯覚をしているんだと思う。・・・それでも、この一週間を楽しむつもりだけどね。」
諏訪が苦笑する。どう反応していいかわからなかった。
「好きなものがたいがい一緒で、描く絵も、なんとなく雰囲気が似ていて、好きな絵も同じ、共感できた。私はその人がとても好きだったんだ。・・・でも、ある日その人は別の人のものになってしまった。」
一臣と、充の関係を思い出していた。
「・・・今でも、ずっと好きなんですね。」
「わかってくれる?・・・ごめんね。そうなんだ。」
諏訪は、美大時代の思い出話を、昼休みの間にとつとつと語ってくれた。どんなに好きだったか。どんなに大切にしていたか。失ったとき、どんなに辛かったかを。聞きながら、一臣のことばかり考えていた。一臣は、きっと今でも、充のことが好きだろう。好きという言葉だけでは推し量れない愛情があったのだろう。結婚式の招待状が届いたとき、どんな気持ちだったか。到底、出席に丸を付けることなどできなかったのだと思う。それでも、折々送られてくる、写真入りの葉書。充の方が大人なのか子供なのか計りかねるが、きっと見ていてほしいのだ。大丈夫だ、ということを。一臣がいなくても、やっていけているのだということを。充もまた、一臣を大切に想っている。二人の間の絆に、割り込むことはできなかった。だからきっと。一臣から充への愛情の糸と、一臣から自分への糸は平行線。もしくは茜も。今はたぶん、その糸の一番太いのが、自分につながっているというだけ。けれど、その強さは、太さだけでは、見た目だけではわからなかった。
「君の彼氏はどんな人?」
諏訪が、思い出話に区切りをつけた。
「えっと・・・すごく年上で・・・優しい人です。」
「私と同じくらいかな?」
「先生よりは、若い・・・かな?」
疑問符で答えると、君、いくつに見えてるの!と諏訪が声をあげて笑った。つられて笑っていると、いつの間にか時計は一時少し前になっていた。
「先生そろそろ、桜井来ると思うので。」
タイミングよく、スマホにメールの着信音が鳴った。たぶん友成だ。電車を降りたらメールして、と言ってあった。
「ちょっとそこまで迎えに行ってきます。」
「うん。ありがとう。楽しかったよ。」
諏訪は、また明日ねと言うと、弁当箱をしまった。
そういえば、諏訪の弁当は手の込んだものだった。自身で作ったとは到底思えない。もしかして、愛妻弁当?
また明日も弁当だったら聞けばいいか。
そう思いながら、諏訪の部屋を後にした。
友成との宿題を済ませ、五時台の電車に乗る。下着はあのままだったから、痴漢が怖かった。幸いにも電車は空いている。すぐに降りられるように、ドアの近くに立った。
乗り換えて、電車が最寄り駅につく。自転車に乗ると朝もそうだったが、下着が妙なところに食い込んで変な感じがした。
明日は着替えの下着もって来よう。というか、学校のトイレで着替えよう・・・。
スーパーに寄るのが下着のせいではばかられ、今日は買い置きの冷凍餃子で済ませることにした。どこで誰が見ているかわからない不安感があった。スーパーに寄ると、高確率で榊に遭遇したりするのも、今日に限っては嫌だった。平日のこの時間は、その心配はなかったが。
帰宅すると、郵便受けからはみ出すほどの、大きめの封書が届いていた。あて名は一臣だ。また学会関係だろうか。少しでも多く参加して、各分野の医師たちと繋がっておくのは、大切なことだった。その封書を引っ張り出すと、その下に隠れるように、定型の白い封書が入っていた。差出人は、相澤充。
充さんだ・・・。
気になったが、どうすることもできない。そのほかに葉書サイズのダイレクトメールが二通入っていた。
ひとまとめにして、家へと入る。全部を一臣の部屋の机に置いて、サンルームに入った。除湿機のおかげで湿度は低いが、気温は高い。洗濯物を取り込むと、バスケットに入れて階下に降りた。それだけで、汗が滲む。リビングのソファーに置いて、エアコンを入れ、たたみ始める。
一通り済ませて、各所に配って回る。一臣のワイシャツはクローゼットに掛けた。自分の分は、とりあえず自室のベッドに放る。タオルを脱衣所にしまったついでに、風呂を洗って、夕食のスープを作って・・・。
わざと忙しくして、充からの手紙のことを考えないようにした。何かあれば、茜の時と同じく、一臣が話してくれるだろう。そう期待して、バスタブに洗剤を撒く。スポンジで磨きながら、しかしやっぱり封筒が気になる。
「駄目だなぁ・・・。」
いくらまだ好き、って言っても、一臣にとって昔の男じゃないか・・・。
今の相手は自分。そう言い聞かせていないと崩れてしまいそうだった。
夜、帰ってきた一臣は、シャワーを浴びるため、着替えを取りに自室に入る。その時に、机の上の手紙類に目を通すのが習慣だった。しばらくの時間をおいて、一臣が階下に降りてきた。手には下着とTシャツ、先日有名衣料品店で買ったステテコ。一臣はそのままシャワーに行ってしまった。
少しだけ、思いつめた顔をして。
夕食時、冷凍の餃子は思いの外よく焼けた。パリパリの羽根つきに仕上がった。スープは、買ってしばらく時間のたってしまったミニトマトをコンソメスープにしてみた。あとは、レタスのサラダ。
頭の中は、充からの手紙のことでいっぱいで、昼間痴漢に遭ったことなど忘れていた。今日はいろんなことがあったように思う。けれど、手紙の前にはどれも遠い昔のことに様に感じていた。
「すばる、初仕事どうだった?」
「えっ?あ、あぁ・・・モデル?」
うんそう。と一臣が頷く。
「うーん。あっという間に時間たっちゃって、よく覚えてないよ。先生の部屋エアコン効いてるから、裸だと少し寒かったけど。あ、お弁当先生の部屋で一緒に食べることになって。
一臣さんにも作ってあげたいなって。」
諏訪の弁当を思い出しながら答える。
「うーん。すばるの衛生管理を疑ってるわけじゃないけど、夏場のお弁当はちょっと怖いかな。医者が食中毒になったら大変だから・・もうしばらく社食でいいよ。少し涼しくなったらお願いしようかな。」
言われてみればその通りだった。諏訪の弁当も、冷蔵庫で管理していたみたいだったし。ウォーターサーバーすらない医務室では、冷蔵庫も望めないだろう。なら、作り立ての社食の方が安全だろうし、何より美味しそうだ。基本、医務室に一人の一臣にとっては、社食は社交の場かも知れないし。
「うん。わかった。」
「ごめんね?」
一臣が申し訳なさそうに箸を止めている。
「それにすばるは学生なんだし、一日に二食作ってもらってるだけでも、十分ありがたいんだよ。俺の食べるものの三分の二はすばるの作ったものなんだから、それでいいと思ってる。」
「うん。」
話したいことは、それじゃないのに、と、少しイライラし始めていた。
「・・・怒ってる?」
顔に出たらしい。
「お弁当の件は、わかったから・・・もういいの。それより・・・。」
手紙、と切り出した。
「あぁ。大きい封筒来てたでしょ?申し込んだ学会の資料と・・・充さんのは、その学会に行くから、久しぶりに会えそうだ、って。」
「会うの!?」
思わず大きい声が出てしまった。
「合間に少し顔を見るだけになると思うよ。」
「でも・・・。学会どこ?日曜日だよね?」
今は夏休みだ。多少遠くても、ついていけるかもしれない。
「今度のは浜松。充さん、今静岡に出向中なんだって。」
それで、茜と手紙の返事にタイムラグがあったのか。一臣は、知っている現住所で出しただろうから。きっと家の人が転送したに違いない。静岡だから、浜松の学会に出席できるというわけか。
「会う・・・よね?」
終わった後、食事くらい行くかもしれない。いや、充の方に時間の余裕があればだが。一臣はきっと、月曜を有給にしてでも、会いたいだろう。
しかし返ってきた返事は意外なものだった。
「挨拶くらいはするだろうけど・・・会いたいかって言われると微妙だな。・・・今はまだそんな気になれない・・・かな。」
充さんの方は、会いたいみたいだったけどね、と苦笑する。
「大丈夫だよ、すばる。必要以上に接触しないし、早く帰らないと月曜の仕事に差し支えるだろう?」
思わず口を開けてしまう。
「意外そうな顔をして。・・・そんなに心配だったの?」
「・・・うん。」
出向っていうくらいだから、単身赴任だろう。連れ込み放題だとかまで考えていた。
「信用ないのかな。」
「そうじゃないよ。でも、まだ好きなんでしょう?」
「言ったでしょ?パートナーができたって手紙出したって。」
すばるが一番大事だよ。とまた苦笑する。
「うん。」
ここで、でも、って言ったらだめだ。そんな気がして口をつぐんだ。
「ほら、食べちゃわないと。片付けして少しゆっくりしよう?手伝うから。」
一臣が言う。
でも、本当にそれでいいのかな・・・。
もくもくと餃子にかぶりつく一臣に、そっとため息した。
ゆっくりしようと言った一臣は、金曜でもないのに一緒に風呂に入り、寝室に入れてくれた。二人で寝そべっても広いベッド。薄いダウンケットにくるまって、一臣に髪を梳かれていた。
「すばる、不安なんだったら、今日はここで寝る?」
「いいの?」
一臣の申し出に、疑問符で返す。金曜の夜だけ、と約束していたはずだ。
「えっちなことはしないけど、それなりにスキンシップは取れるし、君には必要でしょう?」
コク、と頷く。エアコンをドライで入れていて、少し寒いくらいの寝室。一臣の体温が心地よかった。
「浜松、僕も行っちゃ駄目?」
「あー夏休みだもんね。でも、相手してる時間取れないよ?」
一臣は遊びに行くわけではない。とんぼ返りになるはずだ。
下手すると、食事も新幹線の中とかだろう。
「まぁ、旅行の経験はいいと思うよ。いろんなもの見たり。
いい刺激になると思う。そうだ、友成君誘ってみたら?」
二人なら安心だから、観光しておいでよ、と一臣が言う。
観光か。一臣と一緒にいたいとか、充に会ってみたいとか、当初の目的からは外れてしまうが、いいかもしれない。
明日友成に言ってみようかな。
明日、明日もモデルの約束がある。早く寝て、いつもの電車に乗らなくては。もしくは、痴漢を避けるため少しずらしてもいいが・・・。
「すばる?・・・考え事?」
「うん。ちょっと、今日あって・・・。電車ずらそうかなって。早いと混んでるかな?」
「夏休みで学生も少ないだろうし、そうでもないと思うよ。」
諏訪は、同じ電車に乗ってくれると言ってくれていた気がする。動転していてあまり記憶にないが。時間をずらすなら、諏訪にメールしておかないと。
「一臣さん、先生にメールしていい?」
「いいけど・・・。もしかして一緒の電車なの?」
「うん・・・。」
痴漢に遭たこと、話すべきだろうか?そんな、恥ずかしい話。
けれど、一臣には話してしまった方が、秘密にしているよりは心の負担は軽いように思えた。意を決して口を開く。
「僕・・・今日痴漢に遭ったの。それで、しばらく先生が同じ車両に乗ってくれることになって。」
「痴漢?何されたの?」
「お尻を撫でられただけ。でも、すごく気持ち悪かった。僕は女の子じゃないのに、男なのに、なんだかすごく辛くなっちゃって、いっぱい泣いちゃったんだ。」
一臣は、そっか、とまた頭を撫で始めた。
「今どき男も痴漢に遭う時代だからなぁ。早く忘れられるといいけど・・・すばるには辛かったね。」
一臣は、共感してくれ、慰めてくれた。
共感・・・。同じように辛さを共有できることが、こんなにも心をほぐすなんて。きっと、良いことも同じだ。
諏訪も、その好きだった人と、共感が得られたと言っていた。失うのはきっと、すごく辛かったろう。自分が今一臣を失ったら、生きていける自信がない。
「すばる?メールなら早くした方がいいよ。十時過ぎると、先生にも迷惑だろうから。」
「うん。」
慌てて、枕もとのスマホを手にする。
『明日は、一本早い電車に乗ります』
送信して、目覚まし代わりのアラームをセットし直した。スマホを枕元に放る。すると、すぐに諏訪から返信があった。
『合わせるから安心してね。』
ホッと吐息する。すかさず一臣が、先生なんだって?と問うてくる。
「電車合わせてくれるって。」
「そうか・・・本当は、俺が学校まで車で送ってやれたら、痴漢の心配なんてないんだろうけど。」
「会社と逆方向だもん。仕方ないよ。」
一臣は少し伏し目がちに視線を彷徨わせた。
「その先生、すばるにずいぶん気を使ってくれるね。・・・気がある、とかない?」
ドキッと心臓が跳ねた。そういえば、そういうことを言われたのを思い出したからだ。
「大丈夫じゃないかなぁ?先生のお弁当こってたし、たぶん奥さんいるんだと思う。」
そういえば、指輪はしてなかったけれど。
「単に料理が好きなんじゃないの?」
「そんなのわからないよ。・・・明日それとなく聞いてみる。」
「そうして。痴漢も心配だけど、俺はその先生も心配だなぁ。
ヌードモデルだなんて、許さなきゃよかったな。」
でも、今更だね。と口を尖らす。さらにへの字にして、不満そうな顔をした。それがおかしくて、思わず苦笑していた。
「笑い事じゃないよ。君のこと、大事にしてくれるのはありがたいけど、それは俺だけの役目がいいの。」
「・・・うん。そうだね。ありがとう。」
頼れるものがないからと言って、諏訪に甘えようとしていた自分を恥じた。一臣はこんなに自分を大切に想ってくれているのに。
「痴漢くらい自分でどうにかできなきゃね・・・。」
「それは、危ない場合もあるから。先生に任せておけばいいんじゃない?」
「一臣さん矛盾してるー。」
「だって、そばにいてやれないから。立ってるものは親でも使え、だよ。」
一臣は、自分の護衛を諏訪に一任することにしたらしかった。
「早い電車に乗るなら、もう寝よう?」
「うん。おやすみ・・・。」
「おやすみ、すばる。」
一臣は、前髪を切って少し出やすくなった額に、軽いキスをすると、寝る体勢を作った。
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